第21話 エリスちゃんとの結婚①

「マスター、帰ったよ~」


「殿下、お久しぶりです。おっ、エリスちゃん……。違いますね、エリサリス様も、ようこそお出でくださいました」


「もう、マスターやめて下さいよ! 今まで通り、エリスちゃんでおねがいします」


「かしこまりました。では、エリスちゃん、カウンターにおかけください。殿下も、どうぞおかけください。って、あれっ? アンディさん、顔どうされたんですか? 引っかき傷のようですが?」



 僕達は、ヴィナールから、ハウルホーフェ公国へと、帰って来た。そして、帰ってきてそうそう、呑処のみどころカッツェシュテルンへと、やってきたのだった。


 そして、マスターは、アンディの顔を見る。そう、今日も護衛? としてついてきたアンディのイケメン顔は、引っかき傷で傷ついていた。1週間近くたったけど、まだ目立つ。呪いかな? 


「いや、ちょっと、猫にね」


「そう、でっかいメス猫三匹に」


「殿下! ちょっと!」


「ハハハハハ。では、アンディさんもどうぞ」


「いや、俺は……」


 そう言って、アンディは、奥のテーブルに向かう。そこには、女性客が二人で飲んでいた。ひとことふたこと話すと、アンディは、その席に腰かける。りないね〜。


 すでに先に来て、座って飲んでいたガルブハルトは、その様子を見て、口角こうかくを上げ、口だけで笑う。



「あれ? 殿下、久しぶりだね〜。どっか行ってたの?」


 と、近くに座っていた常連客のミューツルさんが、声をかけてくる。


「何を言っておるのだ。出かける前に言っておっただろ、ヴィナールへ行くと」


 と、その隣に座っていた、オーソンさんが言うが、


「そうだっけ? 記憶ねぇな〜。俺、重要じゃない事は、三歩あるきゃ忘れっから」


「お前は、鳥か」


 ガルブハルトが、ボソッとつぶやく。僕は、


「失礼だろ、ガルブハルト。鳥に、ハハハハハ」


「殿下。確かに、ガハハハ」


「フォフォフォフォ」


「えっ、何だよ、みんな笑うなよ~」


 そうそう、これこれ、やっと帰って来たって実感わくな。



「で、殿下、エリスちゃん、何飲まれます?」


「えっと、僕は、ビールを。えっと、エリスちゃんは?」


「わたしは、う〜ん? マスター作った、フルーツのお酒ありましたよね?」


「あるよ。フルーツを白ワインに漬けたお酒だけど」


「では、それをください」


「はいよ」


 僕は、エリスちゃんと乾杯をすると、飲み始めた。





「そうだ、マスター、お土産あったんだ、みんなにもあるんだよ。マスターには、これ!」


「俺、俺、俺には?」


「順番じゃろ? 少しは待てんのか、ミューツルさんよ」


 オーソンさんが、ミューツルさんを制している間に、僕は、マスターに袋ごとお土産を渡す。


「おお干したらですか。ちゃんと干されてますね。それと、干し肉。そして、スパイスですか~。これは良いですね〜。ここではなかなか手に入らなくて。うん。殿下、本当にありがとうございます」


「良かった。喜んでくれて、え~と、皆には、ちょっとしたものだけど……。あっ、ガルブハルトは、別ね。後で渡すから」


「はい、ありがとうございます」


 そして、皆に、ヴィナールのお土産を渡す。


「で、で、殿下……。さすがにこれは、もらえませんぞ」


 オーソンさんが、受け取ったお土産を見て、びっくりする。それは、ヴィナールで作られたヴィナール金貨きんかだった。道中でみがいたから結構ピカピカだった。表面には叔父様の肖像しょうぞう美化びかされてられ、裏面には紋章もんしょうと、ヴィナール公国という文字が、彫られている。


