第16話 ヴィナールへの旅③

「お母様〜〜〜〜!」


「グーテル~~~~!」


 二人は駆け寄り、固くハグ。周囲で見ている人間は、少なからず、ひいていた。フルーラを除いて。


「感動の対面ですね〜。素晴らしい光景です。ぐすっ、えぐっ」



「グーテル、元気でしたか? 疲れてませんか? お腹は空いてませんか? 何か良いことありましたか? 病気になどなりませんでしたか?」


 矢継やつぎ早に、お母様が訊ねてくる。僕は、


「大丈夫ですよ」


 そんな二人を横目で見つつ、お父様は、


「まったく、子供ではないのだから。人前で、はしたない」


 だが、その顔は、にやけていて、威厳いげんなどまったく感じられない顔になっていた。そして、ソワソワと体を動かし、手招きをしている。


「お母様、話は、後ほどゆっくり」


「そうね」


 そして、僕はお父様に、


「お父様~~~!」


「グーテル~~~~!」


 またもや、ハグ。


「お〜。大きくなったな~、グーテル」


「そうですか?」


 最後にあってから、半年ほど、そんなに体格変わったかな?



 そして、お母様のハグ攻撃は、護衛騎士達に向く。


「ご苦労様でした。グーテルの護衛、ありがとうございました。今後もよろしくね」


 と、フルーラをギュッ。


「は、いえ、もったいないお言葉です。グシュ」


「あらあら、鼻水出てるわよ。はい」


「いえ、申し訳ありません。チーン!」


 お母様がタオルで、フルーラの鼻を押さえ、フルーラが鼻をかむ。


 いや、フルーラ、お母様になんてことをさせてんだ。



 お母様は、そのタオルをさり気なく、アンディに渡しつつ、アンディをギュッ。


「ご苦労様でした。グーテルの護衛ありがとうございました。今後もよろしくね」


「はっ、お任せください」



 そして、シュルツに。シュルツは、顔を真っ赤にして、


「そ、そのような、奥方様……。命ある限りお守りいたします」


 さらに二人の護衛騎士を、ハグ。そして、



「あら? トンダルも、いたのね。お出迎えありがとう。あなたも、ギュッとする?」


「いいえ、大丈夫です」


「あら、残念。だったら、この後、一緒に食事していく?」


「そちらは、是非とも」


「良かったわ〜」


 そう言うと、お母様は振り返り、


「さあ、アンホレスト達への挨拶は、明日にしましょう。それよりも、食事をしてゆっくり休んで、疲れをとりましょう」


「はい!」


 そして、いまだに僕に抱きついているお父様を見て、


「あなた、いいかげんにしなさい!」


「はい、すみません!」





「さあさあ、皆で食べましょう。たくさんの人と一緒に食べるの、楽しいわよね」


「ああ。では食べるとしよう。父と子と精霊せいれい御名みなにおいてアーメン。神よ食べ物をお与え下さりありがとうございます。では、いただきます」


 お母様の嬉しそうな声に応えるように、お父様が神に祈る。



「いただきます」


「わたしが腕によりをかけて作ったのよ。さあ、食べて食べて」


 お母様は、貴族にしては珍しく、料理が好きなようで、たまに自ら作ることがある。思いつくままに作るので、二度と同じ料理は出来ないが、その味は不思議な事に美味しい。


 今回は、スープのようだった。だけど、これスープって言うのかな?


「これはあれよ。お肉の切れ端とか、使えない部分と、野菜くずを煮込んでブイヨンにして、あっ、この時にこまめにアク取りするのがこつよ。それに今度は、大き目に切った野菜と、豚肉を入れて煮込んだ料理よ。あっ白ワインが入って……。後は……。そんな感じよ」



 こうして、夜の食事が始まった。長方形の細長いテーブルの端、短い辺にお父様が座り、お母様が、お父様の右横つまり、長い辺の一番左端に座る。僕は、その対面。お母様の横にフルーラ、僕の横にトンダルが座り、フルーラの横に副隊長のシュルツが、その前にアンディ。そして、残り二人が、そのそれぞれの横に座った。



 料理は、サパーと呼ばれる軽食だ。ディナーは、普通、昼に食べられる。そして、夜は、軽くすませるのだ。が、軽食って言っても、飲んでるうちに、結構な食事量になってる気がする。


 ヴィナール産の白ワインが、皆に配られ、仕事を終えた護衛騎士達も、どうやら飲むようだった。



 僕は、よく冷えた辛口のさっぱりした、白ワインに口をつけつつ、並んだ料理に目を通す。


 先ほど言ったお母様の野菜スープ? 他は、ヴィナール風ソーセージ。あっ、ヴィナール風ソーセージは、羊の腸に肉をつめたソーセージだ。マインハウスのソーセージは、豚の腸。


 他は、チーズとか、生ハムとか、ベーコンを焼いたやつとか、後はライ麦のパンかな。



 だけど、白ワインじゃないな。僕は、赤ワインを探すために立ち上がった。すると、


「グーテル。どうしたんだ?」


 と、お父様。


「いえ、料理みたら赤ワイン飲みたくなって」


 すると、お父様は満面まんめんの笑みを浮かべて、


「そうか、そうか。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、給仕の者を呼び、何やら耳打ちする。



 すると、そんなに時間かからず給仕の者が、壺を持ってあらわれ、僕とお父様のカップに赤ワインを注ぐ。


「飲んでみろ、グーテル」


 お父様に言われ、口をつける。ん? こ、こ、これは! 


