第43話 お祖父様のお見舞い⑥

 僕達は、お祖父様の部屋へと通された。お祖父様は、椅子に座り僕達を迎えたが、せたな~。それに老けたように見える。


「良く来たな。待っておったぞ」


 声には張りがあり、迫力もあった。僕は、お祖父様との恒例行事をしようか考えたが、エリスちゃんも一緒だ。やめておこう。


「お祖父様、ご無沙汰しておりました。療養中とのことですが、ご加減いかがでしょうか?」


 僕が、そう言うと、お祖父様は少しさびしそうな顔をして、広げかけていた両腕を所在しょざいなさげに動かす。うん、これはやれってことね。しょうがないな~。



 僕は、お祖父様に駆け寄ると抱きつく。お祖父様が、少しよろける。


「お祖父様〜」


「おー、グーテル。ほれ、ジョリジョリジョリ」


「お祖父様、くつぐったいよ〜」


 はい、終わり。



 それにしてもお祖父様の体、薄くなったな〜。前は、ガッチリとしていてビクともしなかったのに、今は、軽そうだ。僕でも持ち上げられるかも。



 トンダル、エリスちゃん、ヨハンナちゃんは、その光景に少しあきれつつ、お祖父様に挨拶をする。



「お祖父様、ご無沙汰しております」


「うむ。トンダル、エリス、ヨハンナ、よく来てくれた。感謝するぞ」



「で、お祖父様。体調は大丈夫ですか?」


 僕が聞くと、


「ああ、大丈夫だ。風邪をこじらせてな、一時はちょっと寝込んでしまったが、今は、元気だ。ほれっ!」


 そう言いつつ、お祖父様は体を動かす。


 すると、トンダルが、


「それは、良かったです。ですが、無理はさらず、ゆっくりお休みください」


「そうそう、もう老人なんだからね」


「グーテル!」


「ハハハハハ。そうだな、もう老人だからな、ハハハハハ」


 僕の言った、余計な一言に、トンダルが注意するが、お祖父様は、それを笑い飛ばす。


 そう、皇帝たるもの、このくらいの余裕は欲しいよね。



 この後、しばらく、お祖父様と僕達は、雑談をする。そして、エリスちゃんが、


「お祖父様、お話はきませんが、わたしと、ヨハンナさんは、失礼させて頂きます。後ほど、また、お食事の時に、楽しいお話お聞かせください」


「そうか、二人が居なくなるのは少し寂しいが、仕方あるまい。後でな」


「はい」



 そう、エリスちゃんは見た目の派手な感じと裏腹に、空気の読める出来た女性なのだ。その逆が僕。半分は、わざとだけど。


 その瞬間、なぜかエリスちゃんが僕に微笑ほほえむ。えっ! 背中に冷たい汗が流れる。



「じゃあ、僕達も……」


 僕が、わざとそう言いかけたのだが、お祖父様は、


「お前達は、もう少しいろ。話したい事がある」


「ですが、御身体の方が……」


 と、トンダルがそう言うが、


「心配するな。本当に大丈夫だ。戦いに出るためには、これから本格的に体力を戻さんといけないが、話すぐらいなら、充分な体力があるぞ」


「大変、失礼しました」



 こうして、エリスちゃんと、ヨハンナちゃんが出ていくと、お祖父様は話し始めた。



「まずは、グーテルだが、ヴィナールのこと、やりおったな」


「え〜と、あれは事故で……」


「分かっている。だがな。やるなら中途半端にやるな! どうなるかな? っと思った策を、途中で放り投げれば、相手にどういう影響を及ぼすかわからんのだぞ。やるなら徹底的にやるか。影響を考え、トンダルのように緻密ちみつにやるかだ」


