第29話 新天地へ①
僕は、ハウルホーフェ公国に帰ってくると、コーネルを代官に指名して、いろいろと引き継ぎは……、あまりなかった。
元々、
で、引っ越しに関しては、エリスちゃんと、フルーラが中心になって準備が進められていた。僕も手伝うと言ったのだが、
「邪魔です」
だそうだ。
ああ、そう言えば、フルーラは、ボルタリアについて来るのだそうだ。
「フルーラは、どうするの?」
「何がですか?」
「いや、僕が、ボルタリアに行った後は……」
「わたしも、ボルタリアに行く予定ですが」
「えっ、一緒に来てくれるの?」
「はい、それが何か?」
どうも、最初から行くつもりだったようだ。有り難いが、良かったのかな〜。
「えぐっ、うえっ。殿下は、わたしの事が邪魔なのでしょうか?」
「ほら、フルーラ。泣かないの。来てもらった方が有り難いな。や、ただ、ご家族は大丈夫なのかなと」
「父と、母、兄に弟がおりますが」
「えっ!」
「はい?」
で、その後は、引っ越しの準備に専念してくれている。なので、僕の護衛は
「俺も、行きますからね。親父にも許可とってますし」
だそうだ。アンディの父親は、コーネルだが、話したら。
「殿下と共に行け。行かないと
と、言われたそうだ。
「まあ、元々ついて行きたかったんで、良かったすよ」
だそうだ。
さて後、ついて来てくれそうな人は? 僕は、自分の執務室で、考え始めた。
使用人達は、フルーゼンの街の住人という人が多いし、家族もいるおじちゃん、おばちゃん、ばかりだ。来てもらうわけにはいかないだろうな。
政務官達は、コーネルの仕事に絶対必要な人達だし、後は騎士だけど……。う〜ん?
ちなみに、コーネルは、元々政務官達と、仕事していた、自分の執務室で仕事をするそうだ。
「その方が、移動しなくて仕事出来ますからな。ハハハハハ」
だそうだ。動かないと老化、早まるよ。
で、暇な僕は、自分の執務室で時間つぶしていたのだが、まあ、昼間から飲んだくれるわけにもいかないしな。
「コンコンコン」
「どうぞ〜」
「失礼致します。ガルブハルトです」
と、ガルブハルトが入って来て、僕の前に2枚の書類を置く。
「新しい騎士団の編成です」
「そう、だけどそれは、コーネルに。ん?」
騎士団長の名が、代わっていた。ガルブハルトではない。護衛騎士副隊長だった、シュルツさんの名が、書かれていた。
「ガルブハルトも、来てくれるんだ」
「もちろんです」
「だけど良いの? この、のんびりした、ハウルホーフェ公国が気に入ったって」
「ええ。気に入ってましたけど、
そうか、有り難いな。だけど血沸き肉踊る戦場を提供出来るかな~。
「ガルブハルト、ありがとう」
「ええ、まあ」
ガルブハルトは、そう言いながら、頭をポリポリとかく。照れくさそうだ。
「それでこちらが、ボルタリアに行く奴らです」
ガルブハルトは、もう一枚の方の書類を指差して、そう言った。
「えっ!」
僕は、書類を見る。すると、ガルブハルトや、フルーラ、そして、アンディの名と共に、20名ほどの名が書かれていた。ボルタリアに残っている、ハイネッツさんや、ボルタリアに同行した若手の騎士、ライオネンさんの名もあった。
で、出来るな、ガルブハルトは、
「うん。ありがとう。だけど、これで、本格的にやることが無くなったな~」
「そうですか。では、行きますか?」
「そうだね~」
僕と、ガルブハルトは、そう言うと、連れ立って、呑処カッツェシュテルンへと、向かったのだった。
そこからは、ガルブハルトと共に、毎日のように、カッツェシュテルンで飲みまくる。
そして、いよいよ数日後には出発という日。最後と思い、マスターや、常連客との別れをしようとカッツェシュテルンを訪れた。
カッツェシュテルンは、珍しく
僕は、オーソンさんの隣に座り、ガルブハルトがその隣に座る。すると、
「グーテルハウゼン殿下、ご無沙汰しております」
と、オーソンさんではない、もう一人のお客さんから、声をかけられた。誰だ?
僕は、その顔を見る。え〜と。あっ!
