第41話 お祖父様のお見舞い④

 ブラウベックシュタイン公国へは、街道を西に進み、3日ほどで領内に入り、翌日の昼前に公都ブラウンベックシュタインに到着した。


 ブラウベックシュタイン公国は、どこか懐かしい牧歌的ぼっかてきな国だった。


 見渡す限りに広がる、緑の大地。それは草原だったり、あるいは麦畑だったり。所々に丘陵きゅうりょうがあり、森もあるが、基本見渡す限りの緑の大地。



 僕は、ブラウベックシュタインの脇に広がる綺麗な湖を見ながら、つぶやく。


「田舎だね〜」


 すると、アンディが近寄って来て、


「田舎だね~って、ハウルホーフェも同じじゃないっすか?」


「だから、田舎だね〜だよ。違いは山ぐらいかな?」


「そうっすね。後は、森が多かったぐらいかと」


「だよね」



 なんて話していると、前方から騎士を連れた人がやってきた。どうやら、ブラウベックシュタイン公の使いのようだ。



「ようこそお出でくださいました。グーテルハウゼン卿、トンダルキント殿下。主より、皆様を湖畔こはん別邸べっていに案内するように言われております。どうぞ、こちらへ」



 僕達は、ブラウベックシュタイン公の使いに連れられ、少し戻る感じで、湖のほとりへと向かう。



 そして、別邸に来たのだが、素晴らしい景色だった。高台にある別邸のバルコニーからは、180度以上の視界で美しい湖と、緑の湖畔という絶景が広がっていた。



 別邸は、湖に突き出した岬の先端にあった。その岬は、先端に向けて緩やかな上り坂になっていて、別邸の先はかなりの高さのがけになっていた。



 僕と、トンダルはバルコニーに立ち、その絶景を眺めていた。


「凄い景色だね」


「本当だね~。でも、どうしてこんな場所に、別邸建てたんだろうね?」


「えっ! 美しい場所だからじゃないんですか?」


 トンダルが驚いた顔で、僕に聞く。


「いや、攻められたら、やだなって」


 すると、トンダルは真面目な顔になって、


「岬はせまくなってますし、別邸は坂の上です。少数の兵でも、守りやすい地形でしょう」


「そうだね。でも、ほら、前面の敵に集中しているうちに、そっと兵士に崖を登らせて攻め込んできたり」


「えっ!」


「後は、岬に亀裂入れてあって、そこに水を流したら割れて、屋敷ごと、湖に落ちるとか……」


「やめて下さいよ! 怖いこと言わないで下さい」


 トンダルが本気で怖がる。


「ハハハハ。冗談、冗談」


「本当に、もう」


 と言っていたのだが、トンダルは、その後、別邸から出て岬に細工がないか、本当に見に行ったそうだ。


「別に細工は、なかったですよ」


「細工? なんのこと」


「……」



 まあ、それは良いとして、夕方になって、ブラウベックシュタイン公とその奥さんが、別邸へとやってきたのだった。



「ようこそお出で下さいました。グーテルハウゼン卿、トンダルキント殿下、そして奥方様方。わたしが、ブラウベックシュタイン公フルーゼルです。こちらは、妻のマリアです」


 ブラウベックシュタイン公フルーゼルさんは、丁寧に挨拶をしてくれた。そして、気の良さそうな二人だ。年齢は40歳くらいだろうか?


 僕達も挨拶を返し、別邸のリビングで夕食を共にとなったのだが、ブラウベックシュタイン公か〜。



 昔は、今のザイオン公国や、ここ、そして、今の皇帝直轄領の一部まで領有して、獅子公ししこうなんて呼ばれる御先祖様までいたのに、今は、強国に挟まれた、田舎の小国と言って良い、環境になっている。


 まあ、ハウルホーフェの方が、もっと田舎の小国だけどね。


 で、その獅子公だが、当時のマインハウス神聖国の皇帝に喧嘩けんかを売って領土を広げ、晩年ばんねん、疲れ果て、領土を取り上げられたと、一人で全盛期と末期を演出した方だった。


 そして、なんと、喧嘩を売った相手はハウルホーフェちょうの歴代皇帝、我が家の御先祖様だったりするのだ。怖い怖い。



「そこで、わたしは言ったんですよ……」


「はあ」


 この、フルーゼルさん、かなりの話し好きなようだ。さっきからずっと、しゃべっている。


 どうやら、お祖父様の英雄譚えいゆうたんのようだった。自分が若い頃に父親に連れられて参加した、カール2世との戦いを話しているようだ。


「この時、逃げるカール2世を陛下は追いかけ、一騎討ちで倒して、戦闘は終結したんです」


「はあ」


 これは、嘘だ。お祖父様とカール2世は、一騎討ちはしていない。確かカール2世は乱戦の中で、討ち死にしたのだ。叔父様は結構一騎討ちに自信があるのか、実際受けるし、勝つ。だが、慎重なお祖父様は受けない。どちらかというと、見た目と違って、知力で勝負の人なのだ。


 まあ、たいした事じゃない、流そう。



 それよりも、目の前に置かれた料理へと目を向ける。おそらくケールを刻んで煮込んだものの上に、で豚と茹でソーセージがどんとのった、ボリュームたっぷりの一皿。


 この辺りの郷土料理らしい。が、見た目が……。それに、湖が目の前でなぜ肉料理なのだろうか?


 だが、問題は味だ!


