第六章 chapter6-2
津々原と別れた雪声は周囲を警戒しながらその足を進めた。
「見た目はただの研究機関って感じだけど……」
明らかに研究職には見えない黒服の男達が遠くに見え、慌てて柱の陰に雪声は隠れた。
「どう見ても普通の研究所とかじゃないよね……」
男達が歩き去っていったのを確認し、柱の陰から雪声は出ると周囲を警戒して確認する。
周囲を見渡して誰もいないのを確認できると雪声はほっとしたように手にした鍵を握りしめる。
「確かこっちの方向だったはず……」
先ほど見た地図を思い出しながら