第17話 ヴィナールへの旅④

「ご無沙汰致しておりました。叔父上」


「久しいな、グーテル。元気だったか?」


「はい、お陰様おかげさまで」



 ここは、ヴィナール公国の公宮こうきゅう。ヒールドルクス宮殿きゅうでんと呼ばれる宮殿だ。ハウルホーフェ城も大きいが、こちらは、さらに大きい。


 そして、戦いのための城とは違い、優美ゆうびな外観、美しい装飾そうしょく、まあ、武骨ぶこつな叔父様には似合わない。叔母様の趣味なのかな?



「それに先年の戦いご苦労だったな。ヒンギルが、迷惑をかけた」


「迷惑? 何かありました?」


「ワハハハ。そうか。すまなかった。それでは、今年の話だ。民主同盟との講和手間を取らせた」


「いえ、あれは、タイラーさんに、話取り次いだだけなので」


「そうか」



 そう先年のモルガンレー峠の戦いの後、ヒンギルは、この春、再度ヒールドルクス公国の軍だけで、民主同盟に戦いを挑み、再度負けた。


 まあ、最初から負けるとわかっていて、戦ったような気がするが。でも、実際戦い、被害こうむった騎士や兵士には、良い迷惑だと、僕は思う。


 そこで、その戦いの講和を、タイラーさんと、顔見知りの僕が頼まれ、行ったと。それについて、叔父様は、お礼を言ったのだ。



 その講和で、ヒールドルクス公国は、民主同盟に領土の一部を割譲かつじょう。ハウルホーフェ公国と民主同盟は、国境を接する事になったが、今のところ、我が国には、影響はみられない。


 さらに、ヒールドルクス公国内での、反乱の気運きうんも、下火したびになってきているようだ。


 なんでも、ヒンギルは、本人曰いわく、僕の真似まねをして、ふらふら出歩いたり、飲み屋で飲んだりしているらしい。何考えてんだろ? 僕の真似したって良いことないよ。



「それに、義兄にいさん、姉さん……。すまぬ、フレーゲル殿や、エリーゼ姉さんにも、我が国の事で手間をとらせ、グーテルに寂しい思いをさせているな。申し訳ない」



 そう、僕の父親フレーゲルハウゼン・ハウルホーフェは、お祖父様に頼まれヴィナール公国の宰相さいしょうを務めている。


 それについて、お母様である、エリザベート・ハウルホーフェも、ここヴィナール公国にいる。原因は、叔父様の強硬きょうこう姿勢が、ヴィナール公国の諸侯や領民の、反発をくらったこと。


 今は、外交関係を叔父様が、内政関係をお父様がやることで、一応落ちついている。まあ、外交関係で、周辺各国ともめているが。



「いえ、僕は、お父様、お母様が、いない時の方が、ゆっくりのびのび出来るので、ありがたいのですが」


「ワハハハ! そうか。だけど二人の前では言うなよ。悲しむぞ」


「そうですね」



 こうして、叔父様への挨拶をすませると、特にやることもなく、宮殿の中をぶらぶらと歩いていると、会いたくない人と会ってしまった。


 向こうは、取り巻きや、女官にょかん、そして、護衛騎士を連れて十数人の行列だった。


「あらっ、グーテル殿下。どちらへ?」


「これは、これは、叔母様。ご無沙汰致ぶさたいたしておりました。ちょうど、お部屋の方に、ご挨拶にうかがおうと、向かっているところだったのですが、こんな所で会うことが出来、良かったです」


 うん、自分ながら感心するな~。出任でまかせが、スーッと出てくる。


「そうだったのですね。わたしは、てっきり暇つぶしに歩いているのかと、思っていましたよ。まあ、良いでしょう。グーテル殿下。お元気でした?」


「はい、お陰様で」


 ほんと嫌味な言い方。確かに綺麗な人だよな~。だけど、その視線は氷のように冷たい。そして、カールと同じく顔には、相手を小馬鹿にしたような嘲笑ちょうしょうが、張り付いている。


「では、わたしはお暇な方と違い、忙しいので、これで」


 そう言うと、叔母様は、行列を引き連れてさっさと去っていった。良かった。これで、叔母様への挨拶も済んだ。夜のパーティで挨拶しようと思っていたが、そうだったら、くどくどと嫌味言われてただろうな、クワバラクワバラ。



 僕は、240000㎡という大きさを誇る。ヒールドルクス宮殿。正方形にしたら、およそ490m四方というかなりの広さだし、会うことはないなと考えていたが。また宮殿内を歩いていて、再度、叔母様に会うというリスクを考え。考えをあらためて、石畳いしだたみに覆われた、荘厳そうごんなヴィナールの街中を、ふらつく事にしたのだった。





 そして、その夜



「グーテルハウゼン殿下。お初にお目にかかります。エルガーと申します。エルガー子爵ししゃくとでもお呼びください。お父様には、大変お世話になっております」


「はあ、はじめまして、よろしくおねがいします」


 どうやら、ヴィナール公国の領内諸侯のエルガー子爵という人物らしい。この後も、良く知らない人達から次々と、挨拶される。


 ひとしきり挨拶攻勢を受けると。周囲に人は、居なくなった。


 僕は、人のいない壁によりかかり、周囲を見渡す。しかし、大きな広間だな。どのくらいあるのだろうか?


