第20話 ヴィナールへの旅⑦

「あれっ? エリスちゃん!」


「殿下、会っちゃいましたね。てへっ」


 ん? これはどういう事だ?


「エリスちゃん、エリスちゃん。てへっ、じゃなくて、ちゃんとご挨拶しないと」


「あっ、そうだね。じゃあ、ヨハンナちゃんから、お願い」


「えっ、わたし? ふ〜。えっと、気を取り直して。グーテルハウゼン殿下、トンダルキント殿下、お初にお目にかかります。フランベルク辺境伯リチャードが、四女、ヨハンナ・フランベルクです。よろしくお願い致します」


「じゃあ、わたしね。えっと、ボルタリア王カール3世が養女、エリサリス・ボルタリアです。本当の父親は、ヒールドルクス公国筆頭侯爵だった、ビルケッツ・デスラーで、母親は、ボルタリアの先々代王ベーラフツ2世が三女、アネッサ・ボルタリアです。よろしくお願い致します」


 なるほど、やっぱりエリスちゃんは、フルーラの記憶通り、デスラー侯爵の子供だったのか。だけど、う〜。今は混乱しているから、後で、ゆっくり聞こう。とりあえずは、



「ハウルホーフェ公フレーゲルハウゼンが一子いっし、グーテルハウゼンです。よろしくお願い致します」


「ヴィナール公アンホレストが三男、トンダルキントです。お初にお目にかかります。よろしくお願い致します」



 これで挨拶を終え、向かい合って置かれた長椅子に、二人ずつ向かい合って座る。僕の目の前には、ニコニコと笑うエリスちゃん。


「やはりこういう事でしたか」


「どういう事?」


 トンダルが、なんか納得したようにうなずく、


「だから言ったじゃないですか。誰かの思惑おもわくが、働いている気がすると」


「言ってたね」


「そうです。それが、エリサリスさんの思惑だったと」


「エリスちゃんの?」


「ええ。で、ボルタリア王が言っておられたでしょ。どこにいるのかと思ったら、良い相手を見つけたから、結婚したいなどとって」


「言ってたね。へ〜。それが、エリスちゃんか。結婚したいって誰と?」


「僕は、会った事ありませんよ。だから当然」


「僕か〜。って、ええ〜! え〜〜〜!」


 僕は、トンダルの方から、エリスちゃんの方を向き、自分を指差し、


「僕と? なんで?」


「それは殿下の飾らない人柄とか」


「とか?」


「のんびりとした穏やかな性格とか」


「とか?」


「なんか皆に担がれて、頂点極めそうな雰囲気とか」


「ハハハハハ。それは、分かります」


 と、突然、トンダルが言い、


「でしょ」


 と、エリスちゃん。


 何だ? 皆に担がれて、頂点極めそうな雰囲気って?



 そんなことを僕が考えていると、トンダルが、立ち上がりつつ、


「では、相手も決まったことですし、ゆっくりお茶でも飲みながら、それぞれでお話ししましょうか」


 そう言って、エリスちゃんと席を替わり、ヨハンナちゃんの隣へと座る。そして、


「ヨハンナさん、ご趣味は……」


 と話し始めた。表情を見ると、かなりいきいきしている。これは、満更まんざらでもないのかな?


 僕は、エリスちゃんと、ヨハンナちゃんの顔を見比べる。


 二人とも金髪でブルーアイ。そして、可愛らしい顔をしている。ヨハンナちゃんは、マインハウス系でも特に、ハウゼリア系なのだろう。骨格こっかくがしっかりしているし、ややりが深い。将来、良い感じのおばちゃんになりそうだ。失礼。


 それに比べるとエリスちゃんは、せて見える。確か、デスラー侯爵は、ハウゼリア系だが、お母さんが、ボルタリア出身なので、恐らく、スラヴェリア系なのだろう。その混血なので、エリスちゃんは、目鼻立ちはっきりしているが、彫りは、深くない。


 一番の違いは、性格だろうか? 


