第39話 お祖父様のお見舞い②

 僕達は、ボルタリア国境を越え、フランベルク辺境伯領へと入る。


 と、そこに


「グーテル、お久しぶりです。いや、グーテルきょうですかね?」


「トンダル、久しぶり! グーテル卿はやめてよ。公式の場じゃないんだしさ」



 僕達は、お互い馬を降り、歩み寄ってかたい握手を交わす。


 結婚式以来の久しぶりの再会だった。



「エリスさんも、ご無沙汰しておりました」


 トンダルは、エリスちゃんにも挨拶し、


「ご無沙汰しております。トンダル殿下」


 エリスちゃんも、挨拶を返す。



 で、僕達は今日の宿泊地のドレーゼンへと向かうのだが。


「そう言えば、お義父とう様がドレーゼンまで来てるので、夜は歓迎会やろうとの事です」


「えっ! リチャードさん、ドレーゼンに来てるの? それはありがたいね〜」


 僕はてっきり、リチャードさんはフランベルク辺境伯領の国都こくとのフランベルク・デア・アーレンにいるとおもっていた。


 フランベルク・デア・アーレンは国境から北へ200km以上ある。リチャードさんに会うために、そこまで行ってと思っていたのだが、ありがたい。ドレーゼンまでなら40kmほどだ。だいぶ近い。



「まあ本来は僕が、ボルタリア王国に行ってグーテルに合流すればよかったんだけど、父上のせいで無理だから」


「そうだよね~。叔父様がね~」



 前にも言ったが、叔父様、ヴィナール公アンホレストが、ボルタリアに対していろいろちょっかいを出したので、ボルタリアでかなり嫌われている。


 そして、トンダルは、その息子だから、ボルタリアに入国しても良い顔されない。



「それで、お義父様がドレーゼンに足を運ばれたんだ。その方が無駄な行程が減るだろ。だそうだよ」


「そうなんだ〜。感謝しないとね」


 本当に出来たお人だ。と、エリスちゃんが、


「ヨハンナちゃんも、ドレーゼンにいますか?」


「ええ。おりますよ。その後は、我々と共にお祖父様のところに行きますから」


「そうですか~。楽しみだな。会うの久しぶりだし」



 エリスちゃんは、なんだかウキウキしている。ヨハンナちゃんは、リチャードさんの四女で、トンダルの奥さんだ。


 お見合いのような感じで四人で会って、そこから結婚へといたった。まあ、元々は、お祖父様の思惑おもわくありの政略結婚だが、ある意味良かったかな。



 その後も二人で、話しつつ馬を進め、あっという間にドレーゼンへと到着する。悠々ゆうゆうと流れる大河をを背にし、綺麗きれいなドレーゼンの街並みが見える。


 ボルタリアのヴァルダほど大きな建物はないが、どこかヴァルダに似た街並みだった。


 ドレーゼンの街は、元々はボルタリアの住民が住んでいたが、その後、メイデン公国の領土になり、現在は、フランベルク辺境伯の領土になった。この辺はいろいろあるのだが、まあ、やめておこう。


 なので、街がどこかボルタリアっぽいのだ。そして、料理も名物料理などもあり、食べていないが、悪くなさそうだ。



 そして、ドレーゼンに流れる、この大河だが、実はヴァルダにあるモルヴィウ川と通じている川だった。名は、デルヴェ川。



 ヴァルダ付近で、すでに大河になっているモルヴィウ川は、ボルタリアのムニューク付近でデルヴェ川と合流し、ここドレーゼンを通過し、一度メイデン公国に入り、再びフランベルク辺境伯領を流れ、海へといたる。


 だったら、船で来れば良いじゃないかと思うかもしれないが、それは、ほら、ボルタリアの軍船借りたり、商人の商船借りたりするのが、面倒だったので、今回は船じゃないのだ。決して僕がモタモタ準備してて、出発に間に合わなかったとかじゃないからね!



 僕達はドレーゼンの街中に入るが、そのままデルヴェ川にある船着き場へと向かう。そして、ちょっと装飾の施された船に乗ると、上流へと向かう。


 要するに、少し戻る感じだ。



「トンダル、どこへ行くの?」


「ピウニッツ宮殿だよ。ボルタリア王カール2世と良く会っていた時に、整備し直した宮殿で、街中は少しうるさいから、郊外にあるピウニッツ宮殿の方が静かで好きなんだって。まあ、庭も大きいし、建物も綺麗だから、僕も好きな場所だよ」


