第15話 ヴィナールヘの旅②

「眠い〜」


「殿下。大丈夫ですか? ふぅわああ〜」


「フルーラも眠そうだよ」


「いえ、大丈夫です」


「まあ、あんな遅くまでミンネザングなんて、聞かされたからね~」


「いや〜。あのような荘厳そうごんな、素晴らしい音楽を、聞けることはなかなかありません。良い経験でした」


「シュルツさん。ああいうの好きなの?」


「はい、好きですな」


「ふ〜ん」


 普段は、厳格げんかくで無口なのに、今日は、珍しく良くしゃべる。よほど昨日の音楽が、良かったのだろう。


 シュルツさんは、護衛騎士隊の、副隊長だ。経験豊富で、フルーラのサポートも的確にこなしている。普段目立たないけどね。


「ヴィナールは、街中にも音楽やってる劇場あるみたいだから、行ってみたら?」


「そうですね。楽しみにしております」





 途中、領土争いをしている、川を越える。兵士がうろついていたり、監視所があるとかでもなく、そんなギスギスした雰囲気でもなかった。


 対岸へも、普通に渡し船が出ており、それに乗り対岸へと渡ると、ヴィナール公国へと入る。



 公国第三の都市で泊まり、もう一都市、宿泊して公都ヴィナールにもう少しという時、事件は起こった。う〜ん、事件って言うほど、大げさなものではないか。





 前方から砂煙が、近づいてきた。フルーラとアンディが僕の前に馬を出し、素早く護衛騎士達が、守備隊形をとる。



 僕は、アンディとフルーラの間から、その砂煙を眺める。どうやら7、8騎の騎士のようだった。人々が行き交う街道を、全力疾走。そして、どけどけとか、邪魔だ! とか下品な声が聞こえる。



「これって、あれだよな?」


 僕が、独り言を言っていると、騎士達は近づいて来て、そして、目の前で止まる。



「よお、グータラ。ハハハハハ」


「グータラだとよ。ヒャハハハ」


 リーダーの男が前に出てきて、挨拶をしてくる。それに合わせて、取り巻き連中の下品な笑い声が響く。はあ、面倒くさい。



 僕も、剣に手をかけている、フルーラと、アンディを制して、前に出る。でも、斬ってもらった方が、ヴィナール公国のためになるかな?


「お久しぶりです。カール従兄にいさん」


「ああ。それにしても、お前の供回ともまわりそれだけかよ。さすが貧乏貴族」


 前にも言ったが、普通貴族が旅に出る時は、護衛騎士だけでなく、執事長とか、身の回りの世話をする人とか、馬の世話する人とか、色々お付きの人が、加わる。さらに、それらの人達を護衛するために騎士がついたり。まあ、そうなのだ。うちは、カールが言うように、貧乏貴族なので、少ないの。



「そうなんですよ~。まあ、量より質という感じでしょうか?」


「ふん」


 カールは、自分の長い金髪を指先で、くるくるからめながら、つまらなそうに返事をする。


 このカールは、僕の叔父である、ヴィナール公国アンホレスト・ヒールドルクス、ヴィナール公の次男。名前をカールおじさん。じゃなくて、カールケントという。



 で、このカールケント、叔父上や、ヒンダル従兄さんが、お祖父様に似て、いかつく、さらに顔面も強面こわもてなのに対して、やたら美男。まあ、叔母様に似たのだろう。


 だが、アンディが、同じイケメンでも女性にモテるなとわかる、風貌ふうぼうなのに対して、ブルーアイの綺麗な目は、冷たく暗い光をともし。美しい顔には、相手を小馬鹿こばかにしたような、嘲笑ちょうしょうが、張り付いている。叔母様もそうだけど。



 叔母様は、チルト伯爵の娘だ。チルト伯領は、ダリア地方と、ザーレンベルクス大司教領の間にある国で、交通の要衝ようしょうでもなく、裕福でもない、うちのような、のどかな国だ。


 では何故、叔父様が妻に迎えたかと言うと、その美貌びぼう才女さいじょで有名だった事もあるが、叔母様の母親が、大国の一つ、ミューゼン公と、選帝侯であるフォルト宮中伯きゅうちゅうはくの娘との子だった事も大きい。


 宮中伯とは、初期は、帝国の書記という意味で、領地を持たない貴族だったが、現在は、宮廷内で大臣として絶大な権力を持つと同時に、その周辺の土地の監視という名目で、領地も持っている。そのトップが、フォルト宮中伯だ。


