第37話 閑話 ヴィナール公国の動乱②

 ガルブハルトは、テルチ要塞の自分の部屋から夜の闇の中、ヴィナール公国の軍がいるはずの方を眺めていた。


 ヴィナール公国軍がいる場所は少し離れていて、なんの音もしないが、



「なんか騒がしいが、こっちにではないな」



 そう言いつつ、ガルブハルトは昼間届いた、グーテルからの命令書を思い出す。


「少し……いや、かなりかな失敗しちゃったみたい。ガルブハルト申し訳ない、対処をよろしく。同地での演習は継続。とりあえずヴィナール公国の事態は静観せいかんして、国境を越える軍がいれば阻止そし、よろしくおねがいします」


 となっていた。


「グーテル様は、すでに何が起きようとしているのか、認識されているのか……」


 戦いの匂いはするが、何が起きようとしているのかは、分からなかった。


「となると、とりあえず演習続けるだけだな」


 この後も、ガルブハルト率いるボルタリア軍第三師団は、テルチ要塞に留まり、演習を継続したのだった。





 一方、ヒューネンベルクは、反乱軍に追いつかれることなく、無事にランスウの街へと帰還した。


 いや、反乱軍ではないな、ヒューネンベルクは思い直した。まだ、反乱軍ではない。アンホレスト公への報告も、ヒューネンベルクが勝手にランスウへと帰り、その後を諸侯第二軍団が、追っている。何かあったようだ。との報告だろう。


 だが、諸侯第二軍団が、ランスウの街へと到達し、戦闘になったら違う。その前に何とかしなければならない。


「父上!」


「おう、ジュニアか。今、帰った」


 ジュニアは、ヒューネンベルク侯爵の息子で、同じヒューネンベルクを名乗っている。2世といったところか。


「急なお帰りで、いかがされました?」


「ああ、諸侯第二軍団が、反乱を起こした、兵を集め、防備を固めてくれ。わたしは、ヴィナール公に書状を書く。寛大かんだいな処分をお願いし、なんとしても、これ以上の反乱拡大を阻止しないといけない」


「父上の懸念けねん通りになりましたか、ですが、寛大な処分は無理かと」


「分かっている。しかし、わたしが何とかしないといけないのだ。わたしが……」


 ヒューネンベルクは、責任を背負い過ぎるところがあった。しかし、ヴィナールの諸侯の筆頭であり、ヴィナールの他の諸侯も仲間だという思いも、ジュニアは理解出来た。


「かしこまりました。急ぎ防備を固めてます」


「頼んだぞ」


 ヒューネンベルクは、そう言い残すと、自室へと向かったのだった。



 翌日、ヴィナールに向けて使者を放ってすぐ、ヴィナールは、諸侯第二軍団によって包囲された。



 ヒューネンベルクは、街を取り囲む城壁に登り、取り囲んだ諸侯に呼びかける。


「今なら、まだ間に合う、武器を起き投降とうこうせよ。アンホレスト公には、寛大な処分をお願いする。何なら、わたしの命をかけても良い」


「ヒューネンベルク様。それは我々のセリフです。早急さっきゅうに城門を開け、投降してください。察すれば、皆の命は補償ほしょういたします」


 ヒューネンベルクは、その後もしつこく呼びかけ、説得しようとしたが、その後は、諸侯達は呼びかけに応えることなく、戦闘が始まった。



 攻撃側は諸侯第二軍団3000、守備側はヒューネンベルク侯爵軍1500。寄せ手の方が、2倍の兵力があったが、ヒューネンベルクジュニアのたくみな指揮もあり、ランスウ攻防戦は、膠着こうちゃく状態におちいっていく。





 ランスウ攻防戦が始まって、数日後、ヴィナール公アンホレストは、ようやく、諸侯第二軍団の反乱という報告を受け、さらに、ヒューネンベルクからの使者が、書状を持ってくる。



 諸侯達の反乱は、ある意味望んでいたものだったが、ヒューネンベルクからの書状を読み、考え込む。


 そして、


「宰相殿を呼べ」


「はっ!」



 しばらくして、ヴィナール公国領邦宰相フレーゲルハウゼン・ハウルホーフェが入ってくる。


「ヒューネンベルクからの書状です。読んでみてください、義兄にいさん」


 フレーゲルは、書状を受け取ると一読する。そして、


「寛大な処分ですか……」


「ああ、だが、反乱起こした人間に、どう寛大な処分を下せば良いのです?」


「まあ、そうですが、身命しんめいしてとなっておりますが……」


「だから、厄介やっかいなのだ。あの男は使える。いや、この国に必要なのだ」


「そうですね」


 アンホレストは、それだけヒューネンベルクを信頼していた、外交に内政に軍事に、欠かせない存在。そう思っていた。


 対して、フレーゲルは、もう少し冷めた目で見ていた。確かに優れた人物だが、替えのきかない存在ではない。ただ、アンホレストは、本当に信頼した人物しか、使わない、いや、使えない。


 だから、アンホレストは、本当に信頼しているヒューネンベルクの頼みを断れなかった。


「でしたら、責任をとらせ、数人は処分して、残りは寛大な処分にすれば良いのではないですか?」


 フレーゲルが、アンホレストに提案する。


「なるほど。一応、寛大な処分だな。さすが、義兄さんだ」


 フレーゲルは、そんな大した事を言ったつもりもなかったが、アンホレストの目に覇気はきが戻る。そして、


「では、義兄さん、後はよろしくおねがいします。俺は、直轄ちょっかつ軍を率いて、反乱軍を倒してきますよ」


「わかりました。御武運を」



 そこまで言った時だった。伝令が勢い良く飛び込んで来る。


「も、申し上げます! ザーレンベルクス大司教領で動きが、イエンス渓谷けいこく対岸に兵力集結しつつあるとのことです」


「何だと! ヒュ……」


 アンホレストは、言いかけて言葉にまる。すると、


「わたしが、行きましょう。な~に、ザーレンベルクス大司教が欲するのは、川の自由通行だけでしょう。一時的にこちらの軍が引けば、こちらの領土までは、興味はないでしょうね。それで、講和してきますよ」