 僕は、茹で豚を切って口へと運ぶ。うん、茹で豚だ。お湯で煮て、塩胡椒。うん。


 そして、ソーセージは、癖が強いんじゃ!


 じゃなくて、メットヴルストというソーセージなのだが、塩胡椒や刻んだニンニク、玉ねぎなどにつけ込んだり、燻製したりして保存処理をほどこした生の豚挽肉、メットを腸詰めして作られる。


 メットは、脂身なしの肉もしくは、少量の脂身が入ったひき肉を使い、本来生のまま、ライ麦パンに塗って食べられる長期保存のきく保存食でもある。


 ブラウベックシュタイン風のメットヴルストはやや燻製をほどこしてあるが、それでもやわらかくて塗ることもできる。そして、何しろ風味の強いソーセージである。それが茹でられてある。味は……。癖が凄い! じゃなくて、人の好み次第だね。



 この料理を食べつつ、常温のビールを流し込む。いや、不味くはないんだよ。好みの問題なのだが、肉料理に常温のもっさりとしたビールは違う気がする。いや、やめておこう。


 だって、フルーゼルさんや、トンダルは美味しそうに飲んでる。エリスちゃんは、一杯だけ飲んで、ハーブティーにしたようだ。ヨハンナちゃんは、最初からハーブティーのようだし。


 胃がもたれた~。





 翌日、昼過ぎにブラウベックシュタイン公ご夫妻に見送られて出発。南へと向かった。


「胃が〜胃が重い〜」


「グーテルは、昨日の全部食べたんですか?」


 僕のうめき声を聞き、トンダルが、馬を寄せて聞いてくる。


「もちろんだよ。どんな味だろうと、出された物は食べないと申し訳ないよ」


「まあ、そうですが。量が多過ぎですよ。さすがに残しましたよ」


「そうか、そうだよね」


 今度は無理せず残そうと誓った、グーテルだった。





 次の目的地である、トリンゲン公国エルフールには、翌々日の昼に到着した。


 エルフールは、そんなに大きな街ではなかったが、花の街なんて呼ばれるように街中のいたる所に花が咲き、非常に美しい街だった。


 どこからでも見える大聖堂に、美しい石畳。まるで絵のように可愛らしく、美しいエルフールの街。


 そして、その美しい街を抜け、郊外の屋敷にいたのは、


「これはこれは、グーテルハウゼン卿に、トンダルキント殿下。ようこそ我が屋敷へ。いかなる御用ですか?」


 いかなる御用ですか? じゃないだろう。ヤルスロフさんが、訪問の予定は連絡済みだし、途中使者も送って到着時間も連絡済みなのに何言ってんだろうね。


 さて、なんて返事しよう。


「えーと、大した用ではないのですが、お祖父様にトリンゲン公の人となりをお知らせしようと、寄ったまでです」


「えっ!」


 驚きあわてふためく、トリンゲン公。


「グーテル。言い過ぎだよ」


 トンダルが、耳元でささやく。こそばゆいよ~。



 まあ、その後は普通に挨拶されて、屋敷の応接室に通され、お茶したら、公務で出かけないと行けないとかで、どっかに出かけて行った。忙しい人は大変ですね~。



 まあ、トリンゲン公フロードルヒさんも、色々事情があるからしょうがないかな。



 先々代はトリンゲン継承戦争をしたし、そして、メイデン公国を失い、トリンゲン公国を得るというわけのわからないことになり。


 先代の父親とは仲違いし、父親と戦って公爵の地位を前年、手に入れたばかりだ。


 それに、奥さんは叔母様の妹だったはずだ。色々、悪口言われてるんだろうな~。



 というわけで、ディナーは僕達だけで食事となった。


 僕は、食べつつ、


「人の屋敷で主人居なくて、四人で食事ってなんか新鮮だね」


「そうですね〜。でも、トリンゲン公さんも、忙しい方なんですね~」


 と、エリスちゃん。


「違いますよ、エリスさん。あれは、我々の訪問が、迷惑だという意思表示ですよ。グーテルが、ああ言わなかったら、挨拶だけで済ませたんじゃないですかね」


 と、トンダル。


「まあ、良いじゃない、トンダル。お祖父様には、出来るだけ人に会い、その人物を見てこい。なんて、言われてたけどね。料理が美味しかったら、良い評価してあげるよ」


「あの、グーテル。料理で人の評価変えないでくださいよ」


「ん?」



 そして、食事だが、問答無用で、黒ビールが出てきた。苦手なんだよな~と口に入れるが、意外と美味しかった。苦味と濃いコクの中に、しっかりとした味がある。常温なのに。というか、食事と合わせようとするから、いけないのかな?


 で、料理は、トリンゲンミートのアスピック。豚の挽肉のゼリー寄せってところかな。今回のは、癖強くないし、いけるな。冷菜で、さっぱりと食べれるが、まあ肉の冷たいのって脂がね〜。って、文句多い?


 そして、メインは、豪快に豚肉の串焼きと、トリンゲンソーセージと小麦粉団子。うん、今日は残そう。


 そして、味だが。まあ、串焼きは塩胡椒で味付けして、焼いただけ。茹でただけよりは良かったな。


 で、ソーセージは、美味しかった。癖もなく、焼いたソーセージからは、肉汁が溢れ、中のお肉は粗挽きで。ちょっと味が濃いが、まあ、しょうがない。これが一番美味しいな。


 で、小麦粉団子は、なぜ出るんだろ?





 そして、翌日、僕はたっぷりと睡眠をとると、次の目的地に出発したのだった。

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