第28話 グータラ殿下ボルタリアに行く③

 寝所しんじょに入り、ベッドに近づくと、せ細り顔面蒼白がんめんそうはくな、ボルタリア王カール3世が、ベッドに寝ていた。


「グーテルハウゼン殿下、エリス、ようこそお出でくださいました」


 カール3世は、顔だけをこちらに向け、か細い声で言う。さて、なんて声をかけよう。


「ボルタリア王、ご無沙汰しております。お加減はいかがでしょう?」


「ハハハ、見ておわかりでしょう。もう、長くはないでしょうな」


 しまった。挨拶失敗したな。え〜と、


「お養父様とうさま。グーテル殿下とは、楽しい新婚生活を過ごしております。御安心ください」


「それは、良かったです」


 エリスちゃんに、フォローされた。駄目だな~。



 少し結婚生活について話すが、ボルタリア王は、徐々につらそうになって来た。


「では、ボルタリア王。お休みください。また、明日にも、再度お見舞いに来ます」


 僕は、そう言って退室しようとしたが、ボルタリア王は、僕を止める。


「エリス。殿下に少しお話しがあるのです」


 そう言うと、エリスちゃんは、


「かしこまりました。お養父様、お大事になさってください」


 そう言って、一人退室したのだった。



 エリスちゃんが、部屋から出ると、ボルタリア王は、


「手紙の件、承諾しょうだくいただけますでしょうか?」


 真剣な顔で、そう言ってきた。


 手紙の件。それは、僕をボルタリアの摂政せっしょうとして迎えたいということだった。


 僕が、ボルタリア王カール3世の養女となっていた、エリスちゃんと結婚したことによって、僕をボルタリアの王族として迎え、カール3世の息子さんを王位につけ、僕が補佐すれば良いと考えたようだった。


 では、他に僕のような存在が、いないのかというと、カール2世の娘さんが、お母様と叔父様の弟、ヨハネさんと結婚しているが、お祖父様も、叔父様もヨハネさんは、論外ろんがいということらしかった。


 まあ、叔父様は、そのことを建前たてまえに、ボルタリアの支配権を寄越せということらしいが、お祖父様は、叔父様に強大すぎる権力は与えたくないとのことで、僕が指名されたのだった。



 なぜ、僕? 面倒くさがりで、さぼるのが好きな僕が。だけど、フランベルク辺境伯リチャードさんいわく、他にいないだろ、ということらしい。他の人達は、だいたいボルタリア王国を乗っ取ろうと考えている奴らばかりだ。そうだ。


 そう、これが三通の手紙の正体だった。



 だけど、本当に、返事に困る。確かに、自分が、無能だとは思わないが、何とかやっていたのも、コーネルはじめ、信頼出来る人達が居たからだし、ハウルホーフェ公国は、所詮しょせん小国だ。


 ちなみに、ハウルホーフェ公国の人口はおよそ9万人、対してボルタリア王国は、ボルタリア王冠領まで入れたら、300万人も人口がいるのだ。それを動かす。面倒くさ……。大変だな。



 僕は、しぼり出すように返事をした。


「もう一晩だけ、考えさせてください」


「そうですか」



 僕は、そう言って退室すると、エリスちゃんと共に皆のところへ戻り、何事もなかったように振る舞った。



 その後も、ボルタリアの領内諸侯の方々の挨拶を受けたり、僕達の歓迎する食事会などもあったが、あまり記憶が無い。そして、夜。





「しかし、こんなところに石段があるとは」


「ホントだね~」



 ヴァルダ城に入って来た門の反対側は、高低差80mほどあるがけになっていた。その下には、マージャストナと呼ばれる城下町がある。


 そして、その崖に人一人ひとひとりがやっと通れるつづら折りで、急勾配きゅうこうばいの石段がある。これは、マージャストナで何か起こった時に、城にきゅうを知らせる為の石段なのだそうだが、王族や、貴族がマージャストナにこっそり遊びに行く。抜け道にもなっているのだそうだ。


 まあ、抜け道と言っても、上と下にめ所があり、しっかりチェックを受けるのだが。



 その石段を、僕と、ガルブハルト、アンディが下っていた。もちろん目的は、ピルスナーと、ボルタリア料理だ。まあ、歓迎のうたげで、ある程度食べたので、料理は、ある程度になるだろうが。



 僕達は、マージャストナに降りると、近くにあった、ピヴニツェに入る。ピヴニツェは、ようするにビアホールだ。まあ、ミューゼンのほど、大きくないし、うるさくもない。こじんまりしている。う〜ん。ビアパブと言った方が、良いかな?





「殿下、今日ずっと上の空ですね」


「うん、まあね」



 僕達は、ピルスナーを頼み、適当な料理を数品頼む。ガルブハルトは、ピルスナーを一気にあけ、二杯目に突入。僕は、チビチビと飲んでいると、アンディが話しかけてきたのだ。今日は、どこかに行くつもりはないようだ。


「殿下にとって、人生の岐路きろに、立たれたのだろうな」


 ガルブハルトが、二杯目のピルスナーをグビグビ飲みつつそう言うと、


「人生の岐路か〜。そうかもね~」


 僕がそう言うと、アンディは、


「まあ、俺は、殿下について行くだけですかね。楽しいし」


「ガハハハ。そうだな、殿下はどこに居ても殿下だろうからな。俺も、殿下とどこでも飲みたい」


 と、ガルブハルトまでが言う。えっ、もしかして、知ってるのかな?


