第6話 グータラ殿下の優雅?な一日⑤

「でも、でも、でも。アンディさん、モテるけど、女性の扱い、ひどいですよね」


 客の入れ替わりもあったりで、やや落ち着いてきたカッツェシュテルンの、カウンターの後ろに仁王立ちしながら、エリスちゃんが、アンディに対して苦言くげんていする。


 すると、アンディは、前髪を人差し指で、払いつつ、エリスちゃんの方を向く。


「いやいや、そんな事ないよエリスちゃん。ちゃんと丁寧にお相手する女性と、適当に扱う女性がいるだけですよ」


 そう言いつつ、アンディは、エリスちゃんにウインクする。


「キモッ」


 普段のエリスちゃんとは、トーンの違う声がそのかわいい口かられる。いつもは、ちょっと甲高かんだかいくらいのかわいい声なのに。どうしたんだろ?


「こらっ、エリスちゃん。一応、お客さん」


「あ〜、いけない。ごめんなさい。ウフッ」


「一応って、ひどいよ、マスター」


 マスターの言葉に、へこむアンディ。本当に面白い。


「ガハハハ! 一応だとさ。ガハハハ!」


 また、アンディの事をバンバン叩きながら、ガルブハルトが笑う。


 僕は、その声を聞きながら、マスターの料理に舌鼓したつづみを打ちつつ、ビールを流し込む。ビールは、冷えててのどの奥で泡が弾け、苦味が食欲をそそる。


「マスター。ビール美味しいね。本当に冷たいと、喉越のどごしも良くてさわやかだよね」


「ありがとうございます。殿下」


 このビールという飲み物。マインハウス神聖国では、良く飲まれている飲み物なのである。大麦もしくは小麦、ホップ、水のみで作られた飲み物である。当初は、アルコール度数高く、薬として使われていたが、最近は、水を多めにし、美味しいアルコールドリンクとして、飲まれているのだ。


 だが、マインハウス神聖国において、飲み物は通常、常温で飲むのが普通なのだ。しかし、それをマスターは、山からくだる冷たい川の水で、冷やしたのだった。そしたら、これが美味しいってわけで、この国周辺では、冷やして飲むのが一般的になった。


 一度、冷たいビールを飲んでしまうと、常温で飲むビールは苦痛に感じる。本当に、マスターには感謝だ。暑い国の出身だったマスターにとっては、飲み物を冷やして飲むのは当たり前だったそうだが。だけど、暑い国ってどこだろうか?



 そんな暑い国出身のマスターだからなのか、料理もマインハウス神聖国の料理もあるが、見たこともない料理もあって、とても面白い。そして、美味しい。


 今日のメニューは、マッシュルームのアヒージョ、ニジマスのアクアパッツァ。鹿肉のシチュー、アスパラガスの豚バラ巻きなどなど。他にも、ザワークラウトや、野菜の酢漬けなんかもある。


 アヒージョというのは、マインハウス神聖国の西方の大国、ランド王国からさらに、先にあるエスパルダという地方の料理だそうだ。あつねっしたオリーブオイルに、ニンニクや細かく切ったハムを入れ、そこにマッシュルームを入れる料理だそうだ。


 もう完璧な塩加減で、むとマッシュルームの濃厚な旨味うまみが口の中にあふれ、さらに、周りにコーティングされたように存在するオリーブオイルからは、ニンニクやオリーブ、そして、隠し味のようにハムの味が、マッシュルームの味を補完ほかんする。



 アクアパッツァは、今度はマインハウス神聖国の南、神聖教教主領を越えた、南方で作られた料理だそうだ。魚をオリーブオイルや白ワイン、ニンニクを入れて煮込んだ料理だそうだ。


 この周辺の魚料理といえば、湖で捕れたニジマスの塩焼きや燻製くんせいだけなので、これがまた珍しい料理だし、魚の旨味が溶け出したスープと共に食べるニジマスの味は、なんとも言えず美味しいのだ。



 他の鹿肉のシチューは、おそらくガルブハルト達が、狩猟しゅりょうで獲ってきた鹿肉だろう。この辺りの肉料理といえば、豚肉だが、狩猟で獲ってきた鹿肉を生臭なまぐさを感じさせず料理にするマスターの腕は、最高なのだ。


 まあ、ガルブハルトなどは、獲ったばかりの鹿の生肉を食べるような人間なので、生臭いとか、鉄臭いとかは感じていないだろうけどね。



 そんなマスターの料理を食べつつ、僕は、マスターにたずねる。


「でも、本当に女性だけでなく、他の人の心をつかむのって難しいですよね」


「そうですね。わたしも……」


 マスターが、そう言いかけた時だった。


「何だよ~。そんな事は、俺に聞いてくれよ。このフルーゼンの人気者の俺によ〜」


 と、ミューツルさんが、言ったので、僕はミューツルさんの方を見たのだが、僕の視線の先に、死んだ魚のような目をしてミューツルさんを見つめる、ガルブハルトがいた。へ〜。ガルブハルトもこんな目するんだ。誰かに生気せいきでも吸われたのかな?



