第40話 お祖父様のお見舞い③

 ふと見ると、エリスちゃんとヨハンナちゃんは、中庭に出て花を見て歩きつつ話している。そりゃ、こんな話、面白くないだろうしね。決してお花摘みではないよ。


 フルーラも二人について、歩いているが、こちらはお菓子を持ってつまみながら歩いている。花よりなんとかなんだろうな。



「この先、どう見る?」


 リチャードさんが、僕とトンダルに答えをもとめる。


 どう見るか……。って、何を?


「どう見るって、何をですか?」


「そうだな……」


 そう言うと、リチャードさんは少し考え、


「まずは、ダルーマ王国の今後についてだな」


「それは、まだまだ、めそうですね」


「うむ」


 リチャードさんも、うなずく。



 オーソンさんや、ヤルスロフさんが、色々言っていたが、とりあえず関係ないかと思って聞き流していた。確か、先王が暗殺されて数ヶ月しかっていないが、ダルーマ王国の争いは、ますます複雑になっているようだった。



 すると、トンダルが、話し始める。


「まずは、父上にとらわれていたアンドラーテ3世」


 アンドラーテ3世は、確か数代前のダルーマ王の孫だった。神聖教教主によって、先王の対立王として送り込まれたが、不利となっていた国王派が、叔父様と組んで戦った戦闘で、叔父様に捕らえられ、ヴィナールに幽閉ゆうへいされていた。しかし、先王の死後、脱出。後継者に名乗りをあげたそうだ。それは、聞いた。



「だが、出自がな……。父親が私生児しせいじだったゆえ、あまり支持を得られていない。まあ、イェステルダン大司教と中小貴族が支持基盤しじきばんだが、あまりに脆弱ぜいじゃくだ」


「はい」


 僕は、さも知ってましたという感じでうなずくが。へ〜そうなんだ~、知らなかった。



「そこで、父上の登場です。一応、ヴィナール国内の動乱も落ちついてきたので、ダルーマの王族は滅んだとして、父上がダルーマ王国の王は、自分だと宣言しました。これは、お祖父様も支持されてますが、いかんせん」


「ああ、トンダルには悪いが、ヴィナール公は、人気がない。一部、旧国王派の支持は受けているが、これ以上は、難しいだろうな」


「へ〜」


 思わず感心の声をあげ、リチャードさんと、トンダルがこちらを見る。いけない、いけない。え〜と、


「後は、偽物にせものの王族とか、ちょこちょこ出てきて、あっさりと負けて殺されましたが、それ以外だと大貴族達ですね」


 僕は、慌てて発言する。そして、トンダルが補足ほそくする。


「そうですね。大貴族達と神聖教教主様の支持で、ダリア地方の南部バブル王国にとついだ、先王の姉の子供と孫が王位を主張してますが、こちらはまだ、ダルーマにも入国、出来てません」


「ああ。だが、入国したらどうなるかだな……。どう見る、グーテル卿は?」


 えっ、僕? う〜ん?


「大貴族達の領土は、叔父様とアンドラーデ3世にはさまれてますから、当初は難しいでしょうね~。叔父様が、争いから降りたらわかりませんが」


「ふむ」


 リチャードさんが、満足気まんぞくげにうなずく。よしっ、当たってたようだ。



「では、トンダルは、どう見る?」


「父上は、動乱を完全に沈静化ちんせいかさせたら、ザーレンベルクス大司教を相手にするでしょうから。しばらくは、この三つどもえが続くのでしょう。それ以降は、その時になってみませんとなんとも……」


「そうか、そうだな」


 リチャードさんは、そう満足気にうなずくと立ち上がり、


「では、そろそろ良い時間だろ。酒でも飲みながら、食事を楽しむとしよう」


 そう言って、歩き始めた。こうして、リチャードさんによる授業のような時間は、終わったようだ。しかし、疲れたな~。



 リチャードさんは、周囲の情勢を見極め、国を動かし、さらに周囲の国にすきがあれば、拡大路線をとったりするのだろう。トンダルも、リチャードさんのもとで、さらに鍛え上げられている。


 僕は、どちらかというと、周囲には巻き込まれず生きていきたいが、そのためには、周辺各国の情勢にもっと敏感にならないといけないかな〜。あらためて、そう考えた。オーソンさんや、ヤルスロフさんが、教えてくれる情報を、もっとちゃんと聞いておこう。





 テーブルには、再び5人で座る。フルーラやアンディも完全に安心したのか、隣の部屋で食事をしているようだ。



 僕達は、スパークリングワインを飲みながら軽食をつまむ。このスパークリングワインは、結構、冷えていた。


 これは、天然の氷を用いたか。特殊な水を用いたかだろう。



 ボルタリア王国内では、天然の氷や、川に飲み物の陶器が入れられ、冷たい飲み物を売る店が多くあった。


 しかし、フランベルク辺境伯領に入った途端、売られている飲み物は常温となった。冷たいものを飲もうとすると、アイスクリームの入った、ソーダ水とかになる。


 で、このアイスクリームを作る時に使うのが、特殊な水だ。常温の水に硝石しょうせきを入れると、水が急激に冷え、その上に金属製のボールを浮かべてアイスクリームを作る。



 さて、この冷たいスパークリングワインは、エルプリングというぶどうを用い、発酵途中のワインを瓶に詰めて、残りの発酵を瓶内で継続させる方式で作られ、泡は弱いものの、キリッとした味とシュワッとした食感が楽しめる。美味しいスパークリングワインだ。



