第23話 エリスちゃんとの結婚③

「では、殿下。エリサリス様に、婚約指輪こんやくゆびわをつけてください」


「うん」


 エリスちゃんが、僕に向けて左手の薬指を差し出す。左手の薬指。これは、心臓に左手の薬指の血管が、直結ちょっけつしていると考えられ、エリスちゃんが、心からこの婚約を承諾しょうだくしているあかしとされるのだ。


 僕は、震える手で、お父様が差し出す指輪台から金の指輪を取ると、エリスちゃんの指へとはめる。震えて上手くはまらん!


 何とか、エリスちゃんの指へと指輪がおさまると、


「では、エリサリス様。殿下に婚約指輪をつけてください」


「はい」


 エリスちゃんは、そう言うとボルタリア王カール3世が持つ指輪台から、銀の婚約指輪を取ると、僕が差し出した、右手の薬指に……。


「殿下、逆ですよ。手」


 あっ、僕は、慌てて、左手の薬指を差し出した。遠巻きで見ている、領民達から、笑いが起こる。どうやら、冗談でやっていると思われたようだ。違うから、緊張して舞い上がっているのだ。まわりの景色が、ぼんやりとして、自分もふわふわとして、落ち着かない。早く終われ~。



 無事、僕の左手の薬指に婚約指輪がおさまると。司祭様は、近くで見ていた僕達の家族、そして、家臣。さらに遠巻きで見ていた領民に向かって宣言する。


「ここに、グーテルハウゼン・ハウルホーフェ様と、エリサリス・ボルタリア様の婚約が成立しました。このは、神によっても認められ、婚約公示期間こんやくこうじきかんを経て、結婚が成立致します。殿下と、エリサリス様に神の祝福があらんことを、アーメン」


「アーメン」


 婚約公示期間とは、お試し期間という意味ではない。この期間に、婚約解消などを教会が受けつける期間、という意味なのだ。教会が受けつける理由とは、近親婚きんしんこんとか、重婚じゅうこんとか、不貞行為ふていこういがあったとか。そういうのだが、よほどの理由でないと教会側は認めなかった。



 ふ〜、終わった〜。僕が、そう思った時だった。


「ちゅ〜、やんねぇの~。ちゅ~」


 この声は、ミューツルさんだな。すると、司祭様は、


「それは、結婚式で行います。ちかいの儀式なのです」


「え〜」


 と、ガルブハルトがミューツルさんに近づいて行くのが見えた。そして、かつぎ上げる。


 あ〜、ガルブハルト。飲み友達なんだから、あんまりひどいことはしないように。僕は、心でそう言った。


「あ〜〜〜〜」


 誰かが、城から転げ落ちていったようだ。





 そして、夜、司祭様をまじえ、家族だけで食事会が行われた。まあ、家臣や、フルーゼンの街では、振る舞い酒や、簡単な食事も配られ、僕とエリスちゃんの婚約を祝う事が、行われているはずだ。多分。



「司祭様、本日は本当にありがとうございました」


「いえいえ。わたしは何も。すべては神のおぼしです」


 お父様のお礼に、司祭様が応え。食事会が始まり、


「そうですか。では、食事にしましょう。この食べ物をお与えくださりありがとうございます。父と子と精霊の御名みなにおいてアーメン」


「アーメン」



 皆で、ワイワイと食事会が始まった。出席者は、お父様、お母様、僕と、エリスちゃん、そして、ボルタリア王カール3世と、司祭様。


 正直何を話したか、覚えていない。緊張から解放されて、眠くて。途中何回か寝てたと思う。


「ほらほら、殿下、お皿に顔を突っ込んじゃだめですよ。きますね〜」


「ほあ?」


「あら、いいわね。エリスちゃんに拭いてもらって」


「ふにゃ」



 まあ、そんな事より、


「カール様、お食事進みませんね。お味、好みではありませんでした?」


 お母様が、ボルタリアのカール3世にたずねる。と、


「いえ、申し訳ありません。大変、美味おいしゅうございます。ですが、最近食欲が無くて」


「いけませんな~。活力かつりょくは、食欲からと言いますよ。ハハハハハ」


 と、司祭様。


「司祭様、本当に大変な時は、食べれないものですよ。無理なさらずに。そうだ、何か消化に良いものを作らせましょう。おいっ!」


 お父様が、給仕を呼び、何やら耳打ちする。


「ボルタリア王。大丈夫ですか? もしかして、こちら寒かったですか?」


「殿下。御心配おかけして、申し訳ありません。いえいえ、体調はここに来る前からでして、ですが、大丈夫ですよ」


 そう言って、ちょぼちょぼと口に入れるが、つらそうだ。顔も青白い気がするし、生気せいきがあまり感じられない。大丈夫だろうか?





