第9話 狩猟な日③

 僕の獲ったヤマウズラは、アンディによって、血抜ちぬきされるところだった。アンディは、小刀を使って、首を切り落とし、頚動脈を切断、逆さまにして血を抜いていく。


「ぐえっ。アンディ、き、き、貴様。ごぼ、ごぼ。うっ。く、苦しい。血が〜、血が〜」


「殿下。変なアテレコやめてくださいよ」


 アンディは、血を抜いたヤマウズラを、今度は腸を除去するために、腹の羽根はねをむしり、腹の皮を腸を傷つけないように薄く裂き、腸を切り出す。


「アンディさん。やめて痛いは、むしらないで。いやよ。あっ痛い。私の腸が。あ〜」


「だから、殿下やめてくださいって。ほんと、も〜」


 心底嫌そうな顔で、アンディがこちらを、見つめる。


 僕は、ヤマウズラの頭を持って、アンディの方に向け、くちばしをパクパク動かしながら、


「そんなに、怒っちゃいや」


「いや、もういいっす」


 アンディが、不貞腐ふてくされた。



 このように、狩猟で捕獲した獲物は、血抜きをしたり、内蔵を取り出したりして、肉の味の劣化れっかを防ぐのだ。


 本来なら解体したほうが良いのだが、屋外で設備もなく、清潔せいけつでもないので、血抜きと、鳥などは、腸を抜いて運んで、解体することになるのだ。



 僕とアンディがこんな事をやってる間も、狩猟は続いていた。


「そんなへっぴり腰だと、クロスボウの反動で、矢がぶれるぞ!」


 とか、


「目線がずれてるぞ! それだと、当たらないぞ!」


 とか、ガルブハルトや、指導官の声が聞こえてくる。


 振り返ると、まだ新しく捕獲された獲物は、なさそうだ。



 若い騎士達は、順番を待つ間に、台座だいざの上に矢をセットし、取っ手を回すとつるが引かれ、順番がきたら照準を合わせ、引き金を引くと、矢が飛んでいく。


 このクロスボウは、比較的素人でも、矢を射ることが出来る。しかし、やはり経験しないと当てる事は難しい。動かないまとなら当てる事は出来ても、実際使うのは戦場だ。相手は、動く人間なのだ。


 そこで、狩猟を行うことによって、動く獲物を射る訓練をしようってことなのだ。まあ、緊張感は、全然違うと思うけど。



「では、また殿下おねがいします」


 ガルブハルトが僕に声をかける。どうやら、また僕の順番のようだ。が、


「いいよ。また後で」


「はっ、かしこまりました。では、次!」



 僕は、若い騎士達が獲物を獲るところを、少し眺めることにした。若いといっても、少なくとも僕よりは、2歳以上は、上なのだけれど。


 だけど狩猟に関しては、経験値が違う。十歳位からお父様に連れられて、狩猟に来ていた。さらに、先年、僕は初陣も済ませた、民主同盟と、ヒールドルクス公国の戦いに、援軍としておもむいたのだった。


 結果は、ヒールドルクス公国軍の惨敗ざんぱいで、僕達は、ヒールドルクス公国軍の撤退を援護する形で参戦した。悲惨ひさんな戦いだったのだが、話すのはまた後日としよう。



 僕は、若い騎士達の狩りを眺める。クロスボウから放たれた矢は、見当違いの方に飛んだり、射程を見誤って届かないなんて事は無かった。少なくとも、数度の経験と指導で、獲物の周囲には飛ぶようになっていた。だが、だいたい通過した獲物の後方を、矢が通過するなんて事が多かった。


 まあ、巻狩まきがりで追い込まれて、飛んでいる鳥をつのは、かなり難しいので、当たり前なのだけどね。群れで休んでいる鳥に、そーっと近づいて射るのとは、わけが違うのだ。



 と思って見ていると、勢子せこというか、ガシャガシャと音をたてて追い込んできた騎士達が見えてきた。すると、その前方に大型の動物も、数頭見えてきた。



「鹿がいるぞ!」


 ガルブハルトの大声で目をこらすと、どうやら本当に、鹿のようだった。鹿は、ガルブハルトの大声にびっくりして、こちらを、見た。そして、引き返そうと、後方に走りかけるが、そちらにも人がいるので、立ち止まり、今度は、左右に駆けては引き返しながら、少しずつこちらに近づいてきた。


「構え! 放て!」


 ガルブハルトが、戦場でのように指示を出す。すると、クロスボウから、矢が次々と放たれて、鹿の周囲に落ちる。


 左右や、前後に不規則に素早く動く鹿に、矢は、なかなか当たらない。


 しかし、ある程度近づいてきた時、1本の矢が、鹿へと刺さる。結構良い場所に当たったのか、鹿がよろけて、動きもにぶった。すると、次々と矢が当たり、ハリネズミとはいかないが、七、八本の矢が刺さり、そこから出血も見られるが、急所に当たってないようで、鹿は、よろよろと逃走を続ける。これはかわいそうだな。痛そうだし。ガルブハルトの顔もくもっていた。


