第31話 新天地へ③

 その後、片付けが始まったのだが、僕は邪魔じゃまかな~と思い、脱出をはかったのだが、


「殿下! 物をどこに置くとか、どの部屋を使うとか、指示くらいして下さい!」


「はい」


 エリスちゃんに、またまた怒られた。だって、片付ける役にはたたないから、マージャストナで飲んでようかと思ったのだけど。マスターの様子もみたかったし。



 ああ、そう言えば、マスターは、マージャストナの城からの石段近くの空き店舗を、ハイネッツさんが確保してくれたそうだ。


 そして、住居は、城内。貨幣鋳造所の近くに決まった。


 どうも、奥様は、元々ハウルホーフェ公国でも、貨幣鋳造所かへいちゅうぞうしょの管理職についていたらしく、オーソンさんが手配して、ボルタリア王国の王立貨幣鋳造所の管理職に、ヘッドハンティングという形をとったようだ。貨幣鋳造所としては、有名で、名門であるボルタリアに喜んで移動したのだそうだ。


 マスターの奥様は、才女さいじょなのね~。



 マスターのお店の状況も見に行きたいが、それはいろいろ落ち着いてからになりそうだった。





「その棚はこちらに、その本はその本棚に収めて下さい。後は……」


 エリスちゃんの指示で、的確に整っていく部屋。僕も、自分の書斎しょさいなどの荷物の配置を指示していた。


 部屋割りは、すでにハイネッツさんが、ある程度「こちらでどうでしょうか?」と、提案してくれて、あっと言う間に決まり、後は、荷物の配置だけだった。



 だけど、


「あの、殿下。本当に、こちらでよろしいのでしょうか?」


 ハイネッツさんが、僕の後ろで不安そうに聞く。


「そう、良いの。ここが攻められるような事は、ほぼないだろうし、危なくなったら、すぐに逃げるしね」


「はあ、かしこまりました」



 その部屋は、僕の休憩室? といった所のようなものだ。貴族のたしなみとして、午後のお昼寝に使用したり、後は、疲れた時に仮眠とったり、一人になりたい時もあるだろう。そんな時の為の、部屋だった。


 場所は、宮殿三階の一番東側。がけに面して、眼下がんかに、マージャストナの街を、のぞめる場所だった。一、二階だと城壁に隠れ、他の部屋も少し崖から離れ見えにくい。ここが、眺望ちょうぼうは、最高なのだ。



 マージャストナに敵が迫り、崖を攻略されたら、一番に狙われる場所だが。まあ、それはほぼ無いだろう。なにせ崖の高さは80mはあるのだ。さらにこの宮殿も、一階には、晩餐会ばんさんかいの開けるホール等の部屋があるため、かなり天井が高い。となると、この部屋は90mくらいの高さがある。どんな攻城兵器でも半分も届かないし、投石機の攻撃も届かない。上に打ち上げるのは、難しいのだ。


 というわけで、この部屋を確保したのだった。



 そして、翌朝。僕は、この部屋で、素晴らしい眺望ちょうぼうを眺める。太陽が差し込み少しまぶしいが、構わない。


 眼下では、ありのように小さく見える人々が歩き回り、街は作られた模型のように見えた。僕は、はいに入った液体を回すように揺らしながら、眺める。そして、


「ふっ、愚民ぐみんどもめ」


 と、その時、背後から声が聞こえた。


「殿下。横暴おうぼうな独裁者ごっこは、終わりました?」


「あっ、えっと、うん」


「じゃあ、お養父とう様が、待ってますから行きましょう」


 エリスちゃんに、そくされて、僕達は、ボルタリア王カール3世に面会するために出発したのだった。





「良く来てくれた。グーテルハウゼン殿下。いや、グーテルハウゼンきょうか」


「はっ、ご機嫌麗きげんうらわしく、ボルタリア王……様」


「かしこならないでくれ、グーテルハウゼン卿」


「はい」


「ご機嫌麗しくございます。お養父様」


「うん、エリスも良く来てくれた」


 こうして、挨拶を済ませると、ボルタリア王は、これからの事を、話し始めた。今回は、最初からロウジック伯デーツマンさんもいた。



「わたしは、出来るだけ早く退位しようと思う。そして、息子がヴェーラフツ3世として即位する。それを、グーテルハウゼン卿が、摂政として補佐してほしい」


「はい」


「うん。まあ、政治に関しては、ここにいるロウジック伯もいるから、心配ないと思う」


「はい、お任せください。グーテルハウゼン卿、何でもお聞き下さい」


「はい、よろしくおねがいします」


 う〜ん。確か、ボルタリア王国の領内諸侯の筆頭は、ボルーツ伯ヤルスロフさんだったと思うけど。ボルタリア王が信頼しているのは、デーツマンさんなのかな?