 翌日、ボルタリア王カール3世は、ボルタリアに向けて帰って行った。大丈夫だろうか?



 そして、お父様、お母様も、


「グーテル、エリスちゃん。結婚式、楽しみにしてるわ。気をつけて来るのよ!」


 と、お母様。


「無理はするなよ、気をつけて来るんだぞ」


 と、お父様。


「僕が、無理するわけ無いでしょ。お父様、お母様、気をつけて帰ってください」


「お義父とう様、お義母かあ様、お気をつけてお帰りください」


「きゃ〜。お義父様、お義母様だって! エリスちゃん、かわいい」


 ムギュー!


「お義母様。く、くるしいです」


「あら、ごめんなさい」


 お母様にハグされ、エリスちゃんが苦しそうにもだえている。





 そして、1ヶ月後、僕達もヴィナールに向けて、出発することになった。


 今回は、護衛騎士だけでなく、コーネルや、グーデル男爵を始め、領内諸侯や、その護衛など。さらに護衛の為に、ガルブハルト始め、騎士団の一部が参加し、総勢50名くらいになった。そのため、あらかじめ宿の予約など、大変だったようだ。



にぎやかな旅になりそうだね」


「殿下、エリサリス様は、後方の馬車におられますが?」


 フルーラが、大丈夫かこの人、って顔で見てるが、


「フルーラに、声をかけたんだけど」


「これは、大変失礼しました。賑やかな旅になりそうですね〜」


 そう言いながら、アンディを見る。アンディは、戦場にいるみたいに、ヘルムをかぶり、バイザーを下ろしていた。


「申し訳ありません。この姿が、どうも気になってしまって」


「アンディ、どうしたの?」


「いえ、ヴィナールで引っかれた女性達に、会いたくないそうで……」


「今からじゃ、意味なくない?」


「はい、わたしもそう言ったのですが」


 アンディからは、ヒューヒューと狭いところを空気が通るような、呼吸音がしてくる。あれ、結構視界閉ざされるし、苦しいんだよね~。頑張ってね、アンディ。



「じゃあ、出発〜」


「お〜」


 ヴィナールに向けて出発する。道のりは前回と同じだが、馬だけでなく、馬車もあるのでちょっとゆっくり進む。1週間と少しかけて、ヴィナール公国公都ヴィナールへと到着したのだった。





 お父様、お母様、叔父様や、叔母様ヘの挨拶を済ませると、僕は、トンダル、エリスちゃん、ヨハンナちゃんと共に、結婚式の最終確認を行った。


「え〜。衣装は?」


「ありま〜す」


「ヴェールは?」


「大丈夫よ」


「えっ、エリスちゃんもヴェールかぶるの?」


「そうですよ、当然でしょ」


「そうなんだ。ふ~ん……」


「……」


「……」


「殿下、本気で怒りますよ」


「ごめんなさい」


「ま、まあ、気を取り直して、結婚宣誓書は?」


「ありま〜す」


「結婚指輪は?」


「もちろん、あるよ」


「後は〜」


「立会人も、決まってるし」


「それくらいですね」


 というわけで、最終確認も終わり、結婚式当日を迎えるのみとなった。





 僕とエリスちゃん、トンダルとヨハンナちゃんは、綺麗に飾りたてられた、二台の馬車に分乗し、ヒールドルクス宮殿から、ヴィナール司教のいる聖ヨハネス大聖堂に向かう。


 道中には、ヴィナールの市民が街に出て、その壮麗そうれいなる行列を眺める。


 先頭を、皇帝近衛騎士団1000騎と、皇帝ジーヒルホーゼ4世、自ら進み。その後を僕達。そのさらに後ろを、叔父様や、お父様などの家臣や諸侯と、その家族に、その護衛騎士団500騎が進む。


「へ〜、スゲーもんだね」


 えっ? ミューツルさん、だったかな?



