第33話 新天地へ⑤

 祝日が終わり、僕は、ガルブハルト、フルーラ、アンディ、ライオネン、ハイネッツ他、数名の騎士を引き連れて、本宮殿ほんきゅうでんに向かっていた。



 さすがに初日から遅刻はまずいと思い、頑張って起きたが、とても眠い。


「ふわあああ〜」


「殿下、眠そうですが、大丈夫ですか?」


「うん。フルーラ、大丈夫だよ。ふわあああ〜」


 と、隣りにいた。ガルブハルトが、


「大丈夫ではなさそうですが。まあ、良いでしょう。それより、フルーラ、殿下はやめろ」


「あっ、これは失礼しました、殿下……ではなくて、閣下かっか……。う~ん?」


「何でも良いよ、フルーラ。呼びやすいので」


「はい、かしこまりました!」


 と元気に返事したフルーラだったが、その後は、虚空こくうを見つめ、ずっと何やらブツブツ言っている。


「やはり殿下が呼びやすいが、やめよう。えっと、卿、閣下……。う〜」





 そして、執務室に入ると、


「おはようございます。グーテルハウゼン卿」


 と、デーツマンさん


「おはようございます。デーツマン卿」


 さらに、ヤルスロフさんが、ニコニコ笑いながら寄ってきて、


「おはようございます。グーテルハウゼン卿。ちゃんと、ご挨拶出来てませんでしたので、あらためて。この度の摂政就任、まことにおめでとうございます」


「おはようございます、ヤルスロフ卿。ありがとうございます」


 ニコニコと笑う、ヤルスロフさんを見るが、何か裏があるとか、心にもない事を言っているようには、見えないような。


 二人が挨拶すると、他の執政官しっせいかん達も次々と挨拶するが、いちいち覚えてられない。とにかく、いっぱいいた。後で、ゆっくり覚えよう、それよりも。



 僕は、部屋の一番上座にある、自分の机の前に立つと、第一声を発する。皆が、何を言うのかと、僕に注目する。



「ガルブハルト! ボルーツ伯ヤルスロフ、ロウジック伯デーツマンを捕らえ、牢に放り込んでおけ!」


「はっ!」


 ガルブハルトがその巨体を動かすと、二人はへびにらまれたカエルのように、身体を硬直させる。そして、ガルブハルト、アンディ、ハイネッツ、ライオネンらの騎士達も素早く動き、二人を素早く拘束こうそくする。


 僕は、後ろを振り返る。すると、フルーラが僕の顔を見つめ、「私にも何か、ご命令を」という顔をしている。


「ああ、フルーラは、そのまま、僕の護衛ね。重要だよ」


「はい、かしこまりました!」


 そう言うと、フルーラは、僕の前に出て、剣のつかに手をかけ、周囲をにらみつける。


「ヒッ!」


 他の執政官達も、おびえ下がる。こら、フルーラ、無駄に威圧しないの。



「お、お待ち下さい! なんのとがでしょうか?」


 真っ青な顔をしたデーツマンさんが、後ろ手にしばられ、連行されながら聞いてくる。ヤルスロフさんは、すでに観念したのかうつむいて、トボトボ歩いて行く。


「派閥を作り、いたずらにボルタリア王国に混乱をもたらした罪だ! 連れて行け!」


「はっ!」


 ガルブハルト達が、二人を連れて部屋から出て行く。


「そのような事を〜」


「わたしに罪は〜」


 デーツマンさんの叫びが、遠ざかっていった。まあ、一日、二日、牢に入っていれば、頭も冷えて、周りも良く見えるようになるだろう。今は、内部でめる時ではない。



 さてと、僕は残った執政官達を見る。その顔はあおざめ、さらに、戸惑いの表情が浮かんでいた。まあ、僕の事は、ヴィナール公国に対する防御壁代わりのお飾りとでも、聞いていたのだろう。まあ、それでも良かったけど。


 今は大変でも、後々、楽する為に……。後々、苦労しない為には、ちょっと手を加える必要があった。



 僕は、執務室の机に座ると、執政官達に言った。


「では、ボルタリアの政治体制を教えて下さい」


 すると、一番年長だろう執政官が、おずおずと前に出て、


「政治体制も何も、我々は、ヤルスロフ卿や、デーツマン卿に割り振られた仕事を、手の空いている者がやるのですが」


 効率悪そうだな〜。



 え〜と、どうしよう? まあ、とりあえず、


「では、ボルタリア王国の財政状況を教えて下さい」


 僕が言うと、お互い顔を見合わせているが、そのうちに、後ろの方で、おずおずと手が上がる。結構、若い人だ。


「あの〜。キシリンカ子爵と申しますが、そういう計算好きなので、暇な時にまとめたものがあるのですが」


 何て、偉い人だ。暇な時にまとめたものだって。僕だったら、絶対しないな。



「見せて頂いてよろしいですか?」


「はい」


 キシリンカ子爵は、自分の机から書類を取り出すとこちらに向かって歩き、僕に書類を渡す。


「どうぞ」



 僕は、書類を眺める。税収や、銀鉱山などからの収益などの収入、そして、軍事、公務、公共工事に使った予算と、実際の使用額までが細かく記載されていた。これは、目が痛くなる。