 エリスちゃんは、喜怒哀楽きどあいらくがはっきりしていて、感情が豊かで快活かいかつだ。ヨハンナちゃんは、大人しそうで、雰囲気がのんびりしている。僕は、のんびりしている方が良いのだが……。



「殿下、殿下、殿下!」


「んあ?」


「ヨハンナちゃんを見つめて、ボーッとして、ヨハンナちゃんの方が良かったですか?」


「う〜ん? ヨハンナちゃんの、のんびりしている雰囲気は良いけど。エリスちゃんとは、気兼きがねなく話せるからな〜。う〜ん。エリスちゃんで」


「良かった! で、良いんですね? 今の話って?」


「さあ?」



 僕は、聞きにくいが、聞きたいことを聞いてみることにした。


「エリスちゃんが、マスターの所にいた理由って?」


「そうですよね。気になりますよね。でも、貴族が遊びで働いていた訳ではなくて、楽しいからやっていたんですからね」


「そうなんだ」


 エリスちゃんは、そう言いつつ、身の上話をし始めた。



「始まりは8年前、お父様が殺された日から、始まったんです」


 エリスちゃんの話によると、デスラー侯爵は、重税かけたり、変な罪で投獄とうごくしたり、領民にかなり嫌われていたそうだ。


「そんなある日、何も知らない猟師りょうしが、街にやってきたんです」


 デスラー侯爵が支配する地域では、広場にデスラー侯爵の帽子がかかげられ、その帽子にお辞儀じぎしないといけなかったそうだ。なんだそりゃ? 自分の首でも掲げとけば、皆、頭下げただろうね。



 それで、そのことを知らず息子と共に、街にやってきたタイラーさんは、捕れた獲物えものを売り、お土産にりんごを買って街を出ようと広場を通った。そして、帽子の下を素通すどおり。それをたまたま見ていたデスラー侯爵が激怒。タイラーさんは、平謝ひらあやまりに謝ったが許されず。


「貴様は、猟師だそうだな。だったら弓は得意であろう」


 そう言って、タイラーさんの息子の頭の上にりんごを乗せ、広場の反対側に立たせ。


「さあ、これでてみよ。当たれば罪を、許してやる」


 タイラーさんは仕方なく、弓を構え矢筒やづづから2本の矢を引き抜くと、素早く放つ。そして、矢は、見事息子の頭の上のりんごを貫通かんつう。広場は歓声に包まれる。その時、


「どさっ!」


 野次馬達が音のした方を振り返ると、デスラー侯爵が馬から落ちていたのだった。その首には、矢が刺さっていた。即死そくしだった。広場は、大騒ぎになったが、いつの間にか、タイラーさんはその騒ぎの中、子供を連れて消えていたのだった。



 という、デスラー侯爵暗殺事件なのだが、エリスちゃんは、こんなくわしく言ってない。僕が、補足ほそくしたんだけど、いらなかった?


「騎士達は、お父様を殺され、大慌おおあわてで、敵討かたきうちのために行方ゆくえを探したのですが、それが、さらなる混乱を生んだんです」


 ちょうど、お祖父様と、ボルタリア王カール2世との戦いの時期であり、ボルタリア王の関係者であったデスラー侯爵は、戦いを免除めんじょされていたが、配下の騎士達の多くは、戦いに参加し不在だった。


 そのため少数の騎士や、兵士で捜索そうさくを行ったが、タイラーさんの行方はいっこうに分からず、逆に、タイラーさんを英雄視していた、領民達との衝突しょうとつが起き、徐々にその争いは激化げきかしていったそうだ。


