第10話 狩猟な日④

 夜、一人テントで寝ていると、外からガルブハルトと、フルーラが話しているのが聞こえてきた。どうやら僕は、すでに深く眠っていると思っているようだ。わざとらしく、寝息を出しつつ、話を聞いた。


「しかし、殿下は、食事のあいさつを聞いて思ったのだが、真面目というか、堅苦かたぐるしいと言うのか。普段の行いと、言動が合わないな。いや、悪い意味でなくてな」


「ええ、わかってます。ガルブハルトさんの言わんとすることは」


「そうか」


「殿下は、不真面目ふまじめよそおってますが、そうではないのです」


「そうか? そこは違う気がするが……」


「いいえ。殿下には、我々では及びもつかない、深い深い思慮しりょがあるのです。先年の殿下の初陣の時です、殿下は、あえて朝寝坊して、負け戦への参戦を避けたのです」


 僕は、心の中で、叫ぶ。


「やめて〜、やめてくれ〜。フルーラ! 本当に、ただ寝坊しただけなんだ〜」


「そう言えば、そうだったな。確かに、あれで騎士団や、兵士に無駄な死人が、出なかった」


「ガルブハルトまで、同意するな!」


「そして、覚えてますか、殿下のあの時の言葉を。民主同盟の兵士達が、逃げ惑うヒールドルクス公国の兵士達を背後から襲撃して、わたし達が、騎士道に反する行いだと、怒りに任せ、襲いかかろうとした時の事を」


「ああ、覚えている。彼らは、農民や、市民で、騎士じゃない。あくまで自分達の、土地や家族を守ろうと必死で戦っているだけだと、言われたのだったな。それを考えると、フルーラの言わんとしていることもわかるな」


「確かに言ったな〜。だけど、深い思慮だったかな〜。確か、あのまま戦ったら、巻き込まれて危なそうだった、からな気がするが……」


「そうです。そして、殿下は、自ら講和の使者として、敵陣に赴かれ、見事講和に持ち込み、ヒールドルクス公国軍は、全滅をまぬがれたのです。く〜。今でも、鮮明せんめいに覚えております」


「そうだったな。我々騎士団と、兵士が時間稼ぎの戦いをしているうちに、自ら行かれたのだったな。確かに見事な手際だった」


「ほんと、意外と話のわかる人達で、良かったよな〜。民主同盟の指導者のタイラーさんと、シュタインナッハさんだっけ? あまり考えずに敵陣に向かったけど、あっさり講和が了承りょうしょうされたもんな〜。まあ、一方的な殺戮さつりくは、あちらも望むところではないっていうのもあったろうけどね」


「そうなんです。殿下は、稀代きだいの名君で、生まれながらの天才なのです。ですが、それを、あえて今は、表に出さないように、まだ、やる気のないふりをされているのです」


「なんか、俺もそんな気がしてきたな。まあ、俺は殿下と気さくに飲める今が、好きなんだがな〜」


「やめて、やめてくれ〜。そんなんじゃないんだよ〜。まあ、普通にちゃんと考えるようにはしているけど、持ち上げ過ぎだよ〜」


 僕は、フルーラと、ガルブハルトの話を聞きながら、一人、もだえていた。





「殿下、殿下、朝ですよ!」


「うん、もう少し、フルーラ」


「駄目です、起きてください! エイヤッ!」


「グエッ! フ、フルーラ、お、おはよう〜」


「殿下、いつにもまして、眠そうですね」


「そう?」


 そりゃ、あんな話しされたら、なかなか寝付けないよ。





 僕達は、起きて、パンとチーズの簡単な朝食を済ませると、再び移動しつつ、狩りを行う。



「殿下、お見事!」


「うん」


 僕は、夜、皆で食べるために頑張って獲物をとっている。今日食べる獲物は、今日獲る。やはり新鮮な肉が一番。まあ、肉は腐る寸前が、美味しいって言う人もいるが、一歩間違えれば食中毒。