 金貨の鋳造所ちゅうぞうしょを見学していた時に、あまりに熱心に見ていたら、10枚ほどくれたので持ってきたのだが、鋳造ミスで再度溶かす予定のもので、1番小さな金貨だが。大銀貨だいぎんか3枚分の価値はあるって言っていた。


 え~と、ワイン一杯が、小銀貨4枚で、小銀貨5枚で中銀貨1枚、中銀貨6枚で大銀貨1枚だから……。ちょっと奮発しすぎたな。まあ、貰ったものだし良いか。


 ちなみに、ハウルホーフェで流通している貨幣で、一番大きいのは大銀貨だ。金貨は作っていない。作れないが正解かな?



「あれっ? 俺には? 俺には、無いの?」


 と、ミューツルさんが言うが、僕は、エリスちゃんを見て、


「ミューツルさんには、頼まれていたもの買って来ましたよ。エリスちゃん、お願い」


「は〜い」


 エリスちゃんは、そう言うと、綺麗きれい包装ほうそうされた紙包みを、ミューツルさんに渡す。


「えっ! 俺、なんか言ったっけ? まあ、いいや。何かな〜?」


 そう言うと、丁寧ていねいに開け始めた。意外だ。そして、


「何、これ?」


 ミューツルさんは、ドロワーズを広げると、自分の目の前に広げた。綺麗な刺繍ししゅうと、リボンのついた高級品だった。結構したんだよね。


 だけど、ミューツルさんの反応が、楽しみだったので、エリスちゃんに頼んで、買いに行ってもらったのだ。



「ミューツルさんが、殿下に頼んだものであろう」


 と、オーソンさんが、あきれた顔で話す。


「えっ、俺が頼んだの?」


「そうじゃ」


「そうか、俺が頼んだのか〜、そうか~。殿下、ありがとね」


 そう言うが、ミューツルさんのテンションは、どんどん下がっていく。そして、ガルブハルトの口角がどんどん上がっていく。


 そして、


「さては、ミューツルさん、振られたな」


「えっ! いや、そ、そ、そんなこ、こと、あ、あるわけ、な、な、ないだろ」


 ミューツルさん、動揺どうようし過ぎだよ。


「そうか、そうか、振られたか、ふーん。ガハハハ。愉快ゆかい、愉快。人の不幸ほど、美味しいつまみはないな。マスター、おかわり!」


「はいよ」


 ガルブハルトが、喜々ききとしている。性格悪っ。


「良いんだも〜ん。俺なんかどうせ。ふ〜ん」


 ミューツルさんが、いじけた。



 そんな中、マスターは、何やら熱心に作っている、始めてぐ、何やらいろんなスパイスの香りが立ち昇っている。何作ってんだろ?





 しばらくわいわいと、常連さんや、マスターと話していると、エリスちゃんが、チラチラと視線を動かして、落ち着かない。


「エリスちゃん、どうしたの?」


「いや、なんか落ち着かなくて。マスター!」


「どうしたの、エリスちゃん?」


「わたし手伝いますね」


 そうか、つい最近まで働いていた場所だから、飲んでても落ち着かなかったのか。まあ、僕は別にエリスちゃんが働きたかったら、働いても良いとは思うけど。


「ああ、大丈夫。エリスちゃんは、座ってて、お客さんなんだし」


「でも……」


「大丈夫。それに、そろそろ来ると思うから」


 そうマスターが、言った時だった。お店の扉が開く。ちょっとぽっちゃりした可愛らしい顔をした、若い女の子が入ってくる。


「遅くなりました〜」


「ほら来た。ロースちゃん。準備出来たら、あのテーブル片付けてね」


「マスター! ローセです。わたし、そんなお肉みたいな名前じゃないですよ~。もう〜」


 そう言いつつ、奥で手早く着替えると、テーブルを片付け始めた。で、できる。


「良かった~。新しい人雇ったんですね。ローセちゃん、よろしくね」


「はい、よろしくおねがいします。あっ、もしかして、エリス様ですね? お話は、マスターから色々聞いてます」


「エリス様は、やめて。マスター、何、色々話したんですか?」


「えと〜。何話したかな〜」


 そう言いながら、マスターは奥の方へふらふら歩いて行った。


「こらっ! マジュンゴ!」


 エリスちゃんが、きれた。まあ、本気じゃないけどね。



 そんなマスターだったが、奥に行ったのは別の理由があったようだ、大きな鍋を持って戻ってきた。その鍋からは、湯気ゆげと共に、先ほどのスパイスの香りが立ち昇ってくる。そして、


