第七章 chapter7-2

「それじゃあ、ありがとうございます」

「何か問題があれば、連絡いれて頂ければ」

「はい、その時はよろしくお願いします」


 私の母が迎えに来て、担当医師に礼を述べる

 病院から去っていく私達を見て、医師は誰にともなく小さく呟いた。


「これでいいんだな?まったくお前達の後始末はもうこれっきりにして貰いたいもんだな」


 そう吐き捨てるように医師は言うと病院の中へ戻っていった。

 病院から私が退院した頃には既に日がかなり傾いていた。

 私が入院していたのは町外れにある総合病院であった。


「そりゃ、窓から見える景色がどこか見覚えがあると思ったわけだよね」


 母の運転する車の助手席に座りながら私はそんな事を考えていた。


「それにしてもびっくりしたわよ、いきなりみかさちゃんと一緒に事故にあったって電話があったときは」

「あはは……ごめんね。心配させちゃったみたいで」


 私は窓の外に映る光がどんどん後ろに流れていくのをぼんやりと眺めながら母親に謝る。


「ほんとよ、もう」

「ねぇ、お母さんラジオつけていい?」


 そしてその光景から、今の自分が本当に現実の自分なのか確かめたくなり母に聞いた。


「良いけど、何か聞きたい番組でもあるの?」

「……あれ?無かったと思うけど、何かいつもこのくらいの時間にラジオを聞いていた気がして……」


 そして私は自分でも不思議に思うくらい自然にとある局にチャンネルを合わせていた。


「この番組、こんなだったっけ?」


 何度か聞いていたこともあるはずの番組を聴きながら私は違和感に囚われる。


「そういえば、今日は全然あれ掛からないね、雪声の曲」

「……雪声?誰?」

「……え?あれ?」


 私は母の言葉と自分の言葉が重ならない事に自分でも驚いていた。

 信号で街の中心部で車が止まるが、私はそこで更に驚いていた。

 私の知っている限り雪声の新譜のポスターやポップが結構町中に溢れていたはずだったが、その全てが街から消えていたのだった。


「何だろう、この違和感……。私の記憶違い?夢でも見ていたのかな……」


 心の中にわだかまりを持ったまま、走り出した車の窓から見える流れていく景色を私はぼんやりと眺めていたのだった。

 しばらくして車が家に到着する。

 帰ってないのはたった数日な筈なのに私にはとても長い間、自分の家に帰っていないような気がした。


「……そんなことあるはずないのにね……」


 私は鞄のポケットから家の鍵を取り出そうとしたその時、ポケットから一枚の紙がひらりと地面に落ちた。

 私は慌てて、その紙を拾い上げる。


「……これは……譜面?」

「桜夜、何してるの?入るわよ」


 手にした紙を私がじっと見つめているといつの間にか車を駐車場に止めて玄関を開けて母親が声を掛けた。


「あ、はい、今いく」


 私は呼ばれて、慌てて玄関から家へ入ったのだった。



******


 食事を食べ終わり私は自室のベッドに腰掛けて先ほど鞄から堕ちた譜面を見ていた。


「これは私とみかさと……後誰か……誰の為の歌なんだろう?」


 そこに書かれていたのはどう見ても私とみかさ、そしてもう一人誰かのために書かれた譜面であった。


「私は何か……思い出せてない事がある?」


 譜面を手にしたまま私は部屋の中を見渡し机の上に置いてある音楽ディスクに目が止まる。

 私は腕を伸ばしてそのディスクを手に取った。


「……調……雪声……。なんだか凄く懐かしい……ような……」


 私はディスクを手にしたまま、額の汗を拭こうとポケットの中のハンカチを取り出した。

 汗を拭こうとしたが私は祖のハンカチに視線が止まった。


「え?こ、これって……」


 その自分の手にした音符がマーキングされて、それでかすれてはいるがマジックで凡河内桜夜と書かれたハンカチには思い出があった。


「これは……ゆきなにあげて……」


 私は自分の口にした雪声という言葉が引き金となり激しい頭痛に襲われた。


「……ッ、頭がが……痛……い……」


 頭を抑えてベッドに倒れ込む私だったが、その中で自分の記憶が一本の線に繋がっていくを感じていた。


「……何で私は忘れていたんだろう、彼女の事を……。それに私は交通事故になんて会ってない……雪声に助けて貰って……それで……」


 数日前、なんで入院したかを私ははっきり思い出していた。

 記憶の筋が一本にまとまってくのと同時に、私の頭痛は治まっていった。


「……何で私は色々忘れていたのかな……」


 再びベッドに横たわると幼い頃、仲が良かった友達、そしてその友達とした約束それらをゆっくりと思い出していった。


「明日……、雪声ともっと話してみたいな……」


 手にしたハンカチを見ながら溜まっていた疲れからか、私は痛みが引くと共に深い眠りに落ちていった。



******



「桜夜、おはよう。もう退院できたんだ、良かった」


 登校途中の私の背後からみかさが声を掛けて朝の挨拶をしてきた。

「おはよう、みかさ」


 私はみかさの顔を見て浮かんできた疑問があり、それを聞こうと口を開いた。


「みかさ、変な事を聞くけど、みかさは突っ込んできた車から私が庇ったと思ってる、それで間違いない?」

「……そうだけど、何かおかしい?」


 私はある程度予想していた答えが帰ってきた事に首を横に振った。


「それで間違ってないけど、どうしたの?急に」

「ううん、なんでもない、ただちょっと確かめたくてね」


 私はみかさの言葉に頷くとなんでもないよと笑った。


「詳しい話は今度ちゃんと話すから、心配しないでね。っと早く行かないと遅刻するよ」


 私はみかさにそう言って歩く速度を上げて、学校へと急ぎ向かったのだった。



******

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