「はい、ごめんなさい」


 怒られた。


「まあ、思いつきで、あんな策を思いつく、グーテルの脳みそも異常なのだがな」


「え〜と」


 策では、ないのだけどな〜。



 そして、お祖父様は、話題を変える。


「まあ、それは良いとしてだ。今回は、なんともなかったが、わしが死ぬのは遠い未来の事ではないぞ」


「いやいやいや」


 僕が、否定すると、トンダルも、


「そうです。お祖父様、そんな事は言わないで下さい」


 だが、


「まあ聞け。二人がそう言ってくれるのは嬉しいが、それは事実だ。神のおぼしであり、天命なのだ。まあ、極めて長生きしてしまうかもしれんが、その時は、皇帝位を途中で降りる。体力もなく、頭の弱った奴がいても、老害なだけだからな」


「はい」


 僕と、トンダルは、そう返事するしかなかった。お祖父様の覚悟を感じた。


「それでだ。誰か、これという人材は居たか?」


 お祖父様のこの言葉は、この旅で会った中で、次代の皇帝に相応ふさわしい人物はいるか? という意味だ。


「残念ながら、おりませんでした。ブラウベックシュタイン公は、心根こころねは良い方ですが、素直すぎます。トリンゲン公は局所的な領土的野心しかありません。バルデブルク大司教は周囲の信頼すら得られてません。論外ろんがいでしょう」


 と、トンダル。


「どこも料理、美味しくなかったしね」


「だから、料理で人を判断しないで下さい」


 トンダルが僕に注意する。だが、お祖父様は、


「ほ〜。どういう意味だ、グーテル?」


「う〜ん。僕も食べるのが好きだからだけど、僕の良く行くお店のマスターは、お客さんごとに微妙に味付けを変えるんだ。お客さんの好みに合わせてね」


「ふむ」


「今回の旅では、僕もその土地の美味しい物があるなら、それを食べてみたい気はあるけど。だけど、その人の食の好みがあると思うんだよ。例えば、リチャードさんは、僕達がボルタリアから来たから、冷たいものが好きだろと予測して、冷えたスパークリングワインや、白ワインを出してくれたし。お菓子とかも、好きだろうって、凄い観察眼だよね」


「そうでしたね」


 トンダルが、相槌あいづちを打つ。


「だけど、今回通って来た国の方々は、その辺の気遣きづかいは、皆無かいむだったね。ヤルスロフさんや、その部下の人が、訪れているんだから、好みを聞くとか、挨拶した時にそれとなく、この料理合わないかな? とか、考えるでしょ。だけど、食事中の僕達の様子見て、御口おくちに合いませんでしたか? とかの一言すら、なかったからね」


「だが、それだと気が回らん奴ってだけかもしれんぞ」


「そうかもしれないけど。相手に気配り出来たり、観察眼があって相手の心を読めたり出来れば、自然とそうなると思うんだよね。ブラウベックシュタイン公は、ただ心優しいだけだし、トリンゲン公は、心にゆとりがないし、バルデブルク大司教は、自分の事で精一杯だし」


「グーテルも、手厳しいな」


「お祖父様も言っていたでしょ。人に好かれることも素養そようの一つだって。威厳いげんがあっても横暴おうぼうな人には、人はついていかないし、優しいだけでは、上には立てない」


「なるほどな」


「では、グーテル。わしの後継に相応しい人材は、今まで会った中に、居たか?」


「それは、リチャードさんだけど、絶対に無理でしょ」


「うむ」


 リチャードさんは、カール2世と組んで、お祖父様と戦った。


「だったら、居ないよね。ザイオン公は若すぎるし、ミューゼン公は逆に年齢高すぎだし、叔父様は威厳ありすぎるし。後は……。うん。良くわからないけど、嫌いな人がいたな……。え〜と」


「ハハハハハ。嫌いな人か。誰だ?」


「え〜と、オルテルク伯アーノルドさんだったかな? 観察眼に優れて、心の隙間すきまにぬるっと入ってきて、心を支配する人。フォルト宮中伯に、自分のこと紹介させてたよ」