 僕は、すべて目を通した風を装い、そっと資料を閉じる。そして、


「良くわかりました。キシリンカ子爵、あなたを財務大臣に任命します」


「えっ! だ、大臣? そのような恐れ多い……」


「ですが、ボルタリアの財政状況を一番理解しているのは、あなたです。だったら、あなたがやるのが一番だと思いますが」


「あっ、えっと……」



 そう言いつつ、キシリンカ子爵が、後ろを振り返ると、数人が応援するかのように、身振り手振りで、示していた。そして、


「かしこまりました。では、やらせて頂きます。そして、あの……、手伝ってくれた仲間がいるのですが、その者達と共に仕事しても良いでしょうか?」


「ええ、そうですね、うん。財政局とでも、名付けましょう。そのお仲間達と、やって下さい」


「かしこまりました!」


 出てくる時とはうって代わって、軽快な足取りで戻っていく、キシリンカ子爵。そして、周囲の人達と何やら話し始めた。



「そう言うことなら、ちょっと良いだろうか?」


「はい、何でしょう?」


 僕は、声がした方を向く。そこには、立派な体格をした、白髪頭で、立派な白い髭をはやした、人物が立っていた。白髪だが、まだ、年齢は五十歳くらいだろか?


「わしは、デコイラン伯爵という者だ。わしの家系は、代々ボルタリアで軍務の仕事をしていたのだが、先代……。いや、先々代だな。カール2世にうとまれてな。軍務の仕事を外されたんだが、今でも、出来るだけ軍務の仕事をしている。軍務の仕事をしても良いか?」


「そうですね〜」


 軍務とは、実際の軍事行動に関与かんよするわけではなく、予算を確保し、兵士を徴兵ちょうへいしたり、武具を調達して配布する、兵糧の調達、騎士を育てるなどの軍事に関する、業務を行うのだ。



 僕は、少し考えるふりをする。すると、


「その時代からの、配下もいるのだが……」


「わかりました。では、その方々と軍務局を作り、デコイラン伯は、軍務大臣に任命します」


「はっ、有難き幸せ、摂政閣下」


 と、


「では、わたしも、法令ほうれい関係の職にきたく思いますが、まあ、仲間や、配下はおりませんが……」


「そうですか。え〜と、あなたは?」


「これは、失礼しました。ベネスビーと申します。一応、子爵位にあります」


「そうですか」


 ベネスビー子爵は、長髪をきっちりと真ん中で左右に分け、目が悪いのか、目を細めた、かなりきつい顔をした人だった。年齢は、デコイラン伯よりは、下かな?


「わたしは、常々思うのです。法こそ、人々を導く正しい道なのだと。それなのに、人は、法をおかすそれだけならまだしも、裁く人間が法を、じ曲げる。実になげかわしい」


「はあ」


 う〜ん。これは、面倒くさい人だぞ。神聖教ならぬ。法正教の信者のようだ。だけど、こういう人物の方が、良いだろう。


「では、ベネスビー子爵、法務大臣に任命します。法務局の人選は、お任せしますね」


「いえ、わたしは、大臣ではなく……。いえ、かしこまりました。つつしんでお受け致します」


 よし、これで法務局も出来た。法務とは、法にのっとって、人を裁くだけでなく。領民は領民が、貴族は貴族が裁く事になるので、その裁判官の任命。さらに、領民や貴族からの法に関わる事の相談、などが仕事だ。



 ベネスビー子爵は、ふらふらと執政官達の間をうように歩き、仲間を探している。


 大丈夫かな?



 さて、後は、ヤルスロフさんと、デーツマンさんを適当な大臣に任命というか、元々大臣か。


 僕は、残りの執政官達を集め、


「まあ後は、ヤルスロフ卿と、デーツマン卿を大臣として、働いて貰うことになるだろうけど」


 すると、執政官の一人が、


「あの〜二人は、解放されるんですか?」


「もちろん。ただちょっと反省してもらおうと、思ってね」


 すると、ホッとしたような空気がただよい。



「でしたら、我々は、ヤルスロフ卿の下で、外交業務の仕事をしたく思います」


「そう」


 外交業務と単純に言っても、ただボルタリア王国と他国との関係の仕事ではなく。領内諸侯との折衝や、あるいは、他国の情報収集等も、その仕事となる。


「じゃあ、皆さんは外務局として、ヤルスロフさんが帰って来るまで、頑張って下さい」


「はい、かしこまりました」


「で、残った方々は、デーツマンさんの下、内政を、になって下さいね。呼称は、う〜ん、内務局で、おねがいします」


「はい。かしこまりました」



 よしこれで、仕事終わった。


 後は……。僕は、窓から外を眺める。城の中庭が見えた。城の中庭は目立つからな~。





 本宮殿の裏口を出て、城壁の方に向かう。するとそこは小さな庭になっていて、しかも人がいない。さらに本宮殿に面しているので、城壁にも兵士は立っていない。


 というわけで、僕は、そこの青々とした芝生に寝転がる。さて、これで、今日の公務終わりまで、寝て……、なんて思っていたのだが、


「摂政閣下〜! 摂政閣下〜!」


「ここに、いるよ」



 という感じで次々と人がやってきて、寝転がるどころでは、なかった。


 おかしいな〜?



 そんな日々が2週間続き、さすがにおかしいと思う。おかげで、僕の名は、執政官の間では、働き者で名が通った。


「何か忘れてる気もするし。何だろ? あっ!」


 ヤルスロフさんと、デーツマンさんを、牢から解き放つの忘れてた!

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