第7話 狩猟な日➀

「殿下、殿下、殿下。起きてください。殿下、殿下、殿下!」


「う〜ん。お……。く〜」


「殿下、殿下! エイッ!」


「グハッ! えっ。あ、あれ? おはよう、フルーラ」


 そう言いつつ、僕は、窓の方を見る。朝焼けが見えた。


「もう少し。ねる……ね。グハッ!」


「殿下。寝ては、駄目です」


「うっ、ぐぐぐ。フルーラ。何だっけ?」


「今日は、狩猟に行かれると、殿下が」


「あっ、そうだった。そうか〜、起きないとね~。でも、眠いや。おや……」


「エイッ!」


「グハッ!」



 こうして、僕は起こされ、着替えを済ませると、今日は、聖堂へと向かう。聖堂では、司祭様により、朝のミサが行われる。


 今日は、早起きした……させられたので、そのミサに参加するのだ。



「殿下。しっかり目を開けて歩いて下さい」


「ほひ。しっきゃりあけちぇるよ。はいほうふだよ。うふ。く〜」


 ガンッ!


「あっ、ごめんなさい」


「殿下、壁に謝っても、しょうがないかと」


「えっ。そうなんだ。えっと、フルーラ」


「はっ」


「おんぶ」


「は?」


「だから、おんぶ」


「殿下〜。子供では、ないのですから」


「僕、子供だよ。頭脳は子供、体は……」


「殿下。それ以上は言わないでください! 色々、問題があるので。しっかりなさってください。わたしが怒られるのですから」


「は〜い。ごめんなちゃい、フルーラおねえちゃん」


「は〜〜〜〜〜〜〜〜」


 フルーラの深いため息が、ハウルホーフェ城の大理石の廊下に響く。





「殿下。ご無沙汰しております。久方ひさかたぶりにお顔を拝見できて、この上ない喜びです」


「司祭様も、元気そうで何よりです」


「ありがとうございます。出来れば、わたくしの寿命がきぬうちに、もう一度お会いしたいものです」


「う〜ん」


「殿下?」


「それは、難しいかな?」


「殿下〜」


「殿下〜」


 そばに立っていた、フルーラと、司祭様のなさけない声が響く。



「心を尽くし、力を尽くし、あなたの神、しゅを愛しなさい、隣人を自分のように愛しなさい 。敵を愛し、自分を迫害はくがいする者のために祈りなさい。さすれば、皆が神の身元みもとに行けるのです。さあ、祈りましょう。父と子と精霊の御名みなにおいて、アーメン」


「アーメン」



 司祭様の、眠くなる長い……有り難いお話を聞き、祈りをささげ、ミサは終わったと思ったのだが、突如、司祭様が、


「さて、今日は、珍しくハウルホーフェ公国の殿下がお越しになりました。まあ、私としては、もっと来てほしいのですが」


「ハハハ」


 聖堂に笑い声が響く。何がおかしいんだろうか?


「そこで、殿下に一言、挨拶を頂こうと思います。殿下、よろしくおねがいします」


「えっ! ああ、わかりました」


 僕は、司祭様のいる、聖堂の壇上だんじょうに上がると、皆の方を振り返る。結構いるのね。ガルブハルトもいるんだ。意外と真面目だな。アンディもちゃんといるな~。ところで隣にいる女性は誰だろ? あっ、マスターだ、店の常連客もいる。後で、挨拶しとこう。



 僕は、皆を見渡すと、話し始めた。


「皆の働きのおかげで、この国の今日こんにちがあると、僕は思っています。司祭様は、隣人を愛せよって言ってたけど、僕にとっては、みなが、隣人です。みなさんを愛してます。なので、みなさんも、僕を愛してください」


