第5話 グータラ殿下の優雅?な一日④

 ふ〜。何が優雅ゆうがな一日だ。働きすぎたよ今日は。


 公務こうむは仕方ないとして、本当だったら、優雅に豪勢ごうせいなランチ食べて、ゆっくり昼寝して、ちょっと剣術の稽古けいこか、読書して、優雅にディナーを食べつつ家臣達と団欒だんらん、なんて言うのが、優雅な一日だ。それを……。



 まあ、良いか。今日はアンディが、夜間の護衛の当番だ。ということは、城を抜け出して。グフフフ。


「殿下。どうしたんですか? 気味の悪い笑い方などなされて」


「えっ。フルーラの気のせいじゃない? 僕は、笑っていないよ」


「そうですか。失礼しました」



 おっと、いけない。笑っていたらしい。



 僕達は、帰り道を休みなくひた走ると、再び、フルーゼンの街を抜け、城へと続く坂道を駆け上る。馬がだけどね~。



 僕は馬を降りると、馬の首すじをでる。


「ご苦労さま」


 馬は、ブルッと鼻息で返事する。なんて言ってんだろうか?



 僕が、城内に戻るために歩きだすと、フルーラと、アンディがついてくる。他の護衛隊士は、馬をひいて、馬屋へと向かう。これで、彼らの仕事は終わり、次に全員がそろううのは、来週の狩猟の時かな。他の日は、交代で護衛の任務につくのだ。



「フルーラも、昨日の夜からでしょ。帰って良いよ。お疲れ様」


「はっ、ありがとうございます。殿下が、お部屋に戻られたら、わたしも、失礼させて頂きます」


「そう」


 昨日の夜は、フルーラが夜間の護衛だった。それから、連続勤務、絶対疲れてるよ。顔にも疲れが見える。



 部屋に入ると、フルーラは、


「では、殿下。これで失礼致します」


「うん。フルーラもゆっくり休んでね」


「はっ、ありがとうございます。では、アンディ頼んだぞ。殿下を連れて、フルーゼンの街に行くなどしないようにな」


「え〜」


「え〜」


 僕と、アンディの声がハモる。


「で、殿下。え〜、ではございません」


「やだ、やだ、やだ。飲み行きたい」


「殿下〜。あまり夜出歩くのは、好ましくないかと」


「やだ、やだ、やだ。マスターに会いたい、エリスちゃんに会いたい。やだ、やだ、やだ」


 と、僕が駄々だだっ子のように言うと、フルーラが、言葉につまり、様子もおかしくなった。


「で、殿下。そ、その、あ、あまり、その、領民と、その、そういうことは、その、良くないかと……」


 ん? フルーラどうしたんだ? 僕は、アンディの方を見る。すると、こっちは、悪い顔をして、ニヤニヤと笑っている。こっちもどうしたんだ?


「隊長〜。だったら、隊長が、殿下の夜のお相手をして差し上げれば、良いんじゃないないんですか〜。そしたら、殿下も出歩かずに済むんじゃ?」


 ん? アンディ、何を言ってるんだ? 夜のお相手? ああ、そういうことか~。


 僕が、フルーラの勘違いを正そうとした、その時だった。



「わ、わ、わ、わわわ、わわわわわわ、わ〜!」


 そう言いながら、フルーラは抜剣ばっけんして、斬りかかった。速い! 本気だ、これは。


 その本気のフルーラの斬撃ざんげきを、アンディは、平然とかわす。しかも剣も抜かずには紙一重で、


「あ〜。そうか、隊長には無理か~。経験ないもんね~」


 やめろ、アンディ。それ以上、あおるな。部屋が壊れる。


「け、け、け。うわ〜〜〜〜〜!」


 フルーラが泣いた。アンディが、泣かせた!


「アンディ、やめろ。フルーラ、あのね、エリスちゃんは、そういう女性じゃないから。フルーラ、聞いてる? フルーラ……」


 僕が、そう言いながら、フルーラに近づくと、


「こ……ろ……」


「ん? フルーラ、何を言ってるんだ。良く聞こえないよ」


 すると、きっと顔を上げ、アンディをにらみつけると、フルーラは、


「アンディ。殺す!」


 駄目だって、殺しちゃ。僕がそういうより速く。フルーラは、すさまじいスピードで、アンディに斬りかかる。


 さすがのアンディも、大きく跳び避ける。そして、アンディは、その反動を利用して、僕の方に突進してくると、僕を左腕で抱え、もう片方の手で、床に落ちていた。クッションを窓へと投げる。すると、いつの間にか鍵を開けていたのか、窓がゆっくりと開く。



