第32話 新天地へ④

 即位式は、先王ボルタリア王カール3世、そして、その王妃レイチェルも出席して行われた。



 マインハウス神聖国皇帝の即位式とかだと、聖別式せいべつしきとも呼ばれ、神聖教教主が皇帝の頭に聖油せいゆを注ぎ、神への奉仕ほうしを誓った後に、王冠をかぶせるという形で行われるが、ボルタリア王国では、そんな大袈裟おおげさなものではなく、先王が、次の王に王冠をかぶせ、王位が引き継がれた事を示すのだそうだ。


 しかし、場所は、ヴァルダ城内にある大聖堂だった。一際ひときわ大きな大聖堂、聖スヴァンテヴィト大聖堂だった。その大きくそびえる尖塔は、ヴァルダ城のがけの高さと同じくらいあるように見えた。



 その大聖堂に、列席者が続々と入っていく。国外には招待状を送らなかったが、フランベルク辺境伯リチャードさんだけは、来賓らいひんとして呼んだようだ。


 その後は、ボルタリアの王冠と呼ばれる、マインハウス神聖国の領邦諸侯りょうほうしょこうでありながら、ボルタリア王国にも忠誠を誓う、2カ国の諸侯。マリビア辺境伯リンジフさんと、チルドア侯ヤンさんが続く。


 そして、僕こと、クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンを筆頭に、ボルーツ伯ヤルスロフさん、ロウジック伯デーツマンさん以下のボルタリア王国領内諸侯が続く。



 そして、列席者が大聖堂の中に入ると、即位式の儀式が始まった。儀式を進行するのは、ボルタリア大司教区首座のヴァルダ大司教、ベルハイムさんだった。



「では、これよりボルタリア王国王位継承の儀を行います。まずは、このき日を迎えられたこと、神に祈りましょう。アーメン」


 というわけで、儀式が始まった。で、ヴェーラフツ3世となる御方おかたであるが、この時、御年おんとし四歳。ボルタリア王妃レイチェルさんの膝の上で、抱き抱えられていた。


 まあ、あのくらいの年齢だと、退屈になって逃げ出したり、いろいろあるだろうからね。



 ヴァルダ大司教が、聖油をヴェーラフツ3世の頭に塗り、清め、そして、神に祈る。ヴァーラフツ3世は、とても気持ち悪そうにしているが、懸命に我慢している。


 そして、


「では、カール3世より、ヴェーラフツ3世に王位継承をします」


 大司教が、そう言うと、ヴェーラフツ3世は、レイチェルさんに手を引かれ、カール3世の座る椅子の前に来ると、ひざまずき、頭を下げる。


 すると、カール3世は、自分の頭からボルタリア王国に代々伝わる王冠を、ヴェーラフツ3世に被せる。すると、


「ここに、ボルタリア王国の新王ヴェーラフツ3世が誕生しました!」


 大司教の宣言を受け、僕達は、


「おめでとうございます」


 と祝意しゅくいを示す。さらに、カール3世が、座ったままであったが、力強い声で、


「皆、ありがとう。我が息子ヴェーラフツ3世の即位が終わり一安心だ。わたしは、病気の療養に専念させてもらおうと思う。よろしく頼む」


「ははっ!」


「我が息子、ヴェーラフツ3世に対しても変わらぬ忠誠を、何卒なにとぞ、何卒お願い申し上げる」


 と言いながら、頭を下げるカール3世。それに対して、涙ぐむ者、冷めた目で見る者、様々であった。そして、


「クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン」


「はっ!」


 僕は、カール3世の前へと進み頭を下げる。すると、


「グーテルハウゼン卿、摂政せっしょうとして、ヴェーラフツ3世を支えてくれ、そして、ボルタリア王国の大地と民を守ってくれ、よろしく頼む」


「はい、かしこまりました」


 こうして、僕は正式に、ボルタリア王国の領邦摂政として、対外的にも、国内的にも認められ就任する事になった。これは、お祖父様である、マインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世の命令だった。


 領邦摂政は、ボルタリア王の名代であり、マインハウス神聖国においても、ボルタリア王に匹敵ひってきする存在だと、認識される。国内のみ力を持つ、領内摂政とは違うのだ。


 まあ、小国ハウルホーフェ公国の代官としてのグーテルハウゼン殿下からは、かなりの出世? だろうな。まあ、そんな事は、どうでも良いが。



 さらに、カール3世は、話を続ける。


「我が息子ヴェーラフツ3世にをよろしく頼む。グーテルハウゼン卿」


「はい」


 僕が、そう言うと、僕の前にレイチェルさんに手を引かれ、ヴェーラフツ3世が立つ。そして、レイチェルさんが、何やら耳もとでささやく。すると、


「よろしく頼むぞ」


 たどたどしいが、はっきりとヴェーラフツ3世の声が響き。


「はい。ボルタリア国王ヴェーラフツ3世様、忠誠を誓います」


 すると、列席していた、リチャードさんを除く人々が、膝をつき頭を下げて、


「忠誠を誓います」



 こうして、ヴェーラフツ3世の即位式は、終わった。この後は、ヴェーラフツ3世は、新たに国王になった事を、民衆に知らしめす為に、ヴァルダ城前の広場から、城下町マージャストナ、そして、ヴァルダの街中をパレードすることになっている。


