第18話 ヴィナールへの旅⑤

「父上、御来訪ごらいほう、お待ちしておりました。さあ、お疲れでしょう。さあ、こちらへ」


「待て、ヴィナール公。わたしは、誰だ?」


「えっ! あっ、申し訳ありません、陛下。ご案内させて頂きます」


「うむ。ヴィナール公。ご苦労」


「ははっ」


 マインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世は、ヴィナール公国公都ヴィナールへと到着したのだった。その陣容じんようは、まさに威容いようほこる。


 傘下さんか領邦諸侯りょうほうしょこうを従え、さらに1万騎もの騎士。まさにマインハウス神聖国皇帝に、相応ふさわしい行列だった。



 マインハウス神聖国。その名は、いにしえの超大国ダリア王国時代、この地方にあった、ダリア王国のマインラント総督そうとく率いるマインラント。そしてそれと敵対していた、ハウゼリア族から来ており、さらに神聖なるダリアの王も兼ねているという意味で、マインハウス神聖国という名に、なっている。



 そのマインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世は、出迎えたヴィナール公アンホレスト達に、威厳いげんを示す。いくら父と子でもおおやけの場では、ちゃんとしろと言うことだろう。



 かなり広いヒールドルクス宮殿。共に来ていた領邦諸侯達も、それぞれの客室に案内され、ジーヒルホーゼ4世の周囲には近習きんじゅうと、近衛騎士のみとなる。そして、皇帝用に作られた、豪華な部屋へと通された。



 きわめて身内な者だけになったが、ジーヒルホーゼ4世の言葉は、かなりとげのあるものだった。顔こそ穏やかであったが。


 挨拶もそこそこに、


「昨年、ヴィナールが、安定せずうちに、ヒールドルクスで、戦闘になったそうだな」


 すると、ヒンギルハイネが、


「申し訳ありません。我が力及ばず、敗北しました」


 謝罪するが、


「うむ、ヒンギル。ご苦労だった。あの状況で良く戦った」


「えっ! はっ!」


「でだ、アンホレスト。何故なにゆえ戦った?」


「そ、それは、ツヴァイサーゲルド地方の反乱が拡大傾向でしたので、それを拡大する前に叩こうと」


「拡大する前にか。さらに拡大しているが?」


「申し訳ありません。敗北したために……」


「違う! 敗北したことを攻めているのではない。戦いのタイミングを言っているのだ」


「はい、申し訳ありません」


「どうも、おまえは、戦いの嗅覚きゅうかくにぶいな。そこを間違うと、いつか痛い目を見るぞ」


「はい、肝に命じておきます」


「うむ。でだ、ヒンギルハイネ。ヒールドルクス公国を見事治めているそうだな。反乱の火種ひだね鎮火ちんかしつつあるとか、見事」


「は、はい、ありがとうございます」


「うむ。はげめよ」


「はい」


「そうだ。婿殿むこどの。ヴィナール公国の安定感謝する。さすが婿殿だな」


「はい、ありがとうございます」


「ところでだ、婿殿。我が娘と、グーテルの姿が見えないようだが」


「そ、それが……」


 ジーヒルホーゼ4世は、部屋の中をキョロキョロと見回す。すると、アンホレストの妻、イザベラが口を挟む。


「陛下、何卒なにとぞカールケントにもお言葉をたまわりたく」


 すると、それまでの比較的穏やかだった顔はどこかへと。厳しい顔で、イザベラをにらむ。


「何だと?」


 部屋の空気が、こおりついた。





「早く、早く、早くしなさい! グーテル!」


「わ、わ、わ、待って。お母様〜」


「とにかく急ぎなさい。お父様は、すでに到着しているんですよ」


「わ〜。待ってよ~」



 状況を説明しよう。マインハウス神聖国皇帝である、お祖父様が来訪されるという重要なこの日、僕は寝坊したのだった。


 だが、お母様も偉そうに言っているが、この状況を生み出した原因の一端いったんは、お母様にもある。



 お母様は、朝早く、僕を起こしに来て、気持ち良さそうに寝ている僕を見て、そのまま、僕のベッドにもぐり込み、一緒に寝てしまったのだそうだ。そして、もう出かけているものと、部屋を整えに来たメイドが、慌てて二人を叩き起こしたのだった。



 それで僕達は、今。広い広いヒールドルクス宮殿を全力疾走ぜんりょくしっそうしていた。


 で、ようやく見えてきた。お祖父様のいる部屋だ。扉には、マインハウス神聖国の紋章もんしょうである、王冠をかぶった双頭のわしが剣と宝珠ほうじゅを持った紋章が、彫られている。


 僕は、お母様と共に部屋に飛び込んだ。


 ん? 部屋の空気が重い。





「お祖父様〜〜〜!」


「お〜、グーテル。元気だったか?」


 呆然ぼうぜんとしている、叔父様達の目の前で、僕はお祖父様へと駆け寄ると、僕とお祖父様は、ハグ。そして、


「ほら、ジョリジョリジョリジョリ」


「お祖父様〜、チクチクする〜」


「ハハハハハ。グーテルは、変わらんな〜」


 そして、お祖父様は、お母様を僕と、共にハグし、


「エリーゼも元気だったか?」


「はい、それはもう」


 そして、呆然とした空気に包まれた中。しばらくハグした後、何事もなかったように、離れると、僕は、


「お祖父様。この度の巡幸じゅんこう、ご苦労様でした。そして、お会いできたこと、心より嬉しく思います」


「うむ。グーテルも元気そうで何より」


「お父様、良くお越しくださいました。このエリーゼ、お会いできたこと、心より嬉しく思います」


「うむ。エリーゼも元気そうで何より。だが、エリーゼ、お前太ったか?」


「お父様! 太っておりません!」


「そうか、そうか、すまなかった。ハハハハハ!」


「もう!」



 場の空気がなごみ、この後は、くだけた雰囲気で、他愛たあいもない話をする。ただ、叔母様のにらむような視線が気になったけど。何かあったのかな?





「では、父上。長旅でお疲れと思います。本日は、ゆっくりお休みください」


「うむ。そうだな。明日からは、色々めんどくさい行事も山積やまづみだ。ゆっくり休ませてもらおう」


「はい。では、失礼致します」


「ああ。そうだった。グーテル、トンダル」


「はい」


「少し残ってくれ、話がある」


「はい」



 僕と、トンダルを除いた皆が出ていき、部屋にはお祖父様と僕、そして、トンダルのみとなった。お祖父様は、近衛騎士までも、部屋の外に出したのだった。叔母様は、やはり凄い目でにらみつつ出ていった。怖いよ~。





「トンダル。あやつの所業しょぎょう聞いたぞ。まだろくでもない事をしているそうだな」


「はい、グーテルのお陰で、未遂みすいで防ぐ事が出来ましたが」


「困ったやつだ」


 お祖父様は、白くなった立派なあごひげをしごきながら、顔をしかめる。


「うむ。決めたぞ。あやつは、わしが連れていく。あの女も、わしが手元てもときたえるとでも言えば、文句はあるまい」


「そうですね。お母様も、お祖父様が手元で育てると言えば、皇帝の後継候補だとでも勘違いすると思います」


「うむ。でだ、グーテル」


「んあ?」


「寝てたのか?」


「いえ」


「まあ、良い。トンダルもだが、そろそろ結婚相手を見つけないとな。まあ、政略結婚せいりゃくけっこん手駒てごまだが、悪く思うなよ」


「それはもう。覚悟致しておりました」


「え〜。可愛かわいくって、性格良い人なら良いけど」


 さて、どちらが僕のセリフでしょうか?



 まあ、それは置いといて。


「ですが、カール従兄にいさんの結婚が、まだですが」


 僕が、一応聞くと、


「今のあれに、結婚などさせられるか。分かってて聞くな」


 だそうです。



 で、政略結婚の駒だが。僕は兄弟姉妹はいないというわけで、使いようがないが、トンダルのところは、3人の姉、そして、ヒンギルはすでに結婚している。


 そうそう、ヒンギルは、なんと! ランド王国の国王の妹と、結婚しているのだ。


 ランド王国は、西や、北に、お祖父様は、東や南へと勢力を拡大したいため、お互いの思惑が合致したためだった。



「それで相手だが」


 お祖父様は、座っていた椅子から見を乗り出し、僕達の顔を交互に見ながら話す。


「えっ! すでに相手決まってるんですか?」


「そうだ。あのボルタリア王と、フランベルク辺境伯へんきょうはくのところの者だ」


 そう言うと、お祖父様は背もたれへと倒れ込み、上を見て感慨かんがい深そうに話す。


「手強い相手だったが、今や、素直なものだ。ハハハハハ!」



 お祖父様が、ボルタリア国王カール2世を戦いで討ち破り、戦死させたのは、1278年。8年前の話だった。


 その後、ボルタリアは、カール2世の息子カール3世が継いでいる。フランベルク辺境伯は、おとがめなしだったので、そのままだったと思うが。



「ですが、ボルタリアには、失礼ながら未婚みこんの女性は居られなかったと思いますが」


「えっ!」


 トンダルの言葉に僕は驚き、思わず叫ぶ。


 そう言えば、カール2世は、戦いに明け暮れて、子供が少ない。確か、カール3世と、女性が2人。


 女性2人は、すでに結婚されているが、もしかして、旦那さんが亡くなられて、その未亡人みぼうじんと再婚とか?


 あるいは、カール3世に最近赤ちゃんが誕生されたとか? その子が女の子で、その子ととか? いや〜〜!



「大丈夫だ。心配するなちゃんと、ボルタリアの家系だ」


「そうですか。わかりました」


 お祖父様が、僕の心を読んだかのように応え、トンダルが同意の言葉を返す。



「グーテル、トンダル。相手の女性呼んであるが、行事がすべて終わってから、ゆっくり会えるようにしてある。お〜、そうだった。どちらがどちらを選んでも良いからな。相談して決めよ。まあ、向こうの思惑おもわくもあるだろうが、わしは、知らん。お前達の好きに決めよ」


「えっ! 選ぶんですか? う〜ん?」


「ハハハハハ。嫌か? まあ、そうだろうな。が、諦めろ。これも運命だ」


「は〜い」


 僕は、ただどちらかを選ぶって事が、相手に失礼って思っただけだよ。うん。本当だからね。決して、めんどくさいとか思ってないよ。うん。


「そろそろ休ませてもらおう。グーテル、トンダル、下がって良いぞ。おっと、そうだった。ボルタリア王と、フランベルク辺境伯だが、わしと共に来ておる。わしの誕生パーティーで、挨拶に行くだろう。ちゃんとしろよ」


「はい。かしこまりました」


「え〜。フランベルク辺境伯、怖そうなんだよな〜」


「こらっ。そこはちゃんとしろ。将来がかかってるかもしれんのだからな」


「は〜い」

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