 人がかすんで見えないとかではないが、遠くの人は、かなり小さく見える。大広間の中には、三百名ほどはいるだろうか? それでも、余裕が、かなりある。



 さらに見渡すと、大きな三つの人の輪が見える。一つは叔父様の周囲、もう一つは、叔母様と、カールの周囲、最後は、お父様とお母様の周囲だ。あの輪に入ったら、絶対抜けれないのでやめておこう。


 ひときわ大きな輪は、叔母様とカールの輪だ。おそらく年頃の娘さんを持つ領内諸侯の方々が、挨拶及び、アピール合戦しているのだろうか? 叔母様は、積極的に話しているが、カールは、興味なさそうに、髪をくるくるからめている。


 その次に大きい輪は、意外なことにお父様とお母様の輪だ。まあ、お母様が身振り手振りをまじえ何か話していて、それにおもに領内諸侯の奥方様達が集まってきて、かしましく、もとい、やかましく話している。お父様含め、男性陣は、顔が引きつっている。


 最後に、叔父様の輪だが。ここは、男性ばかりで暑苦しい。なんか豪快な笑い声が、響いている。なんの話をしているのだろうか?


 僕がさらに見回していると、暗い目をした男が、目に入る。えーっとあれは、お母様と叔父様の弟だったな。確か名は、ヨハネ。


 何故、僕が自分の叔父なのに良く知らないかと言うと。


「陰気で好きじゃないのよね。それに、年離れてるし」


 だそうだ。ヨハネさんに、お母様も叔父様も、積極的には関わらず。


 さらに、当初は、ヴィナール公国の宰相として任命されたのは、ヨハネさんだったのだが。叔父様と、諸侯や領民の板挟みになり、倒れてしまい、退場。代って、お父様が宰相に就任し、国は安定したのだった。


 そんなわけで、僕はほとんど挨拶した事もない。そんなわけで、今日も挨拶やめよう。



 さらに見回していると、うん、この人にもは挨拶しておかないと。僕は、一歩踏み出した。



「ご無沙汰しております。ヒンギル従兄にいさん」


「お〜、グーテル。元気だったか?」


「はい、お陰様で、ヒンギル従兄さんも、お元気そうで」


「俺は、元気だけが取り柄だからな、ハハハハハ」


「そんなこと」


 なんて挨拶を交わす。ヒンギルは、随分、僕への対応が、柔らかくなった。よほど先の戦いがこたえたのだろう。良く手紙も送ってよこすし。



 こんな感じで挨拶していると、二人の人物がやってくる。一人は、トンダル。そして、もう一人は、ヒューネンベルク侯爵だった。



 ヒューネンベルク侯爵は、先年の戦いで、ヒンギルハイネが率いる軍の、軍監をつとめた。叔父様からも信頼されている、能力の高い人だ。


 そのヒューネンベルク侯爵は、ヴィナール公国の領内諸侯、筆頭であり、当初は、叔父様と、領内諸侯の揉め事の仲裁に奔走したが、最近はお父様の下、大臣的なポジションで、活躍しているそうだ。働き者だね〜。



「グーテルハウゼン殿下、ご無沙汰致しておりました。先年は、我が国への助力ありがとうございました」


「あっ、えーっと、ご無沙汰致しておりました。ヒューネンベルク侯爵」


「ハハハハハ。ヒューネンベルクも久しぶりだなとか、いつもの感じで良いですよ。殿下らしくない」


「いや、ちゃんと挨拶されたので、ちゃんと挨拶しようかなと」


「そうですか。まあ、公式行事ではなく、あくまでもパーティーですから、気楽に話してください」


「そう。じゃあ、ヒューネンベルク、元気だった?」


「はい、元気でした。殿下のお父様のお陰で、仕事も楽になりましたし」


「そう」



 そんな感じで、お互い挨拶をして、話が始まった。


「ヒンギルハイネ公は、いかがですか? ヒールドルクス公国の統治は?」


 と、ヒューネンベルク侯爵が、口火を切った。


「正直、難しいものだ。いかに自分が甘えてたか、実感している」


「左様ですか。ですが、アンホレスト公、お父上も期待した上での事でしょう」


「だと良いのだが……」


「そうですよ。兄上に頑張ってもらわないと、我が家の行末いくすえが心配で」


「それなら、トンダル。お前がいるじゃないか」


「そうそう」


「グーテルも知っていると思いますが、僕は、三男ですよ。本来なら、教会に入って司祭しさいとかになって、ヒールドルクス家のために働くものです。まあ、お父様が教会に喧嘩けんか売りまくったせいで、どこも入れてはくれませんでしたがね」


「へえ~、そうだったんだ」


 僕が言うと、


「まあ、そのお陰で、優秀な人間が我が家に残ったと」


「兄上。優秀等と、勉強が、好きなだけですよ」


「トンダル凄いよね。言ってみたいな〜。勉強好きなだけって」


「グーテルハウゼン殿下は、勉強お嫌いですか?」


 と、ヒューネンベルクの問いに、


「う〜ん。嫌いじゃないけど。そんなに積極的にしたいものでもないな〜」


「それでもハウルホーフェ公国を見事に統治されている。いや〜、見事なものです」


 ヒューネンベルクの嫌味か? いや、そんなこと言う人じゃないか?


「内政面では、コーネルがいるし、軍事面では、ガルブハルトがいるし、外交面では、お祖父様の孫っていうので、だいぶ優遇されているような」


「お祖父様の孫って言うなら、俺達も孫なんだがな~」


 と、ヒンギルが、首を傾げる。


「ハハハハハ。そうですね、そこは、グーテルの人徳なのでしょう」


「そうですね」


 トンダルの言葉を、ヒューネンベルクが肯定する。


「ん? 人徳? あるかな〜?」


「領民からグータラと言われて、慕われておるしな」


「ヒンギル従兄さん、それって慕われているんですか?」


「そうだろ。なあ、グータラ。ハハハハハ」


「ハハハハハ」


「ハハハハハ」


 ヒンギル、トンダル、ヒューネンベルク、皆が笑う。



 そうかな? 慕われているのかな?

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