第42話 お祖父様のお見舞い⑤

 僕達は、街道をさらに南下する。


 4日ほど歩くと川が見えてきた。その川は二つに分かれ、やがて合流する。その巨大な中洲なかすの中央付近にあるのが、バルデブルク大司教領バルデブルクだ。



 川は大河ではないので、石橋を渡り街へと入る。石畳を進むと左右には明るい茶色の屋根と、白い色の壁の家々が続く。そんなに大きい街ではないので、少し進むともう一本の川が見えてきて、さらに小さな丘の上に大聖堂が見えてくる。これが、バルデブルク大司教のいる所だ。



 僕達は川を渡り、丘への坂道を登る。坂は、一応カーブを描き、道幅も大きくない。そして、登りきると大きな広場に出る。目の前には4本の大きな尖塔せんとうを持つ、大聖堂。



 僕達は、大聖堂に入ると案内されて中を通り、中庭に出る。中庭は石畳になっていてそこを横切るように通ると、バルデブルク大司教の住む宮殿があった。



「ようこそお出で下さいました」


 若いな~。大司教様だよね? おそらく、30歳そこそこだろう。まあ、フォルト宮中伯きゅうちゅうはくの息子さん。確か三男だったかな?


 だからだけど、若くしてこの地位だもんね〜。まあ、だいたい一生、この地位だろうけど、たまに枢機卿すうきけいになったり、教主になる人もいるが。


 ちなみに枢機卿は、大司教より偉いわけではなく、あくまで教主に選ばれた、教主の顧問団こもんだんであり、その枢機卿団が次の教主を選ぶ。


 なので、選帝侯せんていこうと同じく、神聖教の中で、別格の権力を持つことになる。そして、その影響力は、神聖教を信奉しんぽうする国にも及ぶ。



 で、バルデブルグ大司教のマルデールさんであるが、いかにも大貴族のボンボンという感じの方である。ん? お前が言うな。まあ、そうだけどね。


 それに、周りからあまり好かれてないかな。周囲からの視線が冷たい。能力も無いくせに、家柄だけで大司教になって、この野郎といったところだろうか?



「もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである」


 さっきから、何故か、マルダールさんは、聖書の一節をそらんじておられる。脈略みゃくらくなく話すし、何かの教えというわけでもないので、意味がわからない。それに、


「この一節は、マタイの福音書ふくいんしょの第10章に書かれて……」


「おほん! 恐れながら、猊下げいか。ヨハネの福音書の第15章です」


「そ、そうだったかな?」


 本当にしまらない。僕達に、知識をひけらかしたいのか、それとも、周囲にちゃんとしてますよとアピールしたいのか。まあ、どちらでも良いか。


 僕は、目を開きながら意識をあちらの世界に飛ばした。



「……さん……グーテルさん、グーテルさん!」


「んあ?」


「良かった~。ようやく意識取り戻した。大丈夫ですか?」


 僕は、声の主を確認する。エリスちゃんだった。


「あれ、僕、寝てた?」


「いいえ。目を見開いて、ずっとうなずいていたのに、食事だと言われて皆が、動き出してもそのままだったから、心配したんですよ」


「えっ!」


 僕は、周囲を見回す。聖職者の部屋にしては豪華なその部屋には、僕とエリスちゃんだけだった。


「ごねんね、エリスちゃん。意識だけ別の世界行ってた」


「グーテルさん、凄いですね〜。今度、教えてください」


「良いけど。修行は、厳しいぞ」


「修行で、会得するんですか?」


「たぶん」


「……」


「……」



 そして、部屋を移動して、食事となったのだが、


「さあ、おし上がりください。バルデブルクの名物料理です」



 さて、バルデブルクは、ビールの街と呼ばれている。その、ビール。僕は、そのビールを、のどに流し込む。



「ウッ! ブッ、ブハッ〜!」


 僕は、盛大に、ビールを吹き出した。


「グーテルさん!」


「グーテル! 毒か!」


「えっ! そ、そんなはずは!」


 エリスちゃんが、僕へと駆け寄り、トンダルが立ち上がり、マルダールさんが慌てる。ヨハンナちゃんは、変わらず。のほほ~んとしている。



 僕は、エリスちゃんに顔をいてもらいながら、話す。


「ご、ごめんなさい。このビールの味にびっくりして。申し訳ない」



 そう、ビールの街のビールは、変わったビールだった。後々聞いたことだが、ブナの木のまきで麦芽をかもして作られたビール。まあその、焦がしたような香ばしさと苦味、ふしぎなオイリーさ、さらにスパイシー。その味は、癖が凄い!


 好みは、分かれるな~。僕は無理だった。そして、吹き出してしまった。決して毒が入っていたわけではない。



「驚かさないで下さいよ、グーテル」


「本当に、申し訳無い」



 そして料理は、バルデブルガー・ツヴィーベルという名の料理だ。まあ、バルデブルク風、玉ねぎの肉詰めといったところか。


 玉ねぎの皮をき、頭を切り落とす。これは、後でふたに使う。次に玉ねぎの中をくり抜いて、容器とする。


 くり抜いた部分はみじん切りにして、その半分くらいを、豚の挽き肉と合わせ塩胡椒、スパイスで味付けする。それを玉ねぎの容器に詰めて、ベーコンを乗せて、蓋をする。うん、これは蓋じゃないな。帽子みたいだ。