「ふ〜ん」



 しばらくすると、船はゆっくりと、ドレーゼンとは対岸の川岸に近づく。



 そして、立派な船着き場に到着した。船着き場から石段を登ると、直接、宮殿の入口となっており、綺麗な装飾のされた灰色の屋根と淡い黄色の外壁の美しいものだった。



 入口を入ると、反対側に花々でいろどられた中庭が見え、奥には長方形の池と、綺麗なシンメトリーの建物が見えた。


 なんとなくだが、リチャードさんっぽい気がした。



 僕達は、中庭を囲むようにある回廊かいろうを進み、奥の建物へとやってくる。すると、回廊の出口に、リチャードさんと、ヨハンナちゃんが、待ち構えていた。



「ようこそ、フランベルク辺境伯領ヘ。グーテルハウゼン卿」


「お招きいただき感謝いたします。リチャード卿」


 さらに挨拶は続く、


「エリサリス様も、ようこそフランベルク辺境伯領へ」


「リチャード様。お招き頂きありがとうございます」


 そして、ヨハンナちゃんも、


「グーテルハウゼン様。ようこそお越しくださいました」


「ヨハンナさん、お出迎えありがとうございます」


「エリサリス様。ようこそお出でくださいました」


「ヨハンナ様、お出迎えありがとうございます」


 こうして、一応の挨拶が終わり、リチャードさんは、ややくだけた口調で、


「まあ、こんな場所で立ち話もなんだろ。とりあえず、お茶でも飲みながら話そう」


 と、リチャードさんに案内され、屋敷の奥へと向かう。エリスちゃんと、ヨハンナちゃんは、後ろで再会を祝してキャッキャッとやっていた。


「ヨハンナちゃん、久しぶり。元気だった?」


「元気だったよ~。エリスちゃんも元気そうで良かった〜」



 僕と、エリスちゃん、そして護衛としてフルーラとアンディ以外は、使用人さんに案内され、客間へと荷物を持って向かったのだった。



 部屋に入る、応接室のようになっていて、長方形の小さなテーブルと、一番、上座かみざの位置に豪華な装飾された椅子が一つ、さらにテーブルをはさむように同じく豪華に装飾された長椅子が二つ配置されていた。



 リチャードさんが、一番上座の椅子に座り、僕達にも椅子をすすめた。僕とエリスちゃんは、リチャードさんの右手の長椅子に、トンダルとヨハンナちゃんは、左手の長椅子に座る。


 そして、部屋のすみだが、脚の長いテーブルと椅子が用意され、フルーラと、アンディが座る。脚が高いのは、腰にさした剣がつっかえないようにと、すぐ立ち上がって動けるようにだった。



 そして、僕達が座ると、


「さあ、遠慮なく食べてくれ」


 そう言うと、温かいハーブティーが運ばれてくる。テーブルには、ドレーゼン名物のお菓子がカットされて、皿に置かれていた。



 お菓子は、バームクーヘンとシュトーレンだった。


 バームクーヘンは、卵と小麦粉、砂糖とバターを合わせて生地を作り、それを年輪状に焼いたお菓子で。シュトーレンは、ドライフルーツや、ナッツが中に入った、甘い菓子パンのようなものだ。


 シュトーレンは、産着うぶぎに包まれた聖者せいじゃの姿を型どったものと言われ、神聖教の浸透した、マインハウス神聖国において聖者の生誕祭せいたんさいに良く食べられる。



 僕達も、美味しそうなお菓子を眺めつつ、お茶を飲み始めたが、その前に、フルーラが、自分達用に置かれた、バームクーヘンとシュトーレンを、パクパクと食べ始めた。



 満足気に、お菓子を頬張ほおばるフルーラ。あきれた顔でそれを見るアンディ。まあ、リチャードさんだから、そんな姑息こそくな事をしないだろうが、お菓子に睡眠薬とか毒をもって、なんて事をする可能性がある。


 なので、護衛騎士はそういうものに手をつけない習性があるのだが、まあ、良いや。フルーラだし。



 アンディもフルーラの様子を見て安心したのか、お菓子に手を伸ばした。だが、


「うっ!」


 フルーラがうめき声を上げて、目を白黒させている。アンディは、慌ててお菓子を置くが、フルーラは、胸を叩きつつ慌ててハーブティーを流し込む。どうやらお菓子を喉に詰まらせたようだ。がっつぎ過ぎだよ、フルーラ。



 僕達も、お菓子をつまむ。バームクーヘンは、ややしっとりとした感触だが、口の中でバターの風味や甘みが広がる。シュトーレンは、やや固い、しかし、噛んでいると、ナッツやドライフルーツの味や、スパイスや砂糖のほのかな甘みが、口の中に広がっていく。両方とも美味しい、口の中を幸せが支配する。



「さて」


 リチャードさんが、こちらを見る。


「グーテル卿は、ずいぶん面白い事をしたもんだな。痛快つうかいだったぞ。フッフッフッ」


「面白いことですか?」


「ああ。ヴィナール公国の動乱だ」


「ああ、あれですか。あれはどちらかと言うと、失敗です。ヒューネンベルクも死んじゃったし。反省してます」


 僕は、チラリとトンダルを見つつ応える。


「そうか。思惑と違ったわけか。ふむ」


 そう言いながら、リチャードさんは、顎をしごきながら、何事か考えている。


「まあ、いずれ起きたかもしれんことだ。気にするな。それに、ヴィナール公は運も良かったしな」


「運が良かった? 運悪くではなく?」


「ああ。知ってると思うが、ダールマ王が暗殺されたそうだ。それで、ダールマ王国の貴族達は、後継者争いに終止して、ヴィナールどころでは、なかったようだからな」


「ええ。そうでしたね」



 それは、知っていた。どうもオーソンさんは、情報網を構築し始めているようで、外務大臣のヤルスロフさんから聞くより前に、聞いていた。



 ダルーマ王は変わった人で、ダルーマ王国は神聖教の国だが、最終的には撃退したのだが、少し前にダルーマ王国に攻め込んだ、異教徒であるボルヴェツ人の残党を庇護ひごし、正式な王妃を幽閉した上で、ボルヴェツ人の女性をきさきにもしたそうだ。



 それを快く思わない神聖教教主に破門され、国王派と神聖教主派の戦いを招き。最終的には、庇護していたボルヴェツ人に暗殺されるという。可哀想な人だった。


「本格的に時代は動き出したぞ。ボルタリアは代替わりし、ダルーマ王は死んだ。さて」


 リチャードさんは、僕とトンダルを見る。


 そして、


「この先、どう見る?」


 僕達に、こう聞いたのだった。

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