 そして、僕を抱えたまま、窓に向かって走ると、そのまま、飛び出した。


「アンディ、ここ2階!」


 僕が、そう言うが、もう空中だ。


 だが、アンディは、軽々と、窓の前にあった木の幹や、壁を利用して、減速し、華麗に着地する。そして、口笛を鳴らすと、アンディの馬が走って来る。アンディは、僕を押し上げて、馬に乗せると、自分もまたがり、手綱をとる。


「殿下。行きますよ」


「うん」


 アンディは、馬を走らせる。


 すると、上から、フルーラの声が、


「アンディ! 明日……は、わたし休みか。明後日、覚えていろよ!」


 うん。意外とフルーラ、冷静だった。大丈夫そうだな。明後日、フルーラに謝ろう。





「ガハハハ! それは、フルーラっぽいな。だが、アンディ。フルーラは、剣の道一筋に生きてきたのだ。だから、そういう方面には、うといし、純粋じゅんすいなのだ。あまり、からかうなよ! ガハハハ!」


「すみません」


「ガハハハ! まあ、気にするな。ガハハハ」


 そう言いながら、アンディの事を、バンバンと叩く。うん、痛そうだ。笑い声の主は、名をガルブハルトという。この国の騎士団長だ。


 今は、甲冑は着ていない。だからかえって目立つ、その肉体。比較的涼しいこの夏だが、それでも、暑いのか。かなりの薄着だ。


 上は、甲冑の下に着る半袖の肌着のようなものをまとい。下は、七分丈の薄い通気性の良さそうなズボンなのだが。腕も、胸も、そして、太ももも、はち切れんばかりに隆起していた。ようするに、かなりのマッチョだ。


 白い肌のはずだが、日焼けで茶色くなっている。金髪の髪は短くかられ、濃く太く短い眉の下のブルーアイは、ギョロっとしていて、鼻も口も大きく、鼻の下や、顎にはえた髭も合わせ、豪快な雰囲気を醸し出している。


 結構年齢もいっているように見えるが、まだ三十歳。騎士団長にしては、比較的若い。それだけの実力もある。剣の腕は、アンディ、フルーラと言ったが、純粋な強さだけならこの男が、最強だろう。



 騎士団長だが、本人、剣は、あまり使わない。全身を厚い甲冑でおおい、ウォーハンマーという、打撃用の武器を用いる。いくら攻撃されても、重装騎兵の如く進み、敵をそのウォーハンマーでなぎ倒すのだ。


 このガルブハルト、名家の出身ではない。傭兵として、若い頃からマインハウス神聖国内を渡り歩き。それこそお祖父様の対ボラタリア王国の戦役等で名を上げ、お父様に請われて、このハウルホーフェ公国にやって来た。そして、この戦乱もない、のんびりしたこの国を、気に入ったようだ。


 さすがのアンディも、一目置いている、このガルブハルトには、軽口を叩けず。少し、ムスッとしていた。



 ここは、カッツェシュテルンという名の、フルーゼンの街中にある酒場だ。名前のとおり大きな店ではないが、マスターの作る料理と、店員のエリスちゃんの愛嬌あいきょうが、人気の店だ。


 そこにアンディと共にやって来たのだが、この店の常連でもある、ガルブハルトに先程の話をしたら、こうなったのだった。


 しかし、店は常連客でいっぱい。マスターが、汗をかきながら、慌ただしく料理を作り、エリスちゃんが、慌ただしく料理を運んでいる。



 マスターは、異国からの放浪者だったようで、この辺りでは珍しい黒髪で、肌の色も違う。髪は短く切られているが、逆に立派な髭をはやしている。目はくりっとして男性に言うのは失礼だが、可愛らしい。身長はさほど高くないが、料理が美味しそうな体をしている。名は……。知らない、皆がマスターと呼んでいるのでマスターなのだ。


 そして、給仕を担当している、エリスちゃんだが、こちらは、金髪でブルーアイだが、言葉にちょっと癖があり、地元ではないのだろう。


 エリスちゃんは、歳は僕より少し上か、同じ位だろうか。美人というよりは、可愛らしいという笑顔の素敵な女性だ。そして、何よりよく働くし、客の扱いもうまい。たまに、ボケるが。それも愛嬌だろう。



 初期からの常連客さんいわく。マスターと共にこの地にやって来たのだそうだが、親子でもなく。まして、恋人でも無い。


 マスターは、この地で結婚して、子供もいる。僕は聞いたことないが、マスターとエリスちゃんの関係を、常連客さんが聞いたところ、笑って誤魔化ごまかされたようだ。


「おりゃ〜。思うんだけどさ。ありゃ〜、どこかのお姫様と、従者だったんじゃねえかね〜。ほら、エリスちゃん、どこか気品あるしよ。国が滅んで、マスターが一人守って連れて来た。く〜。泣けるね〜」


 と、常連客のミューツルさんの話だった。これは、ミューツルさんの妄想で、真実かはわからない。謎なのだ。

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