第14話 ヴィナールへの旅①

「殿下。おはようございます」


「うひゅ。おひゃよう、ふにょーりゃ」


「どうされたのですか? 殿下が、すでに起きておられるとは?」


「いひゃあ。ほうふんしちぇねりゅりぇなきゃっちゃんぢゃよにゅー」


「はい?」


「ほふら〜、ねりぇにゃきゃちゃんぢゃゆにゅ〜」


「?」


「にゃきゃりゃ~、にぇりゅにぇ〜」


「寝てはいけません! 殿下! エイヤッ!」


 ドン!


 ゴン!





 頭が痛い。ズキズキする。ここはどこだ?



 僕が目を開けると、空が見えた。


 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト。


 うん、馬車の音がする。どうやら、馬車の荷台に、乗せられているようだった。馬車の荷台の後ろには、僕の愛馬が縄でつながれているのが見えた。


 愛馬は、僕が目を覚ましたのを確認すると、少し歩調を早め、僕の顔を覗き込み。


「ブフッ」


 笑うな、このやろう。完全に目が、口が笑っているような表情になった。



 そして、そのままフルーゼンの街へと入る。起きようとするが、体が動かない。完全にさらし者だった。そして、良く見知った顔が、覗き込む。


「殿下。どうされたのですか? 大丈夫ですか?」


 カツェシュテルンで働く、エリスちゃんの顔が、僕の視界に入ってくる。


「うん。大丈夫だよ。あっ、そうだ、ヴィナールのお土産、買って来るからね」


「えっ、と〜。楽しみにしてます。だけど、わたしも、ヴィナール行く用事が、ありまして〜」


「えっ、そうなの?」


「はい、会ったらよろしくおねがいしますね〜」


「うん」


 ヴィナールに用事? なんだろう? なんか嫌な予感がするが……。考えるのをやめよう。頭、ズキズキするし。



 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト。


 あーるー晴れた~ひーるー下がり〜。街道へと続く〜みーちー。荷馬車は進む、僕を乗せて〜、これだと本当に、晒し者だよね。グータラ殿下は、馬に乗るのも億劫おっくうで、寝たまま荷馬車で出かけるんだね。なんて言われるんだろうな〜。等と考えたのだが、その心配は、杞憂きゆうだった。


「ねーねー。殿下、頭に凄いたんこぶあるね? 誰かに叩かれたのかな〜?」


 えっ!





「大変! 申し訳ありません! このフルーラ、一生の不覚ふかく! 殿下をヴィナールに送り届けましたら、腹かっさばいて、おびいたします!」


 いや、君どこの国の人だよ。腹かっさばいてお詫びするなんて、聞いた事がないよ。


「フルーラ、気にしないで良いよ。とりあえず、生きてるんだし、頭、痛いけど」


「申し訳ありません! わたしが、再び寝ようとする殿下に突進しなければ、このような事態には。大変、申し訳ありません!」


「わかったから」


「ありがとうございます。安心したらお腹すきましたね。お昼にしましょうか?」


「そうだね」



 切り替え早っ! まあそれが、フルーラの良いところだもんね。



 元はと言えば、僕がヴィナールへの旅に興奮してなかなか寝つけず、そのまま、朝をむかえたのがいけないのだ。それで、立ち上がっていた僕が、二度寝しようとベッドへと倒れ込もうとしたのをフルーラが突進して阻止! 僕は跳ね飛ばされて、頭から壁に激突。で、頭にたんこぶが出来たと。


 僕は気絶したが、出発しないといけないので、僕を荷馬車に乗せて、出発したようだ。


 そして、僕は荷馬車に乗せられ、馬にバカにされ、フルーゼンの街で、人々に晒し者になったというわけだ。うん、恨んでないよ。全然。



 ヴィナール公国の公都ヴィナールへは、6日程の旅路の予定だ。初日は、シュタイナー侯国のムルームという地方都市に泊まり、その後、ミューゼン公国のローヘンエール、ザーレンベルクス大司教領のザーレンベルクス。ヴィナール公国に入り、ランスウ、メルクルを通って、ヴィナールへと進む予定になっている。



 今日は、シュタイナー侯国のムルームに向けて、フルーゼンの街を東ヘ抜けると、森には向かわず、大きく森を迂回するように北東に進む、街道を進むのだった。



 一行は、僕と護衛騎士隊のみ。旅をするのもお金がかかる。そんな大人数で、旅は無理なのだ。


 護衛騎士達は、どこかウキウキしているように見える。道中の旅費も、食事代も、飲み代も、全てハウルホーフェ公国のお金で支払われる。おそらく護衛騎士達は、お土産のお金だけを握りしめて、ヴィナール公国へと向かっているのだろう。





