第8話 狩猟な日②

 僕達が中庭へと出ると、すでに護衛隊士は集結して、出発の準備をしている。少し離れた場所では、ガルブハルトの下、騎士団も出発の準備をしていた。良く見ると数人の騎士が、緊張した面持おももちで、準備をしている。新入団の騎士かな? 


 よしっ! 僕は、一人騎士団の方に、足を進めた。フルーラは、護衛隊士に何やら指示をしている。アンディも、僕の方をちらっと見たが、ついてくる気配は無かった。


 まあ、自分の国の騎士団だし、ガルブハルトもいるから心配ないと、思ったのだろう。それに僕だって、それなりに剣は……。あっ、部屋に忘れた。後で、アンディに取ってきてもらうか~。



「おはようございます。殿下、我ら騎士団本日は、同道どうどうさせて頂きます。よろしくお願い致します」


「うん。よろしくね。で、一言、挨拶あいさつ良い?」


「はい、もちろんです。よろしくお願い致します」


 ガルブハルトは、騎士団の方に向き直り、声をかける。空気がびりびりと震える。なんて大声だ。だが、戦場において、この声は重要なのだそうだ。


「おい! 全員注目! 殿下が挨拶をくださる。心して聞くように! 殿下、よろしくお願い致します」


 僕は、ガルブハルトの横に立ち、騎士団を見渡す。


「ええ〜。今日は、よろしく。皆さんの訓練を兼ねた狩猟に、同道させて頂きます。邪魔しないようにするので、温かい目で見守ってくださいね」


「はっ!」


「では。あっ、そうだ。入ったばかりの新入団騎士もいると思うけど、始めての事ばかりだから、出来なくて当たり前、わからない事あったら、先輩騎士に躊躇ちゅうちょせず聞くと良いよ。優しい先輩ばかりだと思うから」


「は、はい!」


 新入団の騎士達なのだろう。上ずった声が返ってくる。もう少し緊張をやわらげよう。


「ガルブハルト。あまり厳しくしないようにね」


「はっ!」


「あまり新入団騎士を出来ないからって、抹殺まっさつすると、来年から入る人少なくなるから、ほどほどにね。ほら、去年の新入団騎士の血が、まだウォーハンマーにこびり付いてるよ〜」


「ひ〜!」


 並んだ騎士団の列から、悲鳴が聞こえた。まあ、笑い声もあったけど。


「殿下〜。冗談でも、そんな事言わないでくださいよ〜」


「あれ? 駄目だった?」


「はい」


 ガルブハルトが、困ったような顔で僕を見つめる。ごめんなさい。





「ハハハ! あのガルブハルトさんの顔。さすが殿下〜。ハハハ!」


「こらっ! 笑うなアンディ。ガルブハルトさんに失礼だろ」


「はいはい。気をつけますよ。隊長」


「貴様。まあ良い。今日は、わたし機嫌が良いからな」


「へ〜。それは、ありがたいことで」



 こうして、僕達は、ハウルホーフェ城を出発。ガルブハルトが先頭を行き、その後に騎士団が続く。そして、最後尾に僕と護衛の騎士5人が続く。


 騎士団。といったが今回出るのは、全騎士ではない。


 我が国は小国だが、他の国々と同じように主戦力は騎士だ。総勢300人の騎士がいるのだが、それはあくまで総勢。


 その中には、我が領内の諸侯に仕える騎士達や、自由騎士と呼ばれる普段は他の仕事をしている騎士、さらに、数が足りない場合に、お金で雇われて戦争の時だけ加わる、傭兵騎士もいる。



 我が家に、直接仕えている騎士は、100人ほどだが、その中でも、上級、下級というのはおかしいが。従士じゅうし家士かし、言い換えると、家臣と下人げにんと言った方が良いか? がいるのだ。さらに自由騎士もいるからややこしい。


 従士は馬に乗り、家士は徒歩。後、装備においても従士の方が良い。自由騎士は、それぞれの自前の装備なので、まちまちだ。


 で、今回は、若い騎士を中心に48人が参加した。内訳は、仕事の都合がついた自由騎士が5人。従士が15人、家士が28人となっている。これに、僕の護衛騎士5人。合わせて、54人。これが狩猟に参加する人数だ。



 護衛騎士5人は、全員従士である。さらに、護衛隊独自の、統一された装備をしている。他の騎士達が、チェインメイルや、チェインメイルの上にブリガンディン、コートオブプレートと呼ばれる鎧を着ている中、プレートアーマー。