 うん。マスターに飲ませてもらった、ランド王国南方のワインだね。


「おお〜、おお〜。これは、しおの香りと陽光ようこうの匂い」


「ど、どうした、グーテル? 大丈夫か?」


「真っ青な海と、燦々さんさんと降り注ぐ太陽が見えます」


「えっ?」


「その太陽の下、たっぷりと栄養をもらった黒いブドウ。名は、マドレーヌ・ノワール・デ・シャラント。ずばりランド王国南方のワインです」


「な、な、なんと。グーテルに、そんな才能があったとは……。凄いな〜」


「いえ、前に飲んだことあったので、適当に言ってみただけです」


「えっ。そうか、飲んだことあったか。残念だ」


「ですが、とても美味しいですね。前飲んだやつより濃厚です」


「そうか! 良かった。アハハハハ」


 おそらくマスターに飲ませてもらったワインより、上物のワインなのだろう。味がさらに濃く、樽香たるこうもしっかりしているように思う。



 食事をしつつ、会話も弾む。お父様、お母様、そして、僕とトンダルの四人で話す事が多かった。フルーラも近くにいたが、食べる事に夢中で、あまり会話も聞いてないようだった。


「う〜ん。美味しい。あっ、これも美味しい。あっ、アンディの前にあるの何?」


「これっすか? ベーコン焼いたやつっすね」


「それ、取ってくれ」


「うっす」



 僕達四人の会話は、当初は、ハウルホーフェでの僕の暮らしぶりが主だった。公務の話、狩猟の話、そして、カッツェシュテルンの話など。だが、お酒も入ってきたとき、トンダルが、突然、カールの所業しょぎょうのことを話し始めた。僕は、話す気はなかったのだが、


「そう言えば、グーテルが止めてくれたのですが、カール兄さんが、またやってましたよ」


 その瞬間、お父様の顔がくもる。


「まだ、そんな事をしているのか? ヴィナール公の顔に、泥を塗ることになるぞ」


「あなた。そんな生易なまやさしいものじゃないでしょ。犯罪者よ、犯罪者」


「まあ、そうだが……」


 ほら、こうなるのは目に見えていたんだけど、トンダルに思惑おもわくがあるのかな? お祖父様も来るし。


「あなたも大変ね~。あんな兄を持って。まあ、顔は似ているけど、でも、トンダルの方が良いお顔よ。性格は、似なくて良かったわね。反面教師かしら?」


「お母様、あまりそんな事を言うのは……」


「あら? 本当の事でしょ」


「そうですよ。本当の事です。まだ、ヒンギル兄さんの方が、ましです」


「筋肉バカの方が、ましか〜。エロバカよりは」


「グーテル、さすがに言い過ぎですよ。筋肉バカとか、エロバカとか。プフッ」


「こらっ、お前も、笑うな。だが、ヴィナール公の跡継ぎ問題としては、真剣に考えないといけないか」


 そう言いつつ、お父様はトンダルを見て、


「そうなると、トンダルを跡継ぎにと、なってくるか」


「いえ、わたしは、やはり黒子くろこに徹するのが、あっていると思っています」


「そうか……」


「でも、トンダルは、性格も良いし、頭も良いし、顔も良いし。ヴィナール公とかに相応しいと、思うんだけどな〜」


 と僕が言うと、トンダルは、


「性格も良いですか~。最近自信無いんですよね。頭もお母様に似てる気がしますし……」


 と、トンダルが少し不安そうにすると、お母様は、


「まあまあ、こんな話より、楽しい話題をしましょう」


「そうだな」


「すみません。暗い話題で」


 トンダルが、そう言うと再び、いろんな話題で、夜遅くまで飲みつつ盛り上がっていった。


 まあ、お母様は、たまに、叔母様の事を、あの女狐めぎつねがとか、魔女ねとかそういう話もしていたが。





 そして、トンダルは、ヴィナールのお父様とお母様の邸宅に泊まる。


「僕は、ヴィナール公国も含めてですが、我が家の将来について、暗く考えちゃうんですよね」


 トンダルが、隣のベッドに横になりながら、話し始めた。


「ん? なんで?」


「それは、お父様は強圧的きょうあつてきで、諸侯に反発くらい、お母様は、頭は良いけど冷酷非情れいこくひじょうで、ヒンギル兄さんは、考えなしだし、カール兄さんは、色情狂しきじょうきょうだし」


「トンダルは、考えすぎだし」


「えっ」


「難しく考えすぎなんだよ、トンダルは。何とかなっちゃうもんだよ。なんでもね」


「そうですか。グーテルが言うと、そんな気がしてきました」


「うん、そうそう。明日は、明日の風が吹く〜。く〜く〜く〜」


「寝たのですか?」


「……」


「おやすみなさい、グーテル」

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