「そうか。ふむ。オルテルク伯アーノルド。覚えておこう」


「え〜。やな感じの人だよ」


「まあ、それでもだ。お前達が相応しい年齢になるまでの、つなぎにはなるだろう」


 そのお祖父様の言葉にトンダルは、


「わ、わたしは、皇帝には……」


「そうそう、皇帝なんて面倒くさい」


「ハハハハハ。そうだな、皇帝など面倒くさいな。ハハハハハ」


「グーテル……」


 トンダルが呆れて、お祖父様は笑い飛ばす。





 こうして、僕達は、お祖父様と話し、その後、お祖父様、そして、ベアトリスさん、僕、トンダル、エリスちゃん、ヨハンナちゃんと食事になった。



 ベアトリスさんが、料理を説明する。


「ブリュニュイより呼び寄せました、一流の料理人に作らせましたお料理ですわ」


「うん、流石に美味しいね。ブリュニュイは、美味しいワインだけじゃないな」


「そうですわねよ。美味しゅうございますわ」


「わ、わたしも、そう思わすですわ」


 エリスちゃんと、ヨハンナちゃんの言葉がおかしい。どうしたの? だが、トンダルは、夢中で食べていて気づいていないようだ。



 ブリュニュイと、その周辺で産出された一流のスパークリングワイン、白ワインに、赤ワイン。



「泡が食べられる様子を見てごらん。跳ねて光って震えている。そして舌の上で転がすと極上のワインになる」と歌われた、ランド王国シュプーニエのスパークリングワイン。それに合わせて夏野菜のテリーヌ。



 続いては、ブリュニュイの白ワイン。ピノ・ノワールとグエ・ブランの自然交配によって偶然生まれたぶどう。シャルドネ村のシャルドネで作られた究極の白ワイン。


 冷えているが冷えすぎず、フルーティーで華やか、味もしっかりしている。それに合わせてマスのムニエル。


 ムニエルは魚の切り身に塩胡椒で下味したあじをつけ、小麦粉をまぶし、バターで両面を焼いた後、レモンを振りかける料理だそうだ。外側のカリッとさせた食感と中のふわっとした柔らかさが美味しさをさらに引き立たせる。



 最後はもちろんブリュニュイの赤ワイン。ピノ・ノワールで作られた、華やかで重みのある赤ワイン。合わせるのは、鴨のロースト。ソースも赤ワインソースだそうで、ますます赤ワインに合う。


 さすがお祖父様だ。美味しかった。





 そして、僕は、食後にハーブティーを飲んでいる時ふと思い出し、お祖父様に聞く。


「あれっ。そう言えば、カール従兄にいさんはどうなったの、お祖父様?」


「ああ、精神を叩き直して、嫁を見つけて、ヴィナールに送り返したぞ」


「えっ! あれだけねじ曲がった精神が、治るかな?」


「まあ、女癖おんなぐせに関しては、大丈夫だろ。あやつの好みそうな女性をわざわざ、エスパルダから輿入こしいれさせたのだからな」


「えっ、エスパルダから。トンダル知ってた?」


「ええ、一応。ですが、結婚式もやってませんし、公式には発表されてませんが。ヴィナール国内の状況が落ち着いたら、なんかするんじゃないですか」


 いや、トンダル言い方が他人事ひとごとだぞ。すると、お祖父様が、


「ラールゴン王国の王の娘だ粗略そりゃくには扱えんし、気も強いそうだからな。あやつも落ち着かざるおえんだろ。だがな、落ち着いたカールは手強いかもしれんぞ。あの女の子供だからな。ハハハハハ」


「お祖父様、トンダルも叔母様の子供だよ」


「そうだったな。すまんすまん。だが、カールとトンダルは、本質が違う。あの女の血を濃くひいとる、そういう意味では、カールは怖いということだ」


「はい、肝に命じておきます」


「うむ」





「では、皆、気をつけて帰れよ」


「お祖父様も体調にはお気をつけください」


「うむ」


 2日ほど滞在して、僕達は、帝都を離れたのだった。



 帰りは、人と会う用事もないので、真っすぐにボルタリア王国へと、帰ることにしたのだった。


 途中、トンダルと別れ、ボルタリア王国ヴェルダに戻る。



 そして、数ヶ月が過ぎた時、ボルタリアの先代王、カール3世が亡くなった。神聖暦しんせいれき1289年の冬の事であった。まだまだ若い、享年33歳だった。

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