 プレートアーマーは、比較的軽量だし、見栄えが良い。これは、僕がお祖父様に駄々をこねて……、もとい頼んでもらったものだ。


「制作している所が少ないし、高いのだぞ。まあ、だが、グーテルが言うなら、仕方ないか。ハハハハハ!」


 だそうだ。フルオーダーで、さらに意匠いしょうを彫ってもらった、その請求書を見て、さすがのお祖父様も、目を見開いていたな~。ハハハ。


 自分の分もあるが、ほとんど着ていない。だって重いんだもん、仕方ないよね。僕は普通の服で充分。





 僕達は、城のある丘を下ると、フルーゼンの街中を通り、今日は、広大な森の広がる東へと向かう。その広大な森が、今回の狩猟場だ。所々に猟師りょうしも住んでいるので、その周辺は避ける。


 それぞれの猟師に許可された狩猟場があり、それぞれの猟師は、そこで狩猟を行っている。結構大きい場所を与えられており、さらにその場所で獲物が少ない場合、領主の許可をもらって他の場所での狩猟も可能なのだ。


 問題は、猟師のいない深い森で、けものが増えすぎて食べ物がなくなり、実りの秋をむかえる耕作地に出てきて、作物を食い荒らさないようにするためだ。まあ、人間の自分達に都合の良い、屁理屈へりくつとは思っているが。今は、難しく考えないようにしている。


 とりあえず美味しい肉を獲って、マスターに料理してもらうことだけ、考えよう。お肉、お肉、美味しい、お肉。


「お肉、お肉、美味しい、お肉」


「殿下。あまり、変な歌は、歌わないほうが良いかと」


「えっ。フルーラ、僕、歌ってた?」


「はい、結構な大声で。その前に素敵なお話をされていたので、感動していたのですが」


「えっ! 僕、何話してた?」


「あれですよ。人間の都合の良いとか、何とか」


「アンディ! 貴様。殿下のありがたいお話、ちゃんと聞いていろ! まずはだな……」


「へいへい」


「アンディ!」



 逃げるアンディ、追うフルーラ。馬に乗った二人の追い駆けっこをみつつ。僕は、少し反省した。なんか考えていること、すべて話していたようだ。う〜ん。気をつけよう。





「よし。この辺りで良いだろう。全員集まれ!」


 ガルブハルトの大声が、響く。



「殿下まで、並ばないでくださいよ〜」


 僕も一緒にガルブハルトの前に並んだのだが。それを見て、ガルブハルトのなさけない声が響く。フルーラも一緒にいたけど、注意されなかったぞ。



 僕は、今度は、ガルブハルトの後ろに立って、騎士達の準備を見る。


「そうだ。横に広がれ。もっとだ。等間隔だぞ!」


 馬に乗っていたものも下りて、騎士達は、横へ横へと広がっていく。



「両端の者は、少しずつ前進だ! 隣の者も間隔を空けて前進だ!」


 そして、広がった両端が前に歩き、内側の者達は、中央の人間だけ動かず、少しずつ前進し、半円形を形成する。


「では、俺が合図したら、出来るだけ騒ぎながらゆっくり前進するんだぞ!」


「はい!」


 ガルブハルトの指示が終わると、僕の方を向いて、


「殿下、では我々は、この半円の中心に参りましょう」


「うん」


 僕達は、ガルブハルトに連れられて移動を開始する。護衛隊士も続き、さらにクロスボウを持った若い騎士数人も、緊張した面持ちで続く。その隣には、指導官らしき騎士もいる。


「ガルブハルト、彼らが、撃ち手?」


「はい。練習で的を射たことはありますが、実際に獲物を射た事はありませんので、殿下にもご迷惑かけるかとは、思いますが、どうぞ、よろしくおねがいします」


「うん。任せてよ」



 しばらく歩くと、ガルブハルトが立ち止まり、大声で合図する。


「始めろ!」


 すると、遠くからガシャガシャと、鎧の金属音や、騒ぎ声が微かに、聞こえてきた。そして、その騒ぎ声は、少しずつだがこちらに近づき大きくなってくる。



「では、殿下から、御準備よろしくおねがいします」


「うん」


 ガルブハルトに言われ、僕は列を離れ少し前に出た。意外と弓は得意なんだよね。僕は、フルーラからロングボウを受け取ると、構えつつ、前方を見つめた。



 しばらくすると、半円形に配置された騎士達が、追い込んできた、動物達が、こちらの方へとやってくる。まずは、鳥達が飛んできたようだ。


「殿下! 鳥です。え〜と、食べれる鳥は? ヤマウズラがいますね」


 と、ガルブハルトが指差すが、僕にはまだ点にしか見えない。弓を構えつつ、しばらく見ていると、ようやく鳥だと見分けがついた。


 よしっ。僕は、ヤマウズラの飛行経路を予想しつつ、弓を引き絞り、矢の先端で狙いをつける。自分の射程圏内に入るのを心を落ち着かせて待つ。狙いは、首の根元。


「ヒュッ!」


 矢はまっすぐとヤマウズラに向かい、狙い通り、ヤマウズラの首の根元に刺さる。すると、ヤマウズラは、錐揉きりもみしつつ下へと落ちる。


「お見事!」


 ガルブハルト達の感嘆の声が、聞こえる。よしっ!

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