「ガルブハルト、アンディ。知ってるの?」


「何がです?」


 と、アンディ。ガルブハルトは、


「詳しい事は知りませんが、わざわざボルタリアまで、お見舞いだけに、来るわけがないですからね。面倒くさがりの殿下が」


「そう、そうか、そうだね」


 うん。そばでただ一緒に飲んでくれる家臣がいる。なんか、ガルブハルト、アンディの言葉を、聞いてたら気が楽になった。難しく考えるのやめよう。そう思った。



「よし、ピルスナーいっぱい飲んで、ボルタリア料理楽しむか」


「ですな。ガハハハ」


「ようやく、いつもの殿下だ」


 ガルブハルトとアンディもそう言うと、皆で、勢い良く飲み始めた。もちろん、閉店まで飲み続け、エリスちゃんに怒られた事は、言うまでもない。





 翌日、僕は一人ボルタリア王カール3世の寝所を訪れると、


「摂政の件ですが、引き受けさせて頂きます」


 僕が、そう言うと、ボルタリア王はゆっくりと起き上がり、僕の手をギュッと握る。しかし、その力は、とても弱かった。


 そして、


「ボルタリアのこと。妻のこと、息子のこと。よろしくおねがいします。ありがとう、ありがとうございます」


「はい」





 ボルタリア王カール3世は、安心したのか、そのまま寝てしまい、僕は退室する。すると、デーツマンさんが待っていて、僕を近くの部屋へと導くと、今後のことを話し始めた。



「陛下と、話し合って決めたことです」


 デーツマンさんは、そう前置きをすると、


「殿下には、先の戦いで滅んだ、クッテンベルク宮中伯家きゅうちゅうはくけを、名乗って頂きます」


 一応、僕は対外的には、ハウルホーフェ公国のグーテルハウゼン殿下ということだが、ボルタリア王国において、一応、王族となったが、だから何だ? となってしまう可能性もある。


 そこで、僕にカール2世とお祖父様の戦いの中で、当主や後継者も戦死した、クッテンベルク宮中伯家という名の名家の名を、名乗らせようということらしい。


「クッテンベルク宮中伯家の権力は、そのまま殿下にとの事です。もちろん、城内の屋敷、報酬ほうしゅう、そして、ボルタリア軍第三師団ぐんだいさんしだんの指揮権も……」


「ちょっと待って、第三師団の指揮権?」


「はい。第一師団は王に、第二師団は王子に、第三師団はクッテンベルク宮中伯家に、指揮権がありますので」


「そうですか」


 これは、予想外だ。一部とはいえ、軍事力まで持つのか……。今までは、ガルブハルトがいてくれたが。う〜ん。


 まあ、その他の細かい説明もあったが、これで、僕は、ボルタリア王国の摂政を引き受け、ここに住むことになる。


 となると、早く帰って準備するか~。ボルタリア王に何かあったら、大変だしね。僕が、就任する前に亡くなられたら、また一騒動ひとそうどうありそうだ。



 僕は、エリスちゃんと、フルーラ、ガルブハルトを呼んで、経緯けいいを話すことにしたのだった。


「はい、かしこまりました」


 フルーラの元気な返事が、聞こえた。理解してるのかな? 少し不安になる。


「そうですか~。ハウルホーフェを離れるのですか、名残なごしいですね。第二の故郷ふるさとでしたから」


 エリスちゃんは、どこか寂しそうだ。そして、ガルブハルトは、虚空こくうを見つめ、指で顎をしごいていた。何を考えているのだろうか?



「それで、向こうで準備したら、また、こちらへと戻ってくることになる。この城内に屋敷はもらったから、そこに住むことになるけど」


 僕が、そう言うと、フルーラが、


「はい、かしこまりました」


 んと? 理解してるよね?


 エリスちゃんも、


「かしこまりました」


 すると、ガルブハルトは、こちらへと、視線を向けて、


「ハイネッツを、置いていきましょう。あいつは、そういう事に向くので」


 と言った。ハイネッツさんは、騎士団のガルブハルトの右腕的な存在で、頭脳労働担当な人だ。だけど、ハイネッツさんて、ご家族いたっけ? 確か、ガルブハルトよりは年上だと思うし。


「ガルブハルト、ハイネッツさん置いていくって、言ったって……」


「あいつは、今のところ、家族もいませんし、目端めはしくから屋敷の中のこと、使用人のこと、うまくやるでしょう。俺達の家も、準備出来るでしょうな」


「そうなんだ。じゃあ、お願いしようかな」


 そう言ったけど、俺達の家もか〜。一緒に来てくれるのかな? 今は、怖いので聞くのはやめておこう。





 こうして、僕達は、再びハウルホーフェ公国へと戻った。新天地ボルタリア王国に行くために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る