「義兄さん、おねがいします」


「まあ、もし、それが不満だったら、後で再び取り返せば良いですから。では、行ってまいります」


 そう言って、フレーゲルは部屋を出て、ザーレンベルクス大司教に会うために、出発した。



 そして、アンホレストも、反乱軍を倒す為に、ヴィナール近郊に駐屯ちゅうとんする直轄軍4500を率いて、出撃したのだった。


 これで、反乱の鎮圧ちんあつは容易と考えられたのだが、アンホレスト、フレーゲルが居なくなった、ヴィナール公国公都ヴィナールで、大変な事態が発生する。



 一部のヴィナール市民の反乱だった。そして、その動きはヴィナール公国全土へと拡大していくこととなる。





 アンホレストの前に、ヴィナール公国を支配していたのは、ボルタリア王カール2世だった。


 カール2世は、ヴィナール公国を支配するにおいて、市民に経済的な自由を認め、市民の絶大な支持を受けた。


 それに対して、アンホレストは、ヒールドルクス公国の財政状態の悪化もあり、市民にある程度の税金をかけた。それは、マインハウス神聖国の平均的な税金よりは重く、カール2世時代から言えば、重税とも言えるものだった。当然、市民から反発が起きた。


 そして、反抗的な市民に対して、アンホレストは、その特権を奪うという形で対応した。特権とは、裁判権や、市民議会等の部分的な自治権だった。それを剥奪はくだつする。



 さらに、反抗的な市民を抑えるのに、上級市民とも言える大商人に特権を与えると共に、貧困層との対立を利用した。貧困層の優遇措置ゆうぐうそちだった。まあ、これはどちらかというと、フレーゲルの政策せいさくだったが。


 職のない者に、ヴィナール公国が、公共事業こうきょうじぎょうを行い優先的に職を与えたり、逃亡農奴とうぼうのうどには、土地を与え開墾かいこんさせたりした。



 市民の中にも不満をくすぶらせて持つ者がおり、アンホレストのいないヴィナールで、暴発する。一部の不満を持った、市民が暴動ぼうどうを起こした。



 しかし、これは、ヴィナールの治安を守る騎士団や、兵士によってあっと言う間に鎮圧されたのだが、暴動は、ヴィナール公国内の都市や、諸侯の領地に飛び火。突発的にあちこちで暴動が起きたのだった。



 そして、その暴動の最大のものは、意外な場所で勃発ぼっぱつした。





 アンホレストは、直轄軍の騎士団1500、兵士3000を合わせて4500を率い、ランスウへと駆けつけた。


 ランスウの街を包囲していた、反乱軍、騎士1000、兵士2000、合わせて3000は、囲みを解き、向かってきたアンホレスト軍に正対する。しかし、数で上回っていたのにランスウの街を攻略出来なかった軍は、戦意せんいも低下していた。


 動きにえがなく、ダラダラと動く反乱軍に、ヒューネンベルク軍の騎士団が城門から討って出て、その側面を突く。率いるは、ヒューネンベルクの息子だった。



 混乱におちいった反乱軍に、さらにアンホレスト軍が迫り、戦いは一方的になった。そして、諸侯の一人がアンホレストに一騎討ちを挑み、斬り捨てられると、戦いは終結したのだった。



 だが、



「なぜだ、なぜお前が死ななければならない、ヒューネンベルク!」


 アンホレストは、なげかなしみ慟哭どうこくした。



 ヒューネンベルクは、アンホレスト軍が到着すると、自室にもり、遺書を書くと、自死じししてしまったのだ。


 反乱の責は自分にあり、反乱を起こした諸侯達の罪は問わないで欲しいというものだった。


 アンホレストは、激しく後悔したが、もう遅かった。おのれの半身が、もがれたような苦痛を味わう。



 さらに、悪いことが重なった。



 ランスウ市民の蜂起ほうきだった。大切な領主だった、ヒューネンベルクが死んだのは、アンホレストのせいだと考えたのだ。



 アンホレストが宿泊していた屋敷を包囲、火を放った。アンホレストは、強行突破し街の外に出ると、ランスウの市民の説得を、新しく領主となった、ヒューネンベルクの息子のヒューネンベルク侯爵に任せると、ヴィナールへと帰って行った。



 この反乱で、反乱に加わった諸侯のうち四人が処分され、残った者も、領土の縮小などで、兵も半数とされた。そして、新たなヒューネンベルク侯爵の下、諸侯第一軍団に組み込まれる事となった。


 そして、減らされた分の兵力は、直轄軍へと充填された。





 その後も、ボルタリアにも、ダールマにも、ザーレンベルクス大司教領にも動きはなかったが、市民達や領民による暴動があちこちで起き、乱の終結に一年という月日をアンホレストは、費やす事となった。



 乱の終結後、アンホレストは、その怒りをグーテルへと向ける。逆恨みだとは自分でも分かっていたのだが、


「おのれグーテル。おかげで、俺はヒューネンベルクを失ったぞ。この借りは、必ず返す」

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