第七章 chapter7-3





「やっぱり、いないよね。でも……」


 昼休みが始まるベルが鳴り、教師が教室を去ると私はクラスに雪声がいない事を確認して頷いた。


「ねぇ、みかさ、最近転校してきた子とかっていたっけ?」

「転校生?いやいないと思うけど、他のクラスでもそう言う話は聞いた事ないかな」

「だよね、うん」

「何か朝からおかしいよ?熱でもあるの?」


 みかさが私に顔を当てるとその額をあわせてくる。


「……熱はないみたいだね。まぁちゃんと説明してくれるって言っていたし、信じてるよ」

「ありがとう、そうだ昼休み、今日は一緒に食べれないから、先に言っておくね」


 私の言葉で少し不安を覚えたのか、みかさが私の手をそっと握ってくる。


「何か用事でもあるの?」

「用事って言うか……。ちょっと野暮用……みたいな?ひょっとしたらただの勘違いで終わるかもしれないんだけどね」


 みかさの手をそっと離して、私は笑みを浮かべた

 私のその言葉と笑みでみかさは少し考え込んだが納得したように頷いた。


「わかった、今日は一人で食べるよ、見つかると良いね、捜し物」

「……え?」


 何かを探すとは言ってもいないのにそう言われて私は頭をかいた。


「かなわないな、みかさには」

「なにが?」


 私は私の事を察してくれるみかさに心の中で感謝した。


「ううん、なんでもない、それじゃ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 みかさに見送られて、私は教室を出て行った。

 教室を出た私は、まずはどこに向かうか考える。

 しばらく考えるが、ここに行けばいいという場所が思いつかなかった私はぶらぶらと校舎内を歩く事に決めた。

 昇降口から廊下、音楽室と巡るが、私の求める人はなかなか見つからなかった。

 そして私は気がつくと誰もいない屋上まで足を運んでいた。

 屋上のフェンスから風を受けながら街の景色を眺めていた私に声が掛けられた。


「その様子だと、私の事を覚えているの?」

「……忘れると思ってた?」


 私のその言葉で彼女は首を横に振った。


「ううん、何となくこうなるんじゃないかって思ってた」


 そう言って彼女は私の隣に並んで空を見上げた。


「だって、私は聞きたい事が沢山あったからね、『ゆきな』」

「……ごめん、私は『せつな』……だよ」


 私はポケットから昨日のハンカチを取り出し彼女に見せた。


「じゃあこのハンカチ……何で持っていたの?」

「……それは……」


 俯いた彼女を見て私は、ゆっくりと旋律を口ずさみはじめた。

 その歌詞は先日彼女に見られたノートに書いてあったその詞であった


『あの時貴方に出会っていなければ

私は思い出せなかっただろう。

その忘れてしまった言葉を、約束を

What are you doing now?

でも私はそれを覚えていない

そのあなたとの大事な約束を

What are you doing now?

Lalalalalala……』


 私はそこまでしかできていない歌詞を唄うが、彼女がその歌詞に続けて曲をつなげる


『私は今ここにいるよ。

あの時の約束は忘れていない

あの時の私、今の私同じではないけれど

Do you mind if that is OK?

私は心のどこかで覚えているよ

君と交わした約束を

Do you mind if that is OK?

Lalalalalala……』


 私が歌い始めたその歌に彼女が声を続け歌詞を続けた。

 私も彼女の歌声に声を重ねて歌を続けた。

 しばらく校舎の屋上には私と彼女、二人だけの歌声が響き渡った。

 私は一緒に唄う中、何度も彼女の中に『せつな』と『ゆきな』二人が重なって歌っていように見えた。

 歌い終わった私は彼女の事をじっと見つめた。


「私は、『ゆきな』ではないの、でも彼女の心を貰って生まれたの……」

「ゆきなの心を貰って……?」


 彼女は私の言葉に黙って頷いた。

 そして説明のために口を開いた。


「私は雪声ゆきなの……体をコアにして作られた、桜夜と接触したのは……あなたと一緒にいれば私が雪声としての心を取り戻すんじゃないかって実験の為にこの学校にやってきたの」


 淡々と事情を説明する彼女の事を私は怒るでもなく、喜ぶでもなく、悲しむでもなくただあるがままに言葉を聞いていた。


「だから、私自身があなたに興味があったわけではなかったの、そう最初は……」

 フェンスを片手で握る言葉を切って、私の事を見た彼女の視線を私はまっすぐ見つめ返した。


「……だからだったんだね、私はあなたの中に雪声(ゆきな)を感じていた、多分最初から……」


 私は彼女の震えながらフェンスを握る手にそっと自分の手を重ねる。


「ごめんね。私の為に心配させちゃったみたいだね」


 私のその言葉で、彼女の中で何かが堰を切ったようにあふれ出すのを現すかのように瞳から涙が溢れる。


「ごめんなさい……騙す……つもりじゃなくて……、でも私はあの子じゃなくて……」


 ひっくひっくと嗚咽を漏らす彼女の事を私はそっと抱きしめる。


「大丈夫、わかるよ。あなたはせつなだけど、ゆきなでもある……。決して騙してたわけじゃないだから泣かないでっ」

「私は……本当はあなたたちと友達になりたかった……。でも作り物の私に……そんなことが許されるはずもないって……」


 その言葉に彼女はその小さな肩を震わせ、絞り出すように言った言葉に私は更に強く彼女の事を抱きしめた。 彼女の気持ちは行動の端々から見て取れた、そして何故それを普通に表にしなかったのかも。


「私と……私やみかさとせつなは友達だよ、だから、ね。もう泣かないで……、ゆきなじゃなくてもせつなだし、せつなの中にゆきなはいるから……」


 私と雪声はただ声もなく抱き合ったのだった。



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