「殿下〜。愛してるぞ〜」


「ありがとうございます。みなさん、僕を愛して、頑張って働いてください。そうすれば、僕の仕事が、楽になるのです」


「で、で、殿下〜」


 フルーラが慌てて、声をかける。


「ハハハ。頑張るぞ〜、俺たち〜」


「良いぞ。それでこそ、グータラ殿下だ!」


「愛すぞ〜。働くぞ~。平和にするぞ〜」


「グータラ殿下! バンザイ!」


「グータラ殿下! バンザイ!」


「グータラ殿下! バンザイ!」


 皆の場違いな、バンザイ三唱さんしょうを聞きつつ、司祭は、フルーラに話しかける。


「ホホホ。殿下は、人気者ですな~」


「司祭様。その申し訳ありません」


「ん? フルーラ殿、何がじゃ?」


「へっ? いえ、何でもありません」



 そんな時、聖堂の片隅かたすみでこんな話がなされていた。


「殿下って、本当に、人気なのね。私のお父様とは、大違い」


「そうですな。殿下の言動は、演技なのか、本気なのか。領民と共に、酒場で飲んだりされる方ですからな〜。あの型破かたやぶりで、あいらしい殿下を、みんな好いてますな」


「そうね。だから、ここには、民主思想が入って来ないわけね」


「まあ、ツヴァイサーゲルド地方ほど、貧しい土地でもないし、強権きょうけん的な領主も居ないっていうのも、あるんでしょうが。あの殿下の、公明正大こうめいせいだいかつ、自由奔放じゆうほんぽうさの影響は、大きいでしょうな」


「ふ〜ん。本当に、面白いわね。グータラ殿下」


「はい」



 ツヴァイサーゲルド地方の東部では、ヒールドルクス公国の地方代官の一人の圧政を発端として、一部農民が蜂起。その後、いくつかの小領主が攻め落とされ、民主同盟なる、農民による自治組織が出来上がっていた。


 ヒールドルクス公国も鎮圧に乗り出したのだが、鎮圧に失敗。さらに、代官が殺される失態をおかし、領土を大きく減じていた。


 そして、さらに隣接するハウルホーフェ公国に、その火が飛び火するかと、考えた者も多かったのだが、今のところ、その気配はまったく無かった。


 この人物たちは、どうやらそのことを話しているようだった。





 僕は、人々が出てくるのに、挨拶しつつ、マスターを待った。すると、マスターがエリスちゃんと共にやって来た。


「あっ、マスター。おはよう」


「おはようございます。殿下」


「おはようございます。殿下。頭大丈夫ですか?」


 ん? 頭大丈夫? そんなに話、変だったかな?


「エリスちゃんも、おはよう。そんなに話、変だった? あっ、そうだ、フルーラ、これがエリスちゃん。マスターのお店で働いてる女の子で、変な店の子じゃないから」


 僕は、よい機会だと思い、エリスちゃんをフルーラに紹介したのだった。


「はあ。はじめまして、フルーラと申します。以後お見知りおきを」


「ご丁寧にありがとうございます。では、わたしは、これで」


 エリスちゃんは、フルーラを見ると急にドギマギして、そう言って、マスターを残し、さっさと行ってしまった。どうしたんだろ?


 僕は、フルーラを振り返る。すると、フルーラも、小首を傾げて考えていた。


「どうしたの、フルーラ?」


「あっ、いえ……。何でも、ありません」


 何だろ? まあ、良いや。


「マスター、これから狩猟に行って来るね。明日には帰ってくるから。うまく獲れたら、お肉持って行くから調理お願いね」


「かしこまりました。楽しみにしております。殿下も、夜、来られますか?」


「うん。多分。ガルブハルトと、アンディも行くと思うから、よろしくね」


「かしこまりました。席確保しておきます」


「よろしく」


「では、殿下お気をつけて。失礼、致します」


「うん、マスターも。じゃあね」



 そして、僕はフルーラの方を振り返る。すると、まだ小首を傾げていた。


「どうしたの?」


「いえ、彼女、どこかで見た記憶があったので、記憶違いかもしれませんが、デスラー様のところだと思うのですが」


「デスラーって、総統そうとう?」


「誰ですか、デスラー総統って? 違いますよ、ヒールドルクスの代官をされていた、デスラー候爵です」


「ああ。民主同盟のタイラーさんだっけ? に殺された。でも、だいぶ前でしょ。エリスちゃんが、デスラー候爵の関係者なの?」


「いえ、わたしもちゃんと記憶しているわけではありませんし、その当時、その子も子供だったですし。似てるな〜って、程度なので」


「ふ〜ん。まあ、良いや。エリスちゃんが、何者でも、今は、カツェシュテルンのエリスちゃんだから」


「はっ、申し訳ありません。では、わたしも忘れます」


「うん。それよりも早く行こうよ、狩りに」


「そうですね。では、行きましょう」



 僕達は、中庭へと歩を進めた。

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