 フォルト宮中伯が、お祖父様の味方になった事により、ヴィナール公国の支配で、有利にたてたと言っても過言かごんではないと思う。



 そして、その外見を受け継いだのが、カールケントだ。さらにその性格も受け継いでしまった。皮肉屋で人を見下した態度。本当に最悪だ。さらに悪いのが、


「ところで、カール従兄様は、どちらへ?」


「うん? どこでも良いだろ?」


「あっ、わかりました。お祖父様の出迎えですね。ちょうど、巡幸じゅんこうされつつ帝都から向かわれて、ちょうど今日には」


 僕は後ろを、振り向き


「この先辺りに、到着されますからね」


「なんだと? そうか、そうだったな、お祖父様が……。そうか、しかたない」


 そう言うと、カールは、


野郎やろうども、また日を改めるぞ、今日は、撤収てっしゅうだ!」


「お〜!」


 おいおい、どこかの盗賊かよ。



 そして、カールは、僕の方を向くと、


「お祖父様の出迎えは、家臣の重要な仕事だったな。俺は、でしゃばらない事にするよ。じゃあな」


 そう言うと、馬首ばくびを返し、再びヴィナールに向けて疾走していったのだった。


「何だったのでしょう?」


 フルーラが、僕の横に来てたずねる。


「ん。叔父上の次男、カールケントとその護衛騎士という名の、取り巻きのチンピラ達だよ」


「それは、分かったのですが……」


 まだ何か言いたげな、フルーラを放っておいて、僕は、僕達の後方にそっと近づいてきた、男に声をかける。アンディも、さり気なく剣に手をかけて、警戒している。



「トンダルは、あれを心配してついて来たの?」


「ええ、まあ、そうなんですが、グーテルが、あっさりと片付けてくれたので、良かったなと」


 そう言いつつ、柔和にゅうわな笑みを顔に浮かべつつ、カールに似た顔の男が、馬に乗り、僕の前へと近づく。


「ふ〜ん」


「あっ、それよりも、ご無沙汰ぶさた致しておりました。グーテル殿下」


「こちらこそ、ご無沙汰致しておりました。トンダル殿下」


 そう言って、がっちりと握手を交わす。



 トンダルは、先ほどまで居た、カールケントの弟。名は、トンダルキント。年齢は僕と一緒。だが、どこか大人っぽい、雰囲気だ。顔は、兄であるカールにそっくりだが、常に柔和な笑みを顔に浮かべている。そして、兄とは違い、頭も良い。



「で、何だったの、あれ?」


「あれですか。なんでも、パウルクに住む、ミュゥモという娘が、綺麗とかで……」


「まだやってんだ。叔父様は、何も言わないの?」


「いえ、父上は、注意しようというか、処分しようとしたのですが、母上がね」


「叔母様が?」


「ええ、あなたも女性への不貞行為ふていこういの一つや二つ、したことはあるでしょうって」


「不貞行為の一つや二つって……。それも、どうかと思うけど。ね、アンディ」


「えっ! と、突然なんっすか? 俺は、同意の上で……」


 アンディが、あたふたと応える。


「まあ、心覚えが、いっぱいある、父上は、何も言えなくなったと」


「いや、そんな問題じゃないような。不貞行為もどうかと思うけど、それと犯罪を一緒にするのは」


「まあ一応、全て母上が手を回して、お金で解決したようですが。それでも、傷ついた女性は、たくさんいるので、解決にはなっていないと思うのですがね」



 そう、カールは、自分好みの女性がいると、まあ、そういうことを強引にするというクソ野郎。もとい、最低の人間なのだ。


 今日も、取り巻き連中が、噂でも仕入れてきて、わざわざ出かけて行ったのだろう。その途中で、僕に会ったと。



 まあ、ヴィナール公の次男で、顔も良い。さらに長男は、失脚気味で、ヒールドルクス公国を統治させられている。だったら次男が、ヴィナール公国を継ぐんじゃないかと。


 というわけで、貴族の中には、自分の娘をと、自ら進んで娘を差し出す者もいるが……。何考えてんだろ?



 しかも叔母様も金で解決か〜。やっぱり嫌いだな。


「まあ、叔母様っぽいね。自ら塩田経営したりで、お金持ってるし、経営の才能は、凄いよね。性格は、あれだけど」


「ハハハハハ。確かにそうですね。なので僕がなんとかしないといけないのかなと、まあ顔も似てるし、弟として責任もあるし、僕が、出来るだけそれを止めようと……」


「取り巻きにスパイを送り込んで、探っていたと」


「えっ、そこまで分かっちゃいました? さすが、グーテル」


「さすがって、その程度のこと、誰でも考えるだろ?」


「その程度のこと……。まあ、いいや。グーテルらしいですね」


「ん?」


「さっきもそうですよね。僕は、一生懸命考えながら、どうやって諦めさせるか、考え考え、馬を進めてたんですがね。それをまあ、あっさりと」


「あっさりとって。普段から、どうやって効率良くサボるか考えてるから、口から出任でまかせが、スーッと出てくるんだよね」


「ハハハハハ。出任せが、スーッとですか。ハハハハハ」


「おかしい?」


「いえ、おかしくないですよ。やあ、やっぱりグーテルは、最高ですよ。それよりも、父上はじめ皆が待っています。行きましょうか。夕方には着けるでしょうから」


「そうだね」


 僕達は、ヴィナール公国、公都ヴィナールヘ向けて馬を進めた。

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