「お母様は、躍起やっきになって、領民達を力でおさえようとしました。それがいけなかったのです」


 1年くらいは、それでも領民達との戦いは、優勢ゆうせいだったのだそうだ。一方は革の鎧に、農具や、簡素な武器。一方は、完全武装の騎士。勝負になるはずもなかった。


 だけど、力で抑えようとしても、いつかは、不満がまり爆発する。やるなら圧倒的な力で、一瞬でめっするしかない。って、こんな話は、やめておこう。



 だがその頃、領内や、周辺地域にいた自由騎士達が、領民達の反乱に加わり始めた事によって状況はいっぺんした。特に、


高名こうめいな自由騎士、ヴィクトリオ・シュタインナッハの参戦が、致命的ちめいてきでした」


 その後の戦いは、一方的いっぽうてきになったそうだ、タイラーさんの戦術と、シュタインナッハさんの指揮能力の高さもあいまって、あっという間にデスラー侯爵軍は、崩壊ほうかい。最後は屋敷を包囲され、


「お母様は、屋敷に火をつけ、自害じがいされました。その前から、ボルタリア王カール3世様から、意地いじを張らずに逃げて来るように散々さんざん言われていたようですが、なんでなのでしょう? わたしには、わかりません」


 エリスちゃんは、とても悲しそうな顔でそう言った。



「お母様は、わたしも道連れにするつもりだったようですが、最後まで屋敷に残っていた、料理人のマジュンゴが、あっ、マスターのことです。燃え盛る屋敷から、わたしを連れて脱出してくれたのです」


 その後、隣国のハウルホーフェにたどり着き、マスターは、エリスちゃんを、ボルタリア王国まで送り届けようとしたが、当時13歳だった、エリスちゃんは……。ということは、エリスちゃん、僕より2歳上か~。そんなことは、どうでも良いか。


 エリスちゃんは、ボルタリア王にも、マスターにもわがままを言って、ヒールドルクス公国の状況が分かる、ハウルホーフェ公国にとどまり、反乱が大きくなり、自由と自治を求める組織となった民主同盟と、ヒールドルクス公国の戦いを見ていたそうだ。


 その後、マスターは、ハウルホーフェ公国に店を構え、エリスちゃんは給仕として働き、そしてエリスちゃんは、仕事が楽しくなって、マスターは結婚し、子供が生まれ、


「わたしは、殿下と出会い、貴族なのに、なんでこんなに自然体で生きれるんだろうって感心して、興味持って……」


 で、ボルタリア王カール3世に連絡して、こうなったそうだ。



「えぐっ、ぐすっ。えぐっ。エリスちゃん、偉いね」


「殿下、泣かないでくださいよ。偉くなんかないですよ。あたり前のことをあたり前にやってただけですよ。殿下も同じでしょ」


「そうだね。うん」


 僕は、


「エリスちゃん、これからよろしく」


「こちらこそよろしくお願いします、殿下」


 こうして、僕はエリスちゃんと、婚約したのだった。





 そして、翌日、


「んん~! んん~ん!」


「では、さらばだ。また来年、グーテルと、トンダルの結婚式でな、場所は、そうだな、ここが良いな!」


 そう言い残して、お祖父様は、自ら馬に乗り、猿ぐつわませた、カールをかかえ去っていった。


 皆で見送る。叔母様も、なぜか上機嫌だった。


「陛下。カールの事、よろしくお願いします」


「任せろ!」





「さて、僕達も帰ろうか」


「ええ」


 僕は、お父様、お母様や、叔父様にしばしの別れを告げると、一人増えた同行者と共に、ハウルホーフェへと、進路をとった。





 ん? 一人?


 僕は、周囲を見回し、


「アンディ!」


「えっと、なんすか?」


「ちゃんと決着つけてから合流しろ! 先に行ってるぞ」


「ま、待ってくださいよ。えっと……」


 僕達は、3人の女性に囲まれたアンディをおいて出発したのだった。




グーテル、エリスちゃんのお見合いのイラスト。みんとさん作画。


https://kakuyomu.jp/users/minta0310/news/16817330655484904625

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