「ロースちゃん、配って」


「だから……。は〜い」


 そう言って、ローセちゃんが、マスターが用意した料理を配り始めた。そのタイミングで、タングミンさんが入ってきた。


「おっすー、マスター、ロースちゃん来たよ~。何やってんの? 俺も手伝うよ」


 そう言って、一緒に料理を配り始めた。


 僕が、タングミンさんと、ローセちゃんを見ていると、


「最近、タングミンのやつ、料理覚えたいって言って、結構頻繁けっこうひんぱんに来るんですよ。良い事です」


 いや、マスター。あれは、ローセちゃん目当めあてじゃないかな~。うん。


「タングミンさんまで、ロースって呼んで。もう〜」


「ごめん、ごめん」


 はいはい。ごちそうさまです。





 さて、マスターが作った料理だが、煮込み料理のようだが、さっきも言った通り、今まで嗅いだことのない複雑なスパイスの香りがする。色は赤黒いし、見た目は良くないが、今まで数品食べてお腹いっぱいかな? と思っていた、僕の胃を強烈に刺激し、口の中に唾液があふれる。


 マスターは、皆にさらに、白い薄いパンのような物を、数枚配りつつ、


「殿下。これチャパティーって言うんですが、スープにけて食べて下さい。一緒に煮込んであるのは、ラムチョップなんですが、手汚れますが、骨を持って、かぶりついてください」


「うん。分かった」



 僕は、チャパティーをちぎり、スープに浸し、充分染み込んだところで、口の中に一口ひとくち入れる。何これ? 口の中に広がる強烈なスパイスの味と、刺激だが、その中に野菜の甘みだろうか? と、サラッとしながらも濃厚なコクのあるスープの味が、舌にからまり、ちょっとした辛みが全身を刺激する。


 そして、ラムチョップも、手が汚れるが気にせず。がぶり。肉の臭みがまるでなく、逆に染み込んだスパイスとスープの味が、ラムチョップの濃厚な肉の味を、補完ほかんする。


 こ、これは、美味しい!


「マスター、これ、美味しい!」


「ありがとうございます。久しぶりに作ったんですが、わたしの国の料理なんですよ。まあ、殿下に頂いたスパイスがちょうどマッチしていたんで、若干じゃっかん種類足りなかったんで、味はもどきですが、ニハリって料理です」


「へ〜。マスターの国の料理なんだ。遠いの?」


「ええ、はるか東の暑い国です。まあ、十代の前半に国を出ちゃったんで、ある程度記憶を辿たどっての料理になっちゃいましたけどね」


「ふ〜ん」


 これ以上は、詳しく聞かないほうが良いかな? マスターの表情が、少し曇っていた。



 マスターの作ったニハリを、皆も、夢中で食べている。


「美味しい〜。さすが、マジュンゴね」


「美味しいですな~」


「うん、これは美味い! 最高ですよ、マスター!」


「美味いね~。これ、いっぱい食べちゃうよ、俺」


「美味い! マスター、最高!」


 皆が、口々に、マスターを褒めちぎる。


「ありがとうございます」



 と、夢中で食べていたのだが、突然、ミューツルさんが、こちらを見る。


「そういやあ〜、なんで、殿下と、エリスちゃん、一緒にいるんだ?」


「それ、今言うか?」


 ガルブハルトが、ボソッとつぶやく。

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