 行列が聖ヨハネス大聖堂に到着すると、その入口に、サウルヘイム、ヴィナール司教が出迎える。


 ボルタリア王は、生憎あいにく病気のために来訪らいほうされなかったので、僕はお母様に、エリスちゃんは、お父様に。トンダルは、叔父様に、ヨハンナちゃんは、フランベルク辺境伯リチャードさんが、手を取り、ゆっくりと入口へと進む。


 この時、エリスちゃんと、ヨハンナちゃんは、薄い布で出来たヴェールを、純潔じゅんけつの証としてかぶり、顔を覆っている。先日、エリスちゃんが、怒った理由は、これだ。


 怖いことに、ちゃんと女性の修道女しゅうどうじょさんが、確認するのだそうだ。僕達は、そんなことないのに、神聖教は、ある意味、女性を蔑視べっししている気がする。女性は、大変だよね。



 大聖堂の入口に到着すると、僕達4人は階段の下に並ぶ。階段上には、司教様と、その助手として、男性の司祭様と、女性の修道女さんが並ぶ。


 そして、僕達の背後には家族が半円状に並び、少し離れて家臣や諸侯と、その家族が並ぶ。さらに護衛の騎士達をはさんで、遠巻きに、ヴィナール市民が、大聖堂前の広場を埋めくす。



 全員がひざまずくと、サウルヘイム司教は、神に祈りをささげる。後ろをチラッと見ると、お祖父様もひざまずいていた。皇帝をひざまずかせるのか、神様って凄いね〜。



「天にまします我らが父よ。願わくは、この者達に祝福がらんことを、アーメン」


「アーメン」



 御祈おいのりが終わると、僕達は立ち上がり、お父様と、フランベルク辺境伯リチャードさんが、それぞれの結婚宣誓書を、司教様に渡す。そして、



「ヨハンナ・フランベルクよ。なんじは、トンダルキント・ヒールドルクスを夫とし、終生しゅうせい、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


「トンダルキント・ヒールドルクスよ。汝は、ヨハンナ・フランベルクを妻とし、終生、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


「エリサリス・ボルタリアよ。汝は、グーテルハウゼン・ハウルホーフェを夫とし、終生、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


 いよいよ、僕だ。なんか違うこと言いたいけど。この厳粛げんしゅくな雰囲気では、無理だな~。


「グーテルハウゼン・ハウルホーフェよ。汝は、エリサリス・ボルタリアを妻とし、終生、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


「では、殿下方、新婦の左手の薬指に、結婚指輪をはめてください。それをもって結婚が成立します」



 司教様が、そう言うと、お母様が指輪台を差し出してきた。僕は、そこから宝石のついた指輪を取り出すと、エリスちゃんの左手薬指にはめる。今回は、緊張していたわりには、スムーズに出来た。


 宝石は、素敵な真っ赤なドレスに合わせて、真っ赤なルビーにした。赤、エリスちゃんに相応しい色の気がする。ちなみに、トンダルは、ヨハンナちゃんに、緑の宝石エメラルドの指輪を選んだ。


 そして、左手の薬指にはめる理由は、婚約指輪と一緒だから、良いよね?



「神よ、御照覧ごしょうらんあれ。ここに、この若者達の結婚が成立しました。この若者達に、神の祝福が在らんことを。さあ、皆で祈りましょう。アーメン」


「アーメン」



 結婚が成立すると、広場を埋め尽くす人々から、祝福の言葉が、僕達にかけられる。


「御結婚おめでとうございます」


「おめでとう〜」


「お幸せに〜」


 等と、祝福の言葉であふれる。


 そして、


「では、誓いの口づけを。頬に軽くで良いですからね」


 と、言ったそうだが、僕は、緊張して聞き逃していたようだ。



 え~と、顔を覆うベールの下に、両方の手の親指をかけて。エリスちゃんが、お辞儀じぎするように少しかがんだら、持ち上げ折り返すように、ベールを頭の上にかける。そして、


 僕は、エリスちゃんの両肩を鷲掴わしづかみにして、


「えっ、殿下?」


 エリスちゃんを引き寄せ、目をつぶると、


「ちょ、ちょっと殿下?」


 エリスちゃんの唇に、吸い付いた。


「ん? ん〜ん?」



「アハハハ。グーテル殿下の熱い口づけですな~」


 司教様がそう言うと、近くにいた家族や、家臣、諸侯からも笑いが、起きる。


 遠くで見ていた市民は、何が起きたかは分からなかったようだが、より一層の歓声がわき起こる。



「では、ミサを行いましょう」


 司教様がそう言うと、大聖堂の入口が開き、司教様は反転し、大聖堂の中へと歩き出した。


 僕は、エリスちゃんの手を取ると、


「行こうか」


「はい」


 夫婦として、第一歩を踏み出したのだった。

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