第38話 お祖父様のお見舞い①

 僕は、心に大きなダメージを背負い、城下町マージャストナにある、呑処のみどころカッツェシュテルンに来ていた。


 両隣には、エリスちゃんと、演習を終えヴィナール公国の様子を僕に伝えてくれた、ガルブハルトがいた。


「あ〜」


「グーテル様、大丈夫ですか? そのあまり、気になさる事はないかと、グーテル様が意図いとしてやった事ではありませんし」


「い〜」


「その、ヒューネンベルク侯爵が亡くなられたのは、予想外でしたが、それも、グーテル様のせいではありませんから」


「う〜」


 その巨体でオロオロしながら、懸命けんめいにフォローするガルブハルトだったが、その隣にいる、エリスちゃんの眼は冷たかった。



「ガルブハルトさん」


「何でしょう? エリス様」


「確かに、グーテルさんは、ヴィナール公国の事も気にかけてました。しかし、今の落ち込みは、違うんですよ」


「えっ! では、なぜ、グーテル様は?」


「マインハウス神聖国皇帝である、お祖父様から書状がきたのです。最近、体調が悪いので、見舞いに帝都に顔を出してくれと」


「えっ。それの何が、嫌なのですか?」


「グーテルさん、どうぞ」


「だって、ガルブハルト。あそこはマインハウス神聖国、屈指くっしの、めしまず地帯だよ?」


「はい?」


 ガルブハルトの目が点になる。この人、何言ってんの? という顔だ。


「フランベルク辺境伯領にいる、トンダルと合流してから、行くんだけど、フランベルク辺境伯領はもとより、そこから帝都に続く地域は、マインハウス神聖国の中でも、料理が美味しくないので、有名でしょ?」



 そう、フランベルク辺境伯領、そこから南西に進み、ブラウベックシュタイン公国、その南のトリンゲン公国、さらに西にあるバルデブルク大司教領、そして、さらに西にある帝都周辺は、マインハウス神聖国、いや世界屈指の料理が美味しくないので有名なのである。



 フランベルク辺境伯領の西にある、ザイオン公国は、美味しい魚介類ぎょかいるいや、名物料理にあふれ。帝都の西のキーロン大司教領にも、ケルシュという美味しいビールがあり、それに合う料理が豊富にある。



 そう、めしまず地帯を囲むように、美味しい名物料理や、美味しいお酒の飲める地域があるのに、なぜ、そこだけ!


 僕は、何て、不幸なんだ。そんな場所に行かなければ行けないとわ〜。絶望だ!



「えと、グーテル様。頑張って下さい」


 ガルブハルトの視線が冷たくなり、ガルブハルトは前を向き、黙った。


「え〜」





「まあまあ、殿下。最後に美味しいもの食べて行ってくださいよ」


 マスターが、タイミング良く、声をかける。


「最後じゃないよ、マスター。すぐ帰ってくるからね、すぐ」


 両脇から冷たい視線が注がれる。はいはい、分かってますよ。お見舞い行くのに、そんな事を言っちゃ駄目ですね。分かってはいるんだよ。



 だいたい、お祖父様が病気というのが信じられない。健康で、元気の固まりのような人だ。お母様も、そうだけど。


 だが、年齢は年齢なんだよね~。御歳おんとし71歳。かなりの高齢だ。さらに、マインハウス神聖国皇帝という激務げきむだ。


 お祖父様の年齢まで、皇帝の地位にいた事のある人は、いない。そういう意味では、考えられないことではない。と言っても良いのかな?