「ミューツルさん、人気者なんですね。で、その秘訣ひけつってなんですか?」


 その瞬間、ガルブハルトの目に生気が戻り、何か言おうとして、他の常連客に止められた。


 確かオーソンさんって言ったかな。白く長い髪を後ろで束ね。白い長い髭をはやし、森の中に住むという賢者のような風貌だ。笑うと、好々爺こうこうやのように見えるが、目を開くとその眼光はとても鋭い。何をやっている人だろうか?



 そう言えば、ガルブハルトは、なんて言おうとしたのか? それに、アンディが止めれば良いのにと思い、アンディを探す。アンディはと言うと、席を移り、たまたま来ていた女性客と、きゃーきゃー話していた。駄目だこりゃ。



「俺が、街を、歩くとよ。この外見で、この格好だろ? みんなの注目の的よ」


「へ〜」


 ミューツルさんが、得意気とくいげに話し始めた。その後ろで、ガルブハルトと、オーソンさんが、ブツブツ言っているのも聞こえた。ミューツルさんは、聞こえていないようだ。


「チンチクリンで、みょうちくりんな格好だしな」


「ホホホ。確かに古臭い格好じゃの。また、髭も似合っとらん。貫禄かんろくない顔じゃしな」


「みんなが、俺に声かけんのよ」


「ほ〜」


「借金取りか、なんかだろ?」


「いやいや、店の呼び込みじゃて」


「仕事でもよ。ミューツルさん〜、ミューツルさんって。俺がいないと駄目なのよ。だから休む暇なんてないくらいだぜ」


「へ〜」


「確かに、腕は、良いみたいだけどな。仕事、安請け合いし過ぎなんだよ」


「まあ〜の〜。大工としては、良いんじゃが。人を使えないからの~。うちの工事もいつになるのか? ふ〜」


 話を総合すると、どういうことだ?


 僕が、考えようとした時だった。また、唐突とうとつにミューツルさんが、話しかけてきた。


「あれだ。殿下。ナンパってしたことある?」


「いいえ、ありませんが」


「駄目だよ〜。それじゃあ〜」


 いや、普通領主が、ナンパなどして言い訳がない……、いや、従兄弟達ならやりかねないな。まあ、ナンパというか……、やめておこう。



 ミューツルさんの話しは、続く。


「今もだけど、俺って目がくりっとして童顔で、若い頃可愛かったんよ」


「へ〜」


「だから、女にモテモテでよ。まあ、それで自信つけて、今があるってわけよ」


「そうなんですか。ですが、僕は外見も人望もそれなりなので……」


「いや、殿下には、あるじゃん。殿下も、馬鹿だな〜。金持ってんしょ、いっぱい。それで、例えばエリスちゃんにさ〜。こう言えば、良いんよ」


 そこで、ひと呼吸おいて、ミューツルさんは、


「一晩どう? ってな~」


「なるほど」


 僕は、ポケットに手を入れ、ありったけのお金を、エリスちゃんに見せつつ。


「エリスちゃん。一晩どう?」


 その時だった。エリスちゃんは、手に持っていた、金属製のトレーを、僕と、ミューツールさんの頭の上に落とす。無表情で。


「ガン! ガン!」


「イテッ!」


「痛っ!」


 すると、それを見ていたマスターが慌てて、


「駄目だよ、エリスちゃん。ミューツルさんは、良いとして、あれでも、一応殿下」


「俺は、良いのかよ」


 ミューツルさんが、抗議の声をあげるが、皆が無視する。そして、


「きゃー、殿下。ごめんなさい。これは、本当にごめんなさい。痛いの痛いの飛んでけ〜」


 焦った、エリスちゃんが僕の頭を抱えて、でる。


「良いな~。俺も、撫でてよ〜」


「ガン!」


「イテッ! エリスちゃん、俺、馬鹿になっちゃうよ」


「すでに馬鹿だから、大丈夫ですよ。ウフッ」


「え〜。ひどいよ~。エリスちゃん」


「べ〜」


 そう言いつつ、ずっとエリスちゃんは、僕の頭を撫でている。そんなに撫でると、禿げちゃうよ。だけど、うん。なんか良い香りするし、柔らかい。僕は、そのまま眠りに落ちた。というよりは、気絶したようだった。


「殿下、寝ちゃったよ。連れて帰らないと。マスター、お会計〜」


 遠くで、アンディの声が、聞こえた。

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