第24話 エリスちゃんとの結婚④

 ミサは、厳粛げんしゅくな雰囲気の中で、行われた。


 教会の入口で渡された大きなヴェールを、僕と、エリスちゃんでかぶり奥へと、司教様に導かれ進む。もちろん、トンダルとヨハンナちゃんも、同じようにしている。



 僕達が祭壇さいだんの前に立つと、家族や、列席者が教会の中に入り、席へと座る。



「では、グーテルハウゼン、エリサリス夫妻と、トンダルキント、ヨハンナ夫妻の結婚を祝し、ミサを行います」



 司教様の言葉で、ミサが始まり、神に祈りを捧げ、その後は、初めての共同作業という程ではないが、一枚の小さなパンを二人で分け食べ、その後、杯に注がれたワインを、エリスちゃんが口をつけ、


「グビッ、グビッ、グビッ、グビッ。はー」


「殿下、口をつけるだけで良かったのですが~」


 銀の杯に注がれた、結構な量のワインを空けた僕を見て、司教様が情けない声を出す。



 そして、二人で一本のろうそくを持ち、聖母様像の燭台しょくだいにろうそくをともし、祈りを捧げる。これで、一通りの儀式は終わった。



 そして、始まった時と同じように、司教様に導かれて入口へと、戻る。


「殿下、手汗てあせびっちょりですね。緊張されました?」


 エリスちゃんが、そう言うと。僕は、


「あっ、ごめんね」


 そう言いつつ、エリスちゃんの右手を握った左手を離そうとするが、


「殿下、大丈夫ですよ。この方が、安心出来ます」


 そう言って、僕の方を見て、にっこりと微笑む。そうか、良かった〜。



 僕達が外に出ると、お祖父様を始め列席者が、馬車に向けて道を作っている。僕達は、その道を通り馬車へと向かう。


「グーテル、トンダル、おめでとう。良い結婚式だった」


 お祖父様が、そう口にすると、次々と祝福の言葉が投げかけられ、集まったヴィナール市民からは、祝福の言葉と共に、穀殻こくがらがふわっと投げられる。


「おめでとう〜」


「子供いっぱい作れよ」


「楽しい新婚を〜」


「結婚式、良かったぞ~」



 これは、僕達が馬車に乗り、ヒールドルクス宮殿に向かう間も続く。馬車の屋根にパラパラと、穀殻が落ちる音が響く。通りの両脇にある家々の入口から、窓から人々の顔が見える。僕は、馬車の中からヒラヒラと手を振る。



「エリスちゃん、疲れてない? ようやく終わったね~」


「わたしは、大丈夫ですよ。どちらかというと、これからが本番のような気がしますが、殿下の方こそ、お疲れのようですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。これからは、気楽にのぞめるから」


「そうですか~。わたしは、これからの方が緊張しますよ。でも、頑張ろ」



 エリスちゃんが、そう言ったのは、ヒールドルクス宮殿に帰ってから、お祖父様始め、家族、そして、領邦諸侯や領内諸侯、家臣達が参加して、二日にも渡るパーティーが行われるのだった。


 確かに、僕達は食べて飲んでれば良いわけではなく、色んな方々と挨拶しなければならないのだ。こちらから行く必要性はなく、向こうから来てくれるから、楽だと思ったのだけど。





「グーテルハウゼンの妻、エリサリスです。今後とも、よろしくお願い致します」


「フォフォフォ。これは、これは、ご丁寧にありがとうございます。バーゼン辺境伯ハイマンです。殿下、エリサリス妃、この度は御結婚おめでとうございます。今後とも、よしなに」


「ありがとうございます」


 目の前には、ぽっちゃり……。かなり太った低身長のいかにも人の良さそうな中年のおじさんが立っていた。この人が、我が斜陽しゃようのハウルホーフェ家を見捨て独立した、バーゼン辺境伯の子孫だ。そう子孫。なので、特に僕は特別意識を持っていない、どうやら向こうも同じようだ。



「そう言えば、グーテル殿下ありがとうございました。御忠告のおかげで、我が国は、民をえさせることなく済みそうです」


「そうですか。それは、良かったです」


 僕が、そう言うと、ハイマンさんは、その重そうな身体を回転させつつ、後方を見ると、


「どこぞの馬鹿者は、グーテル殿下の御忠告を信じず、慌ててミューゼン公に泣きついたようですがね。フォフォフォ」


「そうでしたか」


 僕は、ハイマンさんの視線の先を追う。すると、少し離れたところで、数人の男性が談笑していて、そのうちの一人、目つきの悪い長身の中年男性が、チラチラとこちらを見ている。あれが、ハイマンさんが、言ってた馬鹿者、シュタイナー侯か〜。



 と、その輪の中心にいた、白髪頭で、ライオンのような立派な髭を持つ、大柄な男性と目が合う。あの人苦手なんだよな~。


 だが、その人物は、こちらにのっしのっしと歩いてきた。取り巻き連中も着いて来るが、シュタイナー侯は、嫌そうな顔をしている。


「グーテルハウゼン殿下。まずは、結婚おめでとう。奥方もな。ワハハハハ」


 何がおかしいのだろうか?


「ありがとうございます。ミューゼン公」


「ありがとうございます」



 この人は、ミューゼン公ラウレルリッヒ2世だ。野心家だが、したたかな人だ。年齢は、六十歳くらいだったかな?