 今は、そんなに上手く腐る寸前の肉を、作成することは出来ない。なので、長期間保存するためには干し肉になってしまう。干し肉は、まあ非常食だな。僕にとっては。



 そして、帰り道。ガルブハルトが、寄ってくる。


「殿下。殿下も、カッツェシュテルン寄って行かれますか? 帰り際に寄って、獲物を渡そうと思うのですが」


「う〜ん。そうだね、顔だけ出そうかな? 夜は、もちろん行くよ」


「ガハハハ。かしこまりました。フルーラに捕まらないように、おねがいしますよ」


「目の前で話されると、さすがに、どう言って良いか困るのですが……」


 と、言ってフルーラが僕と、ガルブハルトを交互に見つめる。


「だそうです、殿下。ガハハハ」


「フルーラ、夜出かけちゃ駄目?」


「そうですね〜。殿下には、深い思慮があるのですから……。良いかと」


「良かった。そうだ、フルーラも来る?」


「えっ、わたしですか? 殿下には、申し訳ないのですが、家でのんびりしたく思います。どうも、見知らぬ人が集まると、緊張してしまいまして」


「そう。だったら無理じいはしないよ」


「ありがとうございます」



 フルーラとの話が終わると、また、ガルブハルトが、


「ところで、殿下。カッツェシュテルンに持って行く獲物ですが、鹿1頭、野うさぎ1頭、ヤマウズラ2羽、マガモ2羽でよろしいでしょうか?」


「そのへんは、ガルブハルトに任せるよ。マスターと相談して」


「はっ、かしこまりました」


 僕はそう言って、視線を前方に向けたのだが、その時、僕の目にガルブハルトの馬の背にくくられた、袋が一瞬目に入った。



「ガルブハルト。その袋、何?」


「ああ、これですか」


 ガルブハルトは、そう言いつつ、袋を持ち上げ、袋の口を広げながら僕に見せる。


「キノコや、木の実や、香草です」


「へ〜。ガルブハルト、こういうの見つけるの得意だもんね」


 袋の中は、黄色や茶色のキノコ、赤や紫の木の実、そして、色々な形の香草でいっぱいだった。


「そうですね。傭兵ようへいだった親父おやじに連れられて、幼い頃からあちこち引っ張り回されましたからね。食事にも困った時があったり、自然と得意になりましたよ」


「ふ〜ん、そうなんだ。そうだ! ガルブハルト、今度、採り方教えてよ」


「えっ! そうですね。かしこまりました。今度は、キノコ採りでも、行きましょう」


「よろしくね。ガルブハルト」


「はっ」



 こうして、僕達は再びフルーゼンの街へと帰って来た。そして、騎士団が城へと帰る中、スッと列を抜け出して、カツェシュテルンに寄る。カツェシュテルンのお店の扉には、本日貸し切り営業と書かれている。


「マスター、結構、捕れたよ。後はよろしくね~」


「これは殿下。ご苦労様でした。さっそく調理させて頂きます」





「お肉、お肉、美味しいお肉!」


「殿下、もう少しお待ち下さいね。あっ、そうだ。エリスちゃん、そのスープ出来ていると思うから、よそって皆さんにお配りして」


「は〜い」


 マスターの指事で、エリスちゃんは、スープをよそい、僕達の前にカップに入ったスープが出てきた。見た目は毎朝飲んでいる野菜スープだ。僕は、一口飲む。すると、


「何これ? 美味しい。なんか野菜だけじゃなくて、濃厚な味がする」


「ありがとうございます。鶏ガラをベースに、野菜スープを作ってみました。後、ガルブハルトさんが取って来てくれた、ローズマリーの葉をちょっと入れてます」


「鶏ガラ?」


「ええ。わたしの国では、良く使われているのですが、今回はマガモを捌いて、残った部分を使ってます」


「へ〜」


 なんて話しているうちに、フルーゼンの街にある呑処カッツェシュテルンに、徐々にガルブハルトや、常連客も集まって来ていた。


 僕は、夕方になるとすぐにアンディと共にやって来た。一番乗りだった。で、そのアンディは、僕と一緒に早めに来ていたのだが、常連客の若い女性客達と奥の方で、何か話している。なんか見ちゃいけないような気がして見ていないが。



「殿下楽しみですね〜。狩猟、ご苦労様でした」


 オーソンさんが入って来た。



「お疲れ〜! マスター」


「あっ、すみません。今日うち貸し切り営業なんですよ」


「え〜、そうなの。しょうがないな〜。また来るわ〜」


 ミューツルさんが入って来て。また、出ていくが、すぐに入って来て。


「いや。俺も呼ばれてたでしょ。誰か止めてよ」


「ハハハハハ」


 こんなショートコントが展開されつつ、常連客が徐々にそろう。知らない人もいるが、マスターや、エリスちゃんに教えてもらった。



 今いるメンバーは、僕と、アンディ、そして、ガルブハルト。そして、オーソンさんに、ミューツルさん。さらに、アンディと話している、若い女性達が、リリスさんとエストリエさん。


 そして、僕より少し上の年齢で、親から受け継ぎ、フルーゼンの街近くに小さな領地を持った、領内諸侯のグーゼル男爵。さらに、元ミューツルさんの弟子で今は、他の職人さんの弟子をやっている、タングミンさん。後は、まだ来ていないが、2人ほど来るらしい。


「プハー。やっぱり仕事終わりの一杯は、最高だね〜」


「ミューツルさん。本当に美味しそうに飲みますの~」


「いや、オーソンさん。本当に美味いんだよ」


「フォフォフォ、そうですか」


「仕事終わりの一杯じゃないだろ〜。仕事しながら飲んでるくせに」


「コラッ、タングミン。余計な事言うんじゃない!」


「それは、人として、どうかと思いますよ」


「フォフォフォ、グーゼル殿。ミューツルさんは、人じゃないから良いそうだ。の~ミューツルさん」


「オーソンさん、それはひどいよ。いや、俺も人だって。ね~、殿下?」


「う〜ん?」


「いや、殿下、そこは肯定してよ」


「ハハハハハ」


 なんて馬鹿っぱなしをしているうちに、どうやら一品目の料理が出来たようだ。



「皆さん〜。料理が出来ましたよ。配りますね」


「は〜い」

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