第19話 ヴィナールへの旅⑥

「結婚か〜、早くない?」


「仕方ありません。我々は、駒にすぎませんから、言われたらその通りにするしか。年貢の納め時ですね」


「だね〜。フランベルク辺境伯とボルタリア王か〜。トンダル、先に選んで良いからね」


「さすがに、それは無理ですよ。僕は三男、グーテルは、長男ですよ。それに、その必要性ないような気がします」


「なんで?」


「なんとなくですが……。このタイミングで、そういう事が起きたという事は、誰かの思惑おもわくが、動いたのかなと」


「ふ〜ん。じゃあ、流れのままに行くか〜」


「そうですね」





「マインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世陛下は、本日、御歳おんとし68歳の誕生日を迎えれました。この良き日に、健康に誕生日を迎えられたこと、神に感謝し、祈りましょう。父と子と精霊の御名みなにおいてアーメン」


「アーメン」


 ヴィナール司教の言葉で、お祖父様の誕生日の行事が、始まった。


 本来、ヴィナール大司教座首座だいしきょうざしゅざである、ザーレンベルクス大司教が行うのが良いのだが、叔父様と仲が悪いので、ヴィナールの司教が代行。かなりのプレッシャーだろうな〜。


 だって目の前には、選帝侯せんていこうである、ミハイル大司教、キーロン大司教、トリスタン大司教の三聖人が並び、言葉かけるのは皇帝。ミスったら、叔父様にどんな目に合わされるか……。大変だね。



 その後は、なんかいろんな人が、挨拶していた。多分、ダールマ王国国王とか、ランド王国国王代理とか、神聖教教主代理とか、いろんな方がありがたい事を言っていたようだ。ほとんど寝ていたので、知らないけど。



「く〜く〜く〜」


「殿下、殿下、殿下!」


「んあ?」


「終わりましたよ。皆様、移動してますよ」


「おんぶ」


「は?」


「おんぶ」


「はっ、かしこまりました」


 誰か知らない人に背負われ、会場移動して。


「グーテル! 何をしているの!」


 お母様の声が、聞こえる。


「申し訳ありません。サウルヘイム、ヴィナール司教」


 えっ!


 僕は、慌てて飛び降りる。


「ふぉふえんあちゃい」


「いえ、いえ、殿下のお役に立てて光栄ですよ」


「ふえ」


 良い人だ~。



 その後も、ちょっとしたパーティーがあって初日終わり。お祖父様達は、他国からいらした賓客ひんきゃくの方々と、豪華な食事会をしたようだ。



 翌日も、いろんな人の挨拶と、家族での食事とか。そういう日が3日続き、そして最終日、昼からマインハウス神聖国の領邦諸侯りょうほうしょこうが参加する、パーティーが始まった。





 僕が、トンダルと話していると、遠くから凄い圧力を感じた。覇気はきか?


 僕が振り返ると、2人の人物が、こちらへと歩いて来るのが見えた。


 1人は、壮年そうねんの長身で、引き締まった肉体。あおく鋭い目、綺麗に整えられた金髪に口髭くちひげ、そして高く鋭い鼻、意思の強そうな口。


 もう1人は、若い感じだ。並べてしまうと余計に目立つが、身体は大きくなく、せて見える。そして、大きく優しそうな目、薄い口髭、高い鼻。柔らかな、金髪にも見える薄い亜麻色の髪。全体的に優しそうな風貌ふうぼうだ。



 明らかに強烈な威圧感いあつかんを発しているのは、一人目の方だ。モーセの如く、人並みが割れこちらへと、向かってくる。あれが、フランベルク辺境伯リチャードだろう。さすが、お祖父様に歯向かうだけの事はある。



 ボルタリア王国は、マインハウス神聖国の東端、ヴィナール公国の北にある、マリビア辺境伯と、チルドア侯国を従える、マインハウス神聖国領邦中、最大の国だ。文化的にも、経済的にも安定しており、モラヴィウ川を使った水運でも栄え、裕福な国だ。


 そのさらに北西にあるのが、フランベルク辺境伯領で、こちらは、マインハウス地方最大の国だ。北は海に面しているものの、輸入を帝国自由都市ハンベルク経由に頼り、経済的にはいまいちだが、軍事力はかなりのもので、そのさらに西にあるザイオン公国とは、ライバル関係にある。



 それにしても、なんという威圧感。お祖父様もかなりのものだが、迫力のタイプが違う。お祖父様が、なんでも打ちくだくハンマーなら、フランベルク辺境伯は、とても鋭い剣であろうか。



「お初にお目にかかります。グーテルハウゼン殿下。貴殿きでんは、空に浮かぶ雲のようですよ」


「へっ? 失礼しました。お初にお目にかかります、リチャード卿。僕、口に出してました?」


「ええ。なかなか面白いたとえでした。まあ、ハンマーによって、砕かれた剣ではありますが。フッフッフッフ」


 笑い方が怖いよ。おっと。


「それで、こちらが……」


「お初にお目にかかります。ヴィナール公が三男、トンダルキントです」


「これは、これは。お初にお目にかかります、トンダルキント殿下。うむ、こちらは、水のような方だ。静かに流れるかと思えば、硬い氷となり、目眩ましのきりにも、目の前より消え蒸気にもなる。うむ、我ながら絶妙なたとえだ。フッフッフッフ」