 ソースは、一度焼き出てきた肉汁と、残りのみじん切りの玉ねぎ、野菜スープ、さっきの臭い燻製くんせいビール、小麦粉でソースを作る。


 もう一度、蒸し焼きにして、ソースをかけて出来上がりなのだが。


 本体は、結構美味しかった。が、ソースが苦味があり、さらに燻製のくさみが出て、ちょっと……。


 僕は、ソースを避けつつ、美味しく頂きました。ごちそうさまでした。



 しかし、本当に、この辺りの料理は、真っ茶色だな〜。それに、あまり代わり映えがしない。それに比べて、ダリア、ランド、ボルタリア、ヴィナールの料理のなんとも複雑なことだ。


 後々、僕はダリア地方や、ランド王国にも行くことになる。そこで、僕は大騒動を起こすのだが、それは、まだ先の話だ。



 あ~、ワイン飲みたい、冷たいビール飲みたい、美味しい料理食べたい〜。


 バタバタバタ。


「グーテルさん、暴れないで下さい」


「はい、申し訳ありません」





 翌日、僕達は、マルデールさんに、別れを告げると、いよいよ帝都に向けて旅立った。



 で、帝都なのだが、お祖父様のいるところが帝都という定義になるが、今は、カイザーベルク。元々は、ノレンベルクという岩山に、戦いに明け暮れた、僕の御先祖様が作った城で、周辺に大した街のない場所だ。城も大きくないが、守りだけは固い。



 お祖父様は、そこが気に入り、最近、帝都にしたそうだ。質実剛健しつじつごうけんな、お祖父様らしい。


 飲み屋もない、美しい景色も無い、遊ぶ場所もない。そんな場所。まあ、何が楽しいのかは知らないが。



 まだ、元の帝都だった場所は、美味しいソーセージで有名だし、ビールも美味しいそうだ。まだ、そっちが良かったな。



 というわけで、しぶしぶだが、南に向かう。こんなだと、僕、痩せちゃうよ



「そう言えば、グーテルさん」


「なに? エリスちゃん」


 途中の宿で、僕、エリスちゃん、トンダル、ヨハンナちゃんの四人で、食事をしていると、エリスちゃんが僕の方をじっと見ながら話しかけてきた。


「グーテルさん、太りましたよね」


「えっ! そんなことないでしょ」


 そう、美味しくない料理の数々で、僕はえているのだ。


「本当ですね。確かに太っていますよ。見るからに」


 トンダルまで、そんなこと言って。


 僕は、自分の体を見る。ちょっとお腹出てるかな? そう言えば、服が少しきつい気がする。両手もちょっとむちむちしている気がするな~。


「そう言われれば、そんな気も……」


 確かに、普段は剣の稽古けいこや、遠乗り、散歩などで比較的体を動かしている。だけど、この旅の間は、移動だけでいっさい体を動かしていない。そして、移動、食事、移動、食事の繰り返しだ。そりゃ太る。


 だけど、エリスちゃんも、トンダルも太った気配はない。まあ、ヨハンナちゃんは、置いておこう。


「エリスちゃんも、トンダルも良く太らないね」


「それは、食べる量加減したり、見えない努力してますから。まあ、元から太りにくいですけど……」


 と、エリスちゃん。


「ええ。僕は、まるっきり太らないんですよ」


 と、トンダル。二人とも、うらめしい。もとい、うらやましい。



 それから、僕は、移動の休憩中を利用して、剣の稽古を日課にすることにしたのだが、しばらくやっていなかったので、体力も落ちていたのだが、フルーラの激しい指導で、


「さあ、まだまだ! 行きますよ、グーテル様!」


「はあはあ。ちょ、ちょっと待って、フルーラ。ちょっと休憩」


「問答無用です! 敵は待ってくれませんよ。イヤッーーーー!」


「ギャーーーーー!」



 僕は、帝都到着するまでに元の体型に戻る事に成功したのだった。





 そして、いよいよさびしい農村の向こうに、岩山とその上に建つ、城が見えてきた。見るからに堅牢けんろうだが、大きくはない。中に入れられる兵力も限られているだろう。周囲に駐屯地ちゅうとんちも見られない。さて。



「帝都って言う割には、田舎っすね」


 アンディが、正直な感想を言う。


「そう言わないで下さいよ。お祖父様にもなにか考えがあっての事と思いますので」


 それを受けて、トンダルが答える。


「これは失礼しました」


 アンディが謝る。成長したね、アンディ。


「トンダルは、そのお祖父様の考えが分かる?」


 僕が聞くと、トンダルは、


「そうですね。帝都の喧騒けんそうが嫌だったから、静かに療養したいとか。ですかね」


「ふ〜ん」


 僕が、興味無さそうに返事すると、少しムカッとしたのか、トンダルは、


「では、グーテルは、何を考えていたんですか? 城を見ながら考えていたようですが」


「うん。ちょっと攻め方をね」


「えっ!」


 そう。戦いの歴史を変えてしまったのは、お祖父様なのだ。少し前までは、城攻めも正攻法だけだが、今は違う。


 この城だったら、数倍の兵力でも落とせなかっただろうが、今は、水脈を断つ。糧道りょうどう遮断しゃだんして、兵糧攻め。あるいは火攻め。城内に内通者ないつうしゃを作って、内部から攻略する。などなど。あるのだ。


 こういうの考えるのは、楽しい。


「グフフフ」


「グッ、グーテル」


 トンダルが、なにか怖いものでも見るように見てくる。



「さあ、行こうか」


 僕が、そう言うと、僕達は、城への坂道を登り始めたのだった。

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