「殿下〜。この辺りって元々、ハウルホーフェ公国の領土だったんすよね~。なんか悔しいっすね」


 ムルームへ向けて、東へと進み、シュタイナー侯国に入った時、アンディがそう声をかけてきた。


「アンディ、もう少し、ちゃんと話せないのか?」


 フルーラが、たしなめる。


「うっす」


「ハハハハハ、まあまあ、良いじゃない。他に誰もいないし」


「はっ」


「そうだね~。この辺りって確かに、元々は、ハウルホーフェ公国だったんだよね。まあ、その頃のことは知らないけど」



 そう100年近く前の出来事なのだ知っているわけがない。キャノーラの屈辱くつじょくだの。遠征に出たきり帰って来なかった皇帝とか、皇帝派と教主派とか不名誉な歴史だけを刻み、その当時のシュタイナー侯は、あきれ果てて、我が家を見捨てたのだろう。


「大きすぎると面倒だから、今ぐらいが良いんじゃない?」


「ふ〜ん、そんなもんかね」


「コラッ、アンディ。口の聞き方!」


「へ〜い」



 初日、シュタイナー侯国の田舎町ムルームに泊まり、東へと進む。多少のアップダウンはあるが、ゆるゆると下りなので、進むのは楽だ。帰りは、逆に延々ゆるゆると登るので、馬にとっては大変かもしれない。



「殿下。今日は、殿下も寝坊されず。このフルーラ、感動に身を焦がしております」


「うん。なんか頭ズキズキして、目醒めさめちゃったんだよね」


「そ、それは、申し訳ありません!」


「殿下。根に持つタイプなんすね〜」



 今日は、さらに東へと進み、ミューゼン公国へと入る。ミューゼン公国。大都市ミューゼンを中心とした大きな国だ。今回は、南を通り抜けるだけだが、比較的大きな街が多く、うらましい限りである。


 ミューゼン公国の人々は、郷土愛が強く、開放的で明るいが、排他的はいたてきでもある。だから、他国の人間にとって、観光するのは良いが、住みにくいと言われている。


 二日目は、そんなミューゼン公国の、ローヘンエールへ泊まる。大きな市場のある、綺麗な街だった。





 そして、三日目ヴィナール地方へと入る。ヴィナール地方には入ったが、国名的には、ザーレンベルクス大司教領。





「グーテル殿下、ご無沙汰致しておりました」


「大司教も、元気そうで、なりよりです」


「元気ではないですよ。あなたの叔父上にチクチクといじめられて、胃に穴が開きそうです」


「まだ、やってるんですか? 領土争い」


「わたしとしては、止めたいのですが、あちら様が、しつこいので」


「そうですか。大変ですね~」


「グーテル殿下、他人事みたいに言わないでくださいな〜」


「他人事で〜す」



 ここザーレンベルクス大司教領は、叔父様の支配するヴィナール公国と、隣接している。そして、その境界に川が流れている。


 ザーレンベルクス大司教領は、塩がかなりとれる、それを教会の専売品せんばいひんとして売ることによって国力を増大させたのだが、その塩を運搬うんぱんし売るのに、川は重要なのだ。


 今までは、川の通行を自由にし、税金などもかけていなかったのだが、叔父上は、その川を武力占拠し、川の通行に税金をかけたのだった。


 これに対して、ザーレンベルクス大司教も、文句を言ったが、取り合ってもらえず。ついには、軍事衝突に発展したという。


 戦闘後の話し合いで、まあ、税金下げる、そして、川のザーレンベルクス大司教領側の岸は、ザーレンベルクス大司教領の管理にする、と決まったそうだが、ヴィナール公国の実効支配が、続いているそうだ。大変だね。



「お祖父様には、話しておきますね。では、僕はこれで」


「よしなに。おっ、忘れておりました、グーテル殿下、せっかく来られたのです。音楽聞きながら、食事でもいかがでしょうか?」


「え〜と……」


「さあさあ、殿下。行きましょう」


 僕は、手を引かれ引きずられるように、教会の奥へと連れられて行った。フルーラ達も続く。





 オルガンがひかれ、朗々と吟遊詩人が歌い上げる。


「殿下、いかがですか? やっぱり良いですね~。ナイトハルト・フォン・ロイエンタールのミンネザングは。もう少し、前の時代に生まれ、直接彼の歌を聞きたかったですな~」


「はあ」


 あれ? ナイトハルト・フォン・ロイエンタール聞いた事があるような。お祖父様からだっけな? お祖父様も、ミンネザング好きだもんな〜。


 ちなみに、双璧とか鉄壁の人では、ないですよ。



 ミンネザングとは、マインハウス神聖国で流行っている歌だ。ミンネザングとは、愛の歌という意味で。騎士道精神や、宮廷の愛を歌った歌が、多い。


「ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデも良いですが。わたしは、やはりナイトハルト・フォン・ロイエンタールの作品が好きですな~。なにせ名前が洒落ている。悲哀の騎士とは」


「はあ」


 眠い。こういう音楽は、興味があまりない。早く終わってくれ〜。心の中で叫ぶ。


「ナイトハルト・フォン・ロイエンタールは、ミンネザングの革命家ですな~。宮廷の中で、定型化したミンネザングを、庶民的なものとして、さらにパロディーにして、風刺的に表現し、さらに官能的にする。なんと素晴らしい!」


「はあ」



 お祖父様とは趣味があって、仲良いようだけど、僕にまで押し付けないで欲しい。



「さらに……」


 終わらない。眠い。



 こうして、三日目は夜遅くまで、教会でミンネザングを聞くことになったのだった。

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