「そ、そのような」


「フッフッフッフ。我々の婿殿むこどのは、なかなかの者のようだぞ。ボルタリア王」


 そう言いつつ、フランベルク辺境伯は、斜め後方を向く。


「ふう〜。ようやく挨拶出来ますね。皆様、ボルタリア王カール3世です。カールでも、ボルタリア王とでもお呼びください。陛下だけは、やめて下さいね。陛下は、今はただ一人だけなのですから」


「ボルタリア王、お初にお目にかかります、グーテルハウゼンです」


「カール様、お初にお目にかかります、トンダルキントです」



 こうして、フランベルク辺境伯リチャードと、ボルタリア王カール3世と会話する事になったのだが、さて、何を話そう。


 だが、リチャードさんが、先に話し始めた。



「先ほどおめ頂いたが、ここにいるカール3世の父親、カール2世はもっと凄かったのだ」


「わたしとは、大違いですよ」


 ボルタリア王がなげく。が、


「あれは、突然変異だ。気にすることは無い。何せ当初は、父親に反乱起こして、負けた男だからな」


「えっ、負けたのですか?」


 僕が、思わず驚きの声をあげるが、


「ああ、負けた。そして、幽閉されたのだ。そして許され、その後、父親が死ぬと、兄が死んでいたのでな。やつが跡を継いだのだ。まあ、これも若干じゃっかん怪しくはあるが、何せやつは、お前の表現で言えば、いつ刺されたかわからないほど、鋭いレイピアだ。いつ刺されたか分からぬうちに、心臓に刺さって、あの世へと」


「怖っ」


 僕は、再び声を出す、


「フッフッフッフ。心配するな、やつは死んだ。お前達の前に、立つことはない。それで、跡を継いだやつは、跡取りのいないヴィナール公の未亡人と結婚し、ヴィナールを傘下に。貴族共和制という特殊な政治形態を認め、ワーテルランドの王さえつとめ。ダールマ王国すら敗北させ、領土の一部を割譲させ、マインハウス神聖国皇帝に匹敵するとも言える、力を持ったのだ」


「へ〜」


「だが……」


 フランベルク辺境伯の顔が、暗くなる。


「同時代に生まれた不運だな。やつは敗れ死んだ。今のマインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世の、ダールマ王国を味方へと引き込む戦略と、伏兵ふくへいという戦術によってな」


「ですが、これからは、タイラーさんの活躍もありますし、戦いは、変わっていきますよ」


 僕が言うと、


「ああ、分かっている。だからこそ、俺は、皇帝陛下……。ジーヒルホーゼ4世ではなくてな。お前達、グーテルハウゼン殿下と、トンダルキント殿下によしみを通じたいと思ったんだ」


「へっ? 僕と、トンダルですか?」


「ああ。時代は、変わる。新しい時代に確実にな」


「そうなんですね~。楽な時代になると良いですね〜」


「いや、大変な時代にはなると思うが、楽にはならないと思うぞ。フッフッフッフ」


「えっ!」


 僕は、ただ驚くことしか出来なかった。それを受け、トンダルが聞く。


「それで、僕と、グーテルに結婚相手を」


 と、今まであまりしゃべっていなかった、ボルタリア王が口を出す。


「そうなのですが、わたしの手元には、殿下方の相手になるような女性はいなかったのですが、現れたというか……。まあ、その、変わった人でして、あの〜」


「まあ、一人は、変わったやつでな。自分から嫁ぎたいとな。じゃじゃ馬の跳ねっ返りだが、まあ、目は確かだな」


 言いにくそうな、ボルタリア王の言葉を受け、フランベルク辺境伯が話す。


「まったくです。どこにいるのかと思ったら、良い相手を見つけたから、結婚したいなどと……」


「どのような方なのですか?」


 僕の問いに、ボルタリア王は、


「それは、会っての楽しみで」


「まあ、そういうわけで、よろしく頼む」


 と、フランベルク辺境伯。


「はい」


「はあ」





 そして、


「あ~。なんか緊張する。逃げちゃ駄目かな?」


「さすがに、相手に失礼ですよ。それに、フランベルク辺境伯の面子めんつを潰したとなれば……」


「そうだね。殺されることはないだろうけど、怖いな。うん、頑張ろう。よし、おまじないだ」


「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」


「なんですか、そのおまじない?」


「さあ?」





 僕は、扉の前に立つと、深呼吸して、


「さて、失礼しま~す」


「グ、グーテル! おほん。グーテルハウゼンと、トンダルキントです。入らせて頂きます。失礼致します」



 僕は、扉を開け、中に入る。そして、


「あれっ? エリスちゃん!」


「殿下、会っちゃいましたね。てへっ」


 そこには、給仕する時とは違い、豪華なドレスを着たエリスちゃんがいた。

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