「かしこまりました。ですが殿下、しばらく食べれないのは事実です。たっぷりボルタリアの味を味わっていってください」


 マスターは、僕の言動と、ガルブハルトとエリスちゃんの冷たい視線には気を止めず、一工夫ひとくふう入れた、ボルタリア名物料理を次々と出してきた。



 シュニッツェルは、鳥を叩いて薄くし、パン粉をつけて焼いた後、ワインビネガー、バルサミコ酢でさっぱりと食べれるようにし。


 タタラークは、牛肉を叩いてミンチにした後、下味をつけ小さめに丸め、そこにパン粉をつけて焼き、前に使ったグレイビーソースをかける。


 グラーシュは、牛肉の煮込み料理なのだが、野菜を増やし、マスター得意のスパイスを入れて、アレンジ。


 このアレンジ料理が、評判で店はますます大繁盛していた。


 鳥のシュニッツェルは、今は滅んでしまったが、はるか東の国のナンショーという国の料理をイメージして作ったそうだ。


「わたしが祖国にいた時に、遥か東の国から来た行商人達が、話していた料理なんですよ。まあ、うる覚えだし、味は適当ですが」


 だそうだ。後の料理は、マスターの思いつきで作った料理だったが。評判は良い。



 鳥のシュニッツェルは、サクサクとした食感と、鶏肉のさっぱりとした味に、さらに、甘酸っぱいソースが合う。そして、さらにピルスナー。


 フリカデレのシュニッツェル? は、今度は逆に濃厚な肉の味と、出てくる肉汁におぼれそうだ。そして、グレイビーソースが味を引き締める。そして、さらにピルスナー。


 最後の牛肉と、野菜のスパイスグラーシュ風は、結構お腹いっぱいだったが、するすると入った。



 だけど、


「マスター、俺もっと、レッドペパー入れて」


「わたしも」


「そんなに入れて、大丈夫ですか?」


 マスターは、心配そうな顔をしながら、ガルブハルトとエリスちゃんのグラーシュに、辛くなるスパイス、レッドペパーを足していく。なんか目がしみる。


 赤い色のグラーシュを、もくもくと食べるガルブハルトとエリスちゃん。


「えと、一口食べてみて良い?」


「どうぞ、グーテルさん」


「俺のも、良いですよ」


 まずは、エリスちゃんのを一口。


「辛っ!」


 口の中が、ヒリヒリする。僕は、慌ててピルスナーを飲み、消火。


「そんなに、辛いですか?」


 エリスちゃんは、平然と食べている。僕には、エリスちゃんのは辛すぎて味が分からなかった。


「辛いよ。僕には無理だな~」



 次に、ガルブハルトのを一口。だが、他の仕事をしていたマスターが、それに気づき叫ぶ。


「殿下! 駄目です!」


「えっ!」


 口の中に入ったグラーシュであるはずの液体が極少量、口の中の粘膜につく。すると、


「痛い痛い痛い!」


 僕は口の中に、火でも飲み込んだように、激痛を感じた。慌てて、ピルスナーを流し込むが、今度は、胃が痛い!


 僕は、涙を流しつつ、ガルブハルトを見る。


「グーテルさん、大丈夫ですか?」


 エリスちゃんが、タオルを取り出し、僕の顔の汗か、涙か、鼻水か、わからない液体を拭き取る。



「そんなに、辛いですかね~?」


 そう言いながら、ガルブハルトは汗をダラダラ流しつつ、目を充血させてグラーシュを食べている。


 ガルブハルト、いつか辛いもので死ぬぞ。僕は、そう思った。


 マスターも、


「殿下、大丈夫ですか? ガルブハルトさんは、常人じゃないんです。そんなの食べちゃ健康に悪いですよ」


「そうだね~」


 僕が、なんとか正気を取り戻し、返事をする。しかし、いまだに口の中が痛い。



「えっ! 俺は、異常ですか?」


「そうでしょうね〜。少なくとも、そんな辛くして食べた人みたことないですよ。エリスちゃんのも結構辛いけど、その数倍の辛さですからね」


 と、マスター。


「そうなんですね。ちょっと、なめてみよう」


 エリスちゃんが、そう言ってガルブハルトのグラーシュを少しなめる。すると、


「ん〜、辛い辛い辛い」


 そう言って顔を真っ赤にして悶絶もんぜつする。そして、慌てて飲み物、アイリーンラドラーを飲む。


 アイリーンラドラーは、マスターの奥さん、アイリーンさんのお手製のレモネードと、ビールのカクテルだ。



 だけど、エリスちゃんの反応は僕より全然小さい。そして、すぐに、改善して、


「本当に辛いですね、ガルブハルトさんの」


「そうですか?」


 いや、二人とも凄いよ。僕は、半分、あきれつつも感心したのだった。





 翌日、僕がダラダラと準備したために、翌々日の出発となった。


 ヤルスロフさんと、デーツマンさんに後事を託しいざ、出発!


 ヴァルダ城の城門を抜け、広場に出て真っ直ぐ進み、坂を下る。途中急激に道がせまくなる。



「フルーラ、眠〜い」


「グーテル様、そんな左右に揺れては、危のうございます」


 フルーラは、左右にゆっくりと揺れる僕を慌てて、押さえる。



 そう相変わらずの寝坊助ねぼすけである僕は、無理やり起こされて連れ出されたのである。そして、行きたくない思いが、さらに足を重くする。


「ブルッ、ブヒヒヒ」


 突然、僕の愛馬が鼻を鳴らし、軽くいななく。



 はいはい、歩いているのは君ですね、僕は歩いておりませんよ。首すじをポンポン叩くと、


「ブフゥ」


 はいはい、分かればよろしい。ですね。かしこまりました。



 で、今回の同行者は結構多い、当初、僕はいつも通りの護衛騎士隊のみで身軽に行きたかったのだが、それはボルタリア王国の威信いしんにかけて、許されなかった。


 なので、僕や、エリスちゃんの身の回りの世話をする使用人。そして、それを護衛する護衛騎士隊。なので、総勢30名ほどの人数になった。


 さらに今回は、通過する国との外交も兼ねていくので、宿泊地の手配は通過する国々の手配となる。その点では極めて楽だが、その領主に合わないといけないという面では、面倒くさい。



 フランベルク辺境伯、トリンゲン公、ブラウベックシュタイン公、そして、バルデブルク大司教。この四人とは会うことになる。この手配は、外務大臣のボルーツ伯ヤルスロフさんがやってくれてある。こちらの要望と向こうの要望を上手くまとめて、手配してくれてある。やはり、優秀な方だ。



 そして、今日の宿泊地は、ボルタリア王国内だが、明日は、フランベルク辺境伯領ドレーゼンの街だ。昨日のうちに出て少しでも進んでおけば楽な行程だが、2日で進むとなると、結構忙しい。というわけで、早朝出発したのだった。



 まあだけど、お祖父様や、トンダル、そして、フランベルク辺境伯リチャードさんに会えるのは楽しみだ。



 僕達は、フランベルク辺境伯領に向けて、北へと街道を進んでいった。

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