「タイラーさん。ご無沙汰です。どうしてここに?」
「そうですね。それは、殿下達が、注文されてからゆっくりと」
「そうだね。じゃあ、いつもの」
「俺も」
僕と、ガルブハルトがビールを頼むと、マスターは、裏の方に歩いていき、冷えたビールを注いで戻ってきて、僕達の前に、ビールを置く。そして、
「じゃあ、タイラーさんとの再会を祝して乾杯!」
「乾杯!」
こうして、タイラーさんとの飲みは、始まったのだった。
「で、タイラーさん。どうして、ここに?」
「それは、殿下がこの国を離れるとのこと。お別れにまいりました」
「へ〜。凄いね。民主同盟の情報網は」
「いえいえ、情報網という程では、ありませんよ。ただ、重要なところに、人を置いているだけです」
タイラーさんは、そう言って、ちらっとオーソンさんを見る。へ〜。オーソンさんの仕事って、そういう感じだったのか。
「それで、わざわざフルーゼンまで。ありがとうございます」
「え〜。まあ、寂しくなるなと。殿下は、とても面白い方ですから」
「そう?」
「はい。今でも、敵と平然と飲んでおられる」
「タイラーさんと? だって、敵じゃないし」
「ほう。では、殿下にとって敵は?」
「う〜ん、家族や、友達や、領民もかな、に危害を加えようとする人かな?」
「そうですか。なるほど」
僕と、タイラーさんの話をガルブハルトと、オーソンさんは、黙って聞いていた。
だが、そこで、ガルブハルトが口を挟む。
「民主同盟の天才戦術家タイラーさんか。正直、戦いたくないね」
「天才戦術家等とは、恐れ多い。あんなの子供だましです。ね、殿下?」
「いや、凄いと思うけどね。
「えと? 殿下は、タイラーさんのやっていることを、理解されているので?」
ガルブハルトが、かなり驚いた口調で話す。が、
「
「ハハハハハ。やはり、殿下は、面白い。いや〜、まいりました。戦わずに済んで、良かった」
と、タイラーさん。
僕、なんかやっちゃった? とかではなく、タイラーさんの戦術は、実際、話しに聞いて知っていた。今後、応用して使おうと思って。まあ、実際、使う事がない方が良いけどね。
「殿下が居なくなれば、やりやすくなりますよ」
と、タイラーさん。やりやすくって、ヒールドルクス公国とは、
「だけど、ヒンギル
「ええ、講和中です。それに、ヒンギルハイネ殿下は、約束を破らないでしょう。あの方は、良い意味でも、悪い意味でも騎士ですからね」
「だね」
良い意味でもは、騎士道精神に乗っ取ったやり方とかかな? 悪い意味だと……。筋肉バカ?
「ですが、グーテル殿下の叔父上であるアンホレスト公は、違います。何かしてくるでしょうな~」
「なるほどね~」
確かに、その可能性は高い。
そして、タイラーさんは、小声になり、
「なので、あの国にも、情報源を持っているのですが、気をつけて向かってくださいね」
えっ! 叔父様が、何か僕に仕掛けてくるってこと? そんなことあるかな~? お父様、お母様もいるのに。まあ、お祖父様いるから、そっちには、手を出せないか。
となると、直接ではなく、間接的にかな。
「御忠告、感謝します。気をつけます。ね。ガルブハルト」
「はい」
と、マスターが、
「そう言えば、ボルタリア料理作ってみたのですが、食べられます?」
「ボルタリア料理って、何?」
「殿下が言っていた、タタラークです」
「ああ、あれか〜」
「はい。牛の生肉を
とマスターが言うと、ガルブハルトは、
「俺は生肉で」
「わたしも、試してみましょう」
と、オーソンさん。僕は、
「僕は、フリカデレで、生肉が嫌じゃなくて、マスターの作るキノコのソースが楽しみで」
「ありがとうございます」
「わたしも殿下と同じで」
とタイラーさん。
「はいよ」
ジュ〜。店内に肉を焼く、良い匂いがたちこめる。そして、肉を焼いている間に、ガルブハルトと、オーソンさんのタタラークが出てくる。
皿には、熱々のパンとニンニクの
「パンの表面に、ニンニクの欠片をするように塗ってください。そしたら、タタラークを黄身と混ぜて、パンに乗せて食べてください」
ガルブハルトと、オーソンさんは、その通りにして、パクリと一口。
「何これ? うまっ!」
「本当ですな~。美味しいです」
ビールをあけつつ、凄い勢いで食べる。う〜ん、美味しそう。
「殿下達のも、出来ましたよ」
と、目の前に置かれる。湯気が立ち昇り、なんとも言えない、香りがする。
「頂きます」
僕が、フリカデレを切ると、中から、
僕は、口に一口入れる。牛の挽き肉が溶けるかのように、口の中でほぐれながら、しっかりした肉の感触もする。そして、
「美味しい〜。最高。このフリカデレ」
「本当に、や、美味しいです。さすが、殿下が常連客になる店です」
「ありがとうございます」
タイラーさんも、満足そうだ。そして、パクパクと、無言で食べ続けると、
「や、マスター。美味しかったです。ごちそうさまでした。お会計おねがいします」
「はい、どうも、ありがとうございました」
そう言って、お会計を済ませると、
「殿下。楽しいひとときでした。また、どこかで、お会いしましょう」
「タイラーさん。気をつけて帰ってくださいね」
そして、扉を開けて外に出ようとして、振り返り、
「そうでした。そこのオーソンという名の人物ですが、殿下にお仕えしたいそうです。わたしとは、今後、なんの関わりもございません。ご自由にしてください。では」
そう言って、外に出ていった。
ご自由にって、どうしよう?
「オーソンさん、良いんですか?」
「はい、わたしは、すでに心を決めております」
「そうですか。じゃ、おねがいします」
「フォフォフォ。殿下は、気持ち良いぐらい、疑いませんな~」
「いや、飲み仲間だし」
「フォフォフォ。そうですか」
「で、さっそくやって欲しいことがあるんだけど」
「はい、なんでございましょう?」
僕は、オーソンさんに、耳打ちする。すると、オーソンさんは、
「かしこまりました。二日ほど、時間を頂きたく」
「うん。大丈夫だよ、それで」
「では、さっそく」
オーソンさんが、ニヤリと笑う。
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