 これには、ヴェーラフツ3世と、王太后おうたいごうになったレイチェルさんが参加する。カール3世は、お疲れだろうからもちろん休むだろうし、領内諸侯にも参加義務はない。まあ、ヤルスロフさんとか、デーツマンさんとか、目立つの好きな人は、参加するだろうけど。さて、僕は……。



 完全に出遅れて、大聖堂の中で考えていると、後ろから肩を叩かれた。


 振り返ると、フランベルク辺境伯リチャードさんが、立っていた。


「少し飲みながら話でもせぬか? クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン卿」


「良いですね〜。どこに行きましょう?」


「フッフッフッフッ。さすがに、今日は街中には、出られんぞ。俺が泊まっている、館でどうだ?」


「わかりました。では、行きましょうか?」


「ああ」



 僕達は、そう言うと、大聖堂から出る。右手の城門からは、大きな歓声が響いてくる。僕達は、その歓声を背にして、ヴァルダ城内にある、国外からの賓客ひんきゃくの宿泊に使う、迎賓館げいひんかんへと、向かったのだった。





「グーテル卿、すまなかったな、苦労をかける」


「いや、良いですよ。お祖父様、ボルタリア王、リチャードさんの三人から頼まれたら、断われませんし」


「フッフッフッ。そうだったな、皇帝陛下からも、だったな」


「ええ」


「では、グーテル卿は、ボルタリアをどうするつもりだ?」


「どうするつもりだも何も、ボルタリア王……。先王のカール3世さんは、デーツマンさんに任せておけば大丈夫だと言ってましたよ?」


「そうか。で、それは本気か?」


「いえ、楽は出来そうですけど、後々、叔父様の介入とかで、面倒くさい事になりそうなので、ある程度は、手を加えようかとは、思っていますが」


「うむ。で、どのように手を加えるのだ?」


「それは、考え中です」


「そうか。まあ、楽しみにしてるぞ。フッフッフッフッ」


「はい」


 リチャードさんは、やや幅の広い椅子に斜めに座り足を組み、椅子の肘掛けに右の肘をつき、右手の指を顎に当て、左手で杯を回しつつ、ワインを飲む。


 う〜ん。格好良い。様になるな~。これを僕がやっても、様にはならない。



 そして、さらにリチャードさんが、話しかけてくる。


「ボルタリアは、貴族共和制をとる、ワーテルランドと真逆で、王権が強かった。だが、そのカリスマ性の強かったカール2世が死んで、今は、ボルーツ伯や、ロウジック伯が力をつけている。まして、かつぐ王は幼君ようくんだ。どちらかの言われるままに動いていたら、その対立するやつに、反発をくう。まずは、奴らの力をある程度、そがんとな」


「はい。それは、二人を捕らえ、少し牢獄ろうごくに入ってもらう予定です」


「なにっ!」


 リチャードさんは、椅子から身を乗り出し、僕の顔をまじまじと見る。そして、


「フッフッフッ。グーテルハウゼン卿は、面白い冗談を言うな。フッフッフッ」


 リチャードさんは、僕が言った冗談だととらえたようだった。



 その後も、ヴィナール公国の叔父様の事や、ワーテルランドの情勢、さらにお祖父様達の動きの情報をもらい、さらに、ボルタリアの食べ物や、飲み物などの話もして、話ははずむ。結局、共に食事までして、夜遅くまで、話す事になった。


 年齢差は、大きいけど、一緒にいてためになるし、楽しい。こういう人物に僕は成りたい。成れるかな〜?



 翌日、リチャードさんは、カール3世や、レイチェルさん達に挨拶すると、フランベルク辺境伯領へと、帰っていった。





 そして、僕は、数日に及ぶ、ボルタリア新王の即位を祝う祝日を過ごすと、ようやく本宮殿にある執務室へと、向かった。



 執務室には、ボルーツ伯ヤルスロフさんや、ロウジック伯デーツマンさんの大臣、そして、二十人位の執政官しっせいかんがいた。政務官せいむかんはいない。おそらく、他の部屋にいるのだろう。


 人口9万人のハウルホーフェ公国は、執政官一人。人口300万人のボルタリア王国だったら当たり前か。



 これらの人達を前に、僕は第一声を発する。


「ガルブハルト! ボルーツ伯ヤルスロフ、ロウジック伯デーツマンを捕らえ、牢に放り込んでおけ!」


「はっ!」


「お、お待ち下さい! なんのとがでしょうか?」


「派閥を作り、いたずらにボルタリア王国に混乱をもたらした罪だ! 連れて行け!」


「はっ!」

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