 これに合う軽食として、くせのあまり無いチーズや、干しタラの酢漬けや燻製くんせい、そして、ザワークラウトなどが、出されている。


 これらは美味しいかというと、はっきり言って、人の好みによると思う。


 僕は、新鮮なニシンやタラの料理は好きなんだけどね。干しタラだったら、マスターが作るクロケットは美味しかった。今度紹介しよう。後は、くせの強いチーズとか。ザワークラウトは、口がさっぱりするから好きだ。



 まあ、それは良いとして、食事も後半になると、白ワインが出てきて、そしてメインとして、ドレーゼンの名物料理が出てきた。



 僕は赤ワインが欲しいところだったが、リチャードさんや、トンダルは白ワイン飲んでるし、お酒強くないヨハンナちゃんは、温かいハーブティー飲んでるし、さて。


 と、エリスちゃんが、


「あのラドラー好きなんですけど、あります?」


 ラドラーか〜。やめた方が良いと思うけどな~。


 だが給仕の方が、出ていき、しばらくすると戻ってくる。そして、


「ありがとうございます」


 そう言って、エリスちゃんは一口飲む。そして、微かに顔がくもる。


 僕は素早くラドラーを取り上げると、一気に飲み干し、自分の白ワインをエリスちゃんに渡すと同時に、追加の白ワインも頼む。


 生ぬるいビールに、生ぬるいレモネード。まずっ! もったりとした濃厚な常温のビールに、甘い常温のレモネード、くどい。


 僕は、慌てて冷たく冷えた白ワインを喉に流し込む。


「グーテルさん、ありがとうございます」


 エリスちゃんが、お礼を言うが、


「うん。でも、これ、まずいね」


「そうですね。本当にごめんなさい」


 僕の表情が、ひどかったのだろう。さらに、あやまる。



 そして、運ばれてきたドレーゼン名物、ザウアーブラーテン。ザウアーがついているので、分かると思うが、酸っぱい料理だ。



 ワインビネガーと水に、野菜とクローブ、ナツメグ、ローリエといった香辛料を入れたマリネ液を作り、その中に牛モモ肉を数日ほど漬け込んで、肉を軟らかくする。


 その後、肉を焼いてから長時間、するといった工程で作られるのが、ザウアーブラーテンだ。


 なんでも馬肉を使う料理だったために、手間をかけて肉を柔らかくするのだそうだ。



 蒸し煮された牛肉は、グレイビーソースをかけて食べるのだが、マスターが言ってた作り方だと、フライパンに残った肉汁に炒めた小麦粉や、ワインをゆっくりとかき混ぜつつデグラッセする。そして、ジンジャーパウダー、干しぶどうを入れて少し煮詰めてかければ完成だ。


 付け合せには、赤キャベツと、小麦粉のだんご。



 僕は、肉を切って口に入れる。意外と酸っぱすぎず、肉は口の中でホロホロと崩れ濃厚な肉の味があふれる。さらに、甘酸っぱいソースが意外とさっぱりとした印象を与える。うん、美味しい。やっぱり、赤ワインが欲しかったな~。


 そう思いつつ、勢い良く食べ進める。赤キャベツも、少し酸味があり、味変させるのに良い。小麦粉のだんごは……。やめておこう。



 メインを食べ終わると、デザートまで出てきた。あれだな、ドレーゼンは、お菓子の街だね。



 アイアシェッケというケーキなのだが、簡単に言うと、ベイクドチーズケーキだ。


 アイアシェッケとは、まだらな卵という意味なのだが、ケーキを焼いて出来る、表面がまだらになるところから、来ているらしい。


 そして、このアイアシェッケだが、一番上は卵たっぷりのカスタードクリームの層、その下はクワルクと呼ばれるフレッシュチーズの層、そしてチーズクリームにスポンジとなっている。



 まあ、美味しいのだが、いかんせんお腹いっぱいなのだ。エリスちゃんは、美味しそうに食べている。女性は、甘い物は別腹べつばらって本当だね。


 僕にとっては、お酒は別腹なのだけど。



 そんなわけで、食後、リチャードさんや、トンダルと共に、お酒を飲みつつ、話をした。今回は、難しい話でなく、リチャードさんの昔話や、くだらない話も、延々と夜遅くまで話は、続いた。



 そして、翌日、たっぷりと寝た後、リチャードさんは、フランベルク辺境伯領国都のフランベルク・デア・アーレンへと帰っていった。



 僕達も、船でドレーゼンへと戻り、今度はドレーゼン城で準備を整えると、ドレーゼンで一泊し、いよいよ帝都に向けて出発となった。


 トンダルの護衛や、使用人もいれると、総勢50人近い人数となった。





「さあ、行こうか」


「はい」



 僕達は、今度はドレーゼンを出て、西へと進む。まずは、ブラウベックシュタイン公国の公都ブラウベックシュタインだ。

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