「そうであった。殿下のおかげで、我が国は、領民、飢えさせずに済みもうした。まあ、不作だったのは、我が国の南部の一部だけでしたがな。ワハハハハ」


「そうですか。ミューゼン公国は、大きいですからね」


 そうミューゼン公国は大きい。どうやら南部は不作だったが、中部や北部は影響が少なかったのだろう。


「うむ。まあ、大国であるゆえ、隣国も助ける事が出来ましてな。のう、シュタイナー侯」


「はい、まあ、え~と、ありがとうございました」


「ワハハハハ。構わん、構わん。では、グーテル殿下、奥方、良い結婚生活をな。わしの一回目のようにならんようにな。ワハハハハ」


 そう言い残して、料理が並んでいるテーブルに向けて歩いて行った。どうやら、食べ物を取るついでに、挨拶して行ったようだ。



 と、ハイマンさんが、


「これから楽しい結婚生活を迎える若者達に、言うことではないだろうに。まあ、気になさいますな。では、わたしもこれで、まあ、忙しくて楽しめませんでしょうが、パーティー楽しみましょう」


 そう言い残して、ハイマンさんは、別の人に挨拶する為に去っていった。



「ねえ、殿下。さっきのミューゼン公が言っていた、わしの一回目の結婚って何があったんですか?」


「えっ。うん? え~と、確か奥さんが不貞行為して、斬首したんだったかな〜」


「えっ」


 エリスちゃんの顔が曇る。まあ、そうだよね。



 その後も、領邦諸侯の方々から、挨拶攻勢を受ける。


 で、我が国の領内諸侯はというと、壁際に集まって、たくさんの料理を抱え談笑していた。まあ、そうなるよね。ヴィナールや、フランベルク、ボルタリアの領内諸侯もいるが、接点ないだろうし。領邦諸侯なんて、以てのほかだろうしね。パーティー、楽しんでください。


 領内諸侯の人が、素早く料理のあるテーブルに行き、料理をよそい、素早く戻るさまを見ていると、また、挨拶を受ける。



「グーテルハウゼン殿下、エリサリス妃。御結婚おめでとうございまする」


 見ると、豪華な服を着た、12、3歳の男の子であった。なんかすごく初々しい雰囲気だ。え~と、誰だろ?


「ありがとうございます。え~と?」


「わあ、かわいい。ありがとうございます」


 エリスちゃんが、そう言った時だった。ドタドタと、人が走ってきた。


「はあ、はあ、はあ。か、閣下。勝手に居なくならないでください」


「これはすまぬ、叔父上。だが、グーテルハウゼン殿下と、エリサリス妃にお祝いの言葉を申し上げたくてな」


 すると、男は顔を上げ、こちらを見る。


「えっ! これは、失礼しました。グーテルハウゼン殿下、エリサリス妃。この度は、おめでとうございます。こちらにおわしますは、ザイオン公ロードレヒ1世閣下です。わたしは、ザイオン公国摂政アーレンヒルトと申します。以後、お見知りおきを」


「これは、失礼しました。ロードレヒ様、アーレンヒルト殿。お祝いの言葉、ありがとうございます」


 エリスちゃんも、


「かわいい等と、失礼しました」


「良いのだ。まだ、わたしも幼過ぎて経験不足な事は、自覚しておる。かわいいと言われても仕方あるまい」


 わあ、出来るお子さんですな~。素晴らしい。


 で、このザイオン公国は、帝国自由都市同盟を内包ないほうし、海を使った貿易で抜群の経済力を持つ、文字通り、マインハウス神聖国内最強の国だ。


 選帝侯でもあり、政治の中心にいるはずなのだが、最近は、ぱっとしない。代替わりが激しかったり、リチャード卿始め、クセの強い人が、周辺にいるからだろうか?


 それで、また代替わりで、ロードレヒ様が、後を継いだのだろう。で、叔父上って事は、先代の弟さんが、摂政として補佐しているんだろうな。だけど、このアーレンヒルトさん、補佐に徹しているようだ。


 年少の跡取りの場合、先代の弟とかが、結構、乗っ取ったりする人多いんだけど。ザイオン公国は、違うようだ。偉いね。



「では、わたし達はこれで」


 と言って、ザイオン公国コンビも去っていった。



 そして、最後に、お祖父様の腹心、フォルト宮中伯と、え〜と、誰だ?


「オルテルク伯アーノルドと申します。この度は、御結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 中年といって良いような年齢だが、人形のように綺麗な顔だ。そうまさに人形。その表情は、作り物のようで、目は笑っていない。


「我が孫の妻の父親なのだよ」


「はあ、そうですか」


 どうやら、フォルト宮中伯が、アーノルドさんを紹介して歩いているようだが、正直、僕は、信用出来ないなと思った。


 こうして、一日目が終わる。



 そして、迎える新婚初日の夜。初夜とでも言うのだろうか?



 僕と、エリスちゃんは、一緒の部屋へと入る。そして、


「では、共に聖母様に、祈りを捧げましょう」


 司教様は、部屋に入ると、香を持ち祈りながら、清めていく。そして、


 僕と、エリスちゃんは、ベッドに入るのだが、女性修道女さんが残り、祈りを捧げている。そう、初日の夜は、神聖教では、聖母様に捧げる日であり、そういう日ではない。そういう日ってどういう日?


 僕は、ベッドに入ると、


「手をつなぐくらい良いよね」


 心で思い、手を伸ばすと、エリスちゃんの手も伸びてきて、手と手が触れる。僕と、エリスちゃんは、祈りの声を聞きながら、眠りに落ちたのだった。

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