第七章 chapter7-4
それからどれくらい時間がたったろうか、昼休みが終わりを告げるベルが校舎中に鳴り響く。
「桜夜、そろそろ戻らないと午後の授業が始まるよ」
「雪声は?」
「今の私はここの生徒じゃないから……」
想像していたことだが、私はその言葉に寂しさを覚える。
「色々なところから雪声の存在が消えているように感じたけど、それはやっぱり……」
「うん、魔法を解いただけ、私が目立って、意識されやすいようにっていう魔法がね」
作り物の人気に出会ったと彼女は言った、しかし私には彼女の歌声は本物だと思っていた。
「ねぇ、折角友達になったんだし、また一緒に歌ったり遊んだりしようね」
屋上から教室に戻ろうと歩き出して私は後ろからついてくる雪声にそう笑いかけた。
「そうだね。私もそうしたい」
「それじゃあ放課後ここでまた会おうよ。授業が終わったらすぐに来るから」
私はふと心のどこかで不安になり、雪声に念を押すかのように言った。
「うん、約束だね」
「じゃあ放課後に、また」
その時、私は彼女が背中の後ろでどんな表情をしているかも考えてもいなかった。
「ただいまっ」
「桜夜、遅いよ。でも捜し物は見つかったみたいだね」
教室で迎えてくれたみかさの言葉に私はほっとする自分を感じていた。
「うん。あとみかさにも放課後にちょっと付き合って欲しいことが出来たんだけど、いいかな?」
「なになに?さっきの捜し物にも関係すること?」
「うん、そんなところ」
「教えてくれって言った手前もあるし、付き合ってあげますか」
「何よ、その偉そうな態度は」
教室の中でじゃれ合い軽口をたたき合う私とみかさの事を一瞬だけ見ると、雪声はその場を黙って立ち去った。
******
「行くってどこに行くの?」
「それはね。屋上だよ。みかさにあわせたい人がいるんだ」
「屋上?」
放課後になりみかさに行き先を聞かれて私はそう答える。
「私に会わせたいって誰だろう?ひょっとして新しいバンドのメンバーとか?」
「まー当たらずとも遠からずかな?私としてはバンドに入ってくれればいいなって思ってるけど、当人からはまだ返事を聞いてないから」
「何それ、変なの」
そんな事を話ながら私はみかさが、雪声と会うことで先日の出来事を思い出してくれればいいなと考えていた。
「そう上手く行くかは判らないけど、可能性はあるしね」
一人呟いた私を見てみかさが大きく伸びをしながら面白そうに笑った。
「凄く楽しそうだね。これから会う人と会えたのがそんなに嬉しかったの?」
「だね。この学校の生徒じゃないんだけど、ここで会えると信じてたから」
「ますます変なの、他校の生徒なの?」
「……どうだろ、それは私もよくわからないや」
昼休みに雪声と話した限りではこの学校の生徒ではないとは言っていたが他の学校にいるとも言っていなかった。
この学校の生徒ではなくて既にアイドルでもない、雪声の居場所というのは私達とは既に違う場所なのではないかという一抹の不安が心に陰を落とすが、それを雪声の言葉を思い出して私は心の中で否定する。
『また一緒にって言ってくれたよね。今度こそ約束は守ってくれるよね』
急に静かになった私をのことをみかさは仕方ないと息を一つ吐いた。
「ほら、ついたよ。そんなに落ち込んでいると桜夜ちゃんらしくないよ、私にその人のことを紹介してくれるんでしょ?」
「そ、そうだね」
屋上へと続く扉を前にして、扉のハンドルに手をかけたまま動きが固まった私を見てみかさがその背中を軽く叩いた。
「ほら、きっとその人が待ってるよ。早くその人のことを紹介してよ」
「う、うん」
私は不安を振り払うように扉のハンドルを回し扉を開けた。
「私の幼なじみの……調雪声だよ」
私がそう紹介しようとして屋上を見たが、その視線の先には誰もいなかった。
「……え?」
自分の目に映る物が信じられなくて私は何度もその目をこすった。
「雪声、どこにいるの?隠れてないで出てきてよ」
私は屋上のどこかに隠れているのではないかと、ふらふらと歩を進めるが、隠れるような場所などほぼない屋上ではすぐにその可能性は消えてしまった。
「……そんな……何で……」
呆然と俯いた私のところにみかさがやってくる。
「フェンスの所にこんな手紙があったよ。これ桜夜ちゃんに向けてのメッセージじゃない?」
みかさが私に手渡した白い紙にはただ一言だけが書かれていた
『ごめんね。さよなら』
私はその場に立ち尽くし、手紙を手にしたまま声にならない叫び声を空に向かってあげたのだった。
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