「あの、ヤルスロフさんは?」


 すると、デーツマンさんは、渋い顔をして、ボルタリア王も、


「ああ、あの者か。人あたりもよく、交渉能力も高いから、外交能力があると思い、ヴィナール公との交渉役を任せていたら、いつの間にかヴィナール公に懐柔かいじゅうされていてな。今のあの者は、信用出来ないのだ、残念ながら」


「そうですか」


 これは、どう考えればよいのだろうか? ボルタリア王の言葉を、そのまま受け入れるわけにはいかないな。さて、どうするか?



「まあ、とりあえず、ヴェーラフツ3世の即位式を急ぐつもりなので、グーテルハウゼン卿の出番はそれからです。それまでは、ゆるりと、お過ごし下さい」


「はい、ありがとうございます」


 という感じで、話し合いも終わった。それで、即位式だが、デーツマンさんいわく、2週間後には、行えるそうだ。まあ、とりあえず、それまでは僕は暇なようだ。となれば、やることはただ一つ、グータラさせてもらおう。





「行ってらっしゃいませ」


「うん、行って来ます」


 エリスちゃんのお見送りを受けて、僕は、アンディと共に出かけた。たっぷりと惰眠だみんをむさぼり、日は、空高くにあった。


 僕は、崖の石段ではなく、城門から、外に出て、マージャストナを目指した。



「おばちゃん、これ頂戴ちょうだい


「あいよ。えっと、貴族様かい? 貴族様の、お口に合うような物じゃないよ?」


「ああ、いいの、いいの。そんなおえらい貴族様じゃないから」


「そうかい」


 出店でみせのおばちゃんから、食べ物を受け取ると、一口かじる。うん、確かに。どうやら豚肉の串焼きのようだが、塩辛く、肉のくさみがもろに出ている。僕は、あまりまずに飲み込んだ。そして、


「うん、美味しいよ。塩味が効いてて」


「そうかい。それは、良かった。でも、貴族様で、こんな出店で、食べようなんて珍しいね」


「そう? 僕の国では、普通だけど。まあ、凄く田舎だしね。そうだ! 田舎の貴族の僕にボルタリアのこと、もっと教えてよ」


「そうだね……」



 という感じで、いろんな場所で、食べたり、休んだり、話しにきょうじたり、草むらに寝転んで惰眠をむさぼったり。まずは、城下町であるマージャストナ、そして、ヴァルダの街中、最終的には、ロウジック伯領や、ボルーツ伯領まで行って、グータラした。



 で、どんな感じだったかというと、多少の不満はあるが、おおむねボルタリア王国の評判は、良かった。大きな失政しっせいは無いし、銀鉱山でもうけて、税金も軽めだそうだ。


 農産物の生産量は悪くなく、牧畜によって、肉類や乳製品の生産も悪くない、ほぼ自給自足じきゅうじそく出来ている。


 ただ、銀製品の輸出や、銀そのものの輸出に頼り過ぎなように見えた。


 さらに、細かく聞くと、やや判断が遅く、ごちゃごちゃしているようだ。それは、政治判断だったり、司法の判断だったりも同様のようだった。前回と今回で判断が違ったりもあるようだ。この辺は、ちょっと問題かな?



 そして、ボルタリア王にかんして聞くと。先王のカール2世は、したわれていたようで、その死をはかなんでいる人が多かった。フランベルク辺境伯リチャードさんの、鋭利えいりなレイピアという表現とは違い、少なくとも領民に対しては、カリスマ性に優れた偉大な人物と、写っていたようだった。


 それに対して、カール3世は、きわめて普通。悪くもなく良くもなく、穏和おんわで優しい人だよ。という感じだった。確かに穏和で優しい人だ。王は、穏和で優しい人だけでは駄目だ、ということなのだろうか?



 それで、デーツマンさんと、ヤルスロフさんに関してだが、これも評判は、悪くなかった。というか、ボルタリア王よりも、身近な存在なようで、それぞれの領地はもとより、ヴァルダにおいても良い評判だった。


 デーツマンさんは、真面目で堅物、そして不正を許さない高潔な人物。対して、ヤルスロフさんは、温厚で人の話をよく聞き、的確に対処してくれる人という評価だった。


 う〜ん。確かにな。デーツマンさんは、少なくとも、真面目で堅物そして、高潔な人物という感じだった。それを、ボルタリア王カール3世は、気に入ったのだろうか?


 ヤルスロフさんに関しては、いまだ良く分かっていない。ただ、叔父様との交渉はとても大変だ。それで妥協点だきょうてんを探って、ボルタリア王カール3世に話したら、気にくわなかったのだろうか?



 そして、やはりというか、そうだろうと思っていたが、デーツマン派とヤルスロフ派があるようだ。今は、デーツマン派が優勢なようだが。さて?





 こんな感じで、グータラな日々を過ごすと、ハウルホーフェ公国からやって来た、僕のグータラ殿下の評判は、ボルタリアの街々に、行商人達によって広まっていった。



 そして、いよいよヴェーラフツ3世の即位式をむかえる事となった。

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