「申し訳ありません。殿下、おねがいします」


 ガルブハルトは、僕にとどめをさすように言うが、う〜ん。これは、


「アンディ、お願い」


「はい」


 そう言うやいなや、アンディは、素早く、鹿へと駆け寄り、剣を一閃いっせん。鹿の首をはねる。簡単に見えるけど、難しいんだよあれ。筋肉に垂直に剣を入れ、鹿の頸椎けいついと頸椎の間を通し……って、やめておこう。


「ドウッ!」


 鹿は、横倒しに倒れ、心臓の拍動はくどうに合わせるように、首から血が流れ出す。うん、血抜き良く出来そうだ。残酷ざんこくだけど、これが狩猟なのだよ。うん。



 そして、アンディの動きを見ていると、はね飛ばした鹿の首を持って、ニヤニヤ笑いつつこちらに歩いてくる。そして、僕に、鹿の頭を渡す。ん? なに? アンディ? ああ。



 僕は、若い騎士達に、鹿の頭を向け、口をパクパクさせながら、


「あんまり、チクチク刺さないでね。やるときは、ズバッと急所を、おねがいします。急所は、首の根元と、左側の胸部だよ」


「は、はい」


 若い騎士達が青ざめた顔で、返事をする。その横で、ガルブハルトが頭を抱えて、首を横にふっている。


「アンディは、自分がやられて嫌だった事を、他人にやってほしかったんですね。本当に嫌な性格ですね」


 と、フルーラ。


「そうだね〜」





 その後も、休憩しつつ、場所を移動しつつ、そして、射手いしゅも交代しつつ、数回狩猟を行った。


 そして、初日の狩りは終わったのだが、狩猟が、始めての騎士達がいたわりには、まあまあの成果だった。



 そして、夜、その成果の一部を夕飯として食べる。さっそく、ベテランの騎士達が、獲物を解体し、というか内蔵を取り出して、火にかけて丸焼きにする。まあ、よく焼けば大丈夫という料理だ。


 内蔵も、一部の騎士達が、こっそりと焼いて食べているが、僕は詳しくないので、食べない。というか、マスターや、一流の料理人が処理してないのは、怖くて食べれない。申し訳ないが。


 ガルブハルトいわく、鹿の生肉や、鹿の心臓を軽くあぶったのとか、レバーを炙ったのとか、美味しいそうだけどね。





「フルーラ、例のやつ持って来て、やっぱりジビエには、あれだよね」


「はっ、かしこまりました。おい! 例のやつだ!」


 どうやらフルーラが、取りに行くわけではないようだ。


 アンディと、もう一人の護衛隊の平隊士が、走って行くと、しばらくして、素焼きの壺を持って帰って来た。そして、それを、用意されたカラフェへと注ぐ。真っ赤な液体が注がれる。それを、僕は、陶器のカップへと注ぐ。赤ワインだ。



 この周辺や、さらに北方では、エルプリングや、リースリングといった品種を使った、白ワインが作られているが、肉には赤ワインだと、僕は勝手に思っている。


 今回は、マインハウス神聖国の南方、神聖教教主領の周辺で作られた赤ワインを運んできたのだ。やや甘いのと、微発泡びはっぽうしているのが、玉にきずだが。


 あっ違うよ。わざわざ自分のために、南方から運んで来たわけではなく。ちゃんとフルーゼンの街で売られていたものを、買ったんだからね。



 ガルブハルトが、立ち上がる。そろそろ乾杯をして、食事の開始のようだった。


「皆、ご苦労だった。今日は疲れたと思うが、明日もある、しっかり食べて、しっかり寝るように。では、殿下、食事前の祈りを、おねがいします」


「えっ、僕?」


「はい」


「う〜ん。じゃあ、一言。僕達人間は、他の生き物の生命を、かてに生きています。動物も植物も、命ある生き物です。命を食べる重みを心に刻み、これらの食べ物を与えてくれた神に感謝して、食べましょう。アーメン。いただきます」


「アーメン。いただきます!」



 僕は、さっそく鹿肉に、かぶりついた。ただ焼いて、塩をかけただけだが、逆に濃厚な、肉の味を感じた。口の中にあふれ出す、ジューシーな肉汁にくじゅうが、舌でおどる。


 そして、それをやや甘口のワインで流し込む。マスター曰く、鹿肉などは、ベリー系などの甘酸っぱいソースにも合うそうだが、確かに。やや、プラムを思わせる赤ワインの味が、この鹿肉にマッチして、新たなハーモニーをかなでていた。これは、美味しい。


 単独で食べると、やや臭みを感じる鹿肉だった。たぶん、チクチクやられたことで、恐怖心やストレスで、身に雑味ざつみが入ったのだろう。かわいそうに。


 まあ、それは置いておいて。この臭みが、逆に赤ワインと合わせると、不思議なスパイスになる、不思議だ。



 他にも、ウズラなどの鳥や、ガルブハルトが仕留めた、いのししの肉を食べつつ、ワインを飲む。こうただ焼いただけだと、鳥の肉の方がジューシーで、固くなく美味しい。


 周囲で共に食べている、フルーラや、アンディも満足そうだ。護衛隊士も、周囲で、ワイン飲みつつ話していた。


 そして、ガルブハルトは、素焼きのジョッキで常温のビールを飲みつつ、騎士達の中を歩き回る。まめだね~。



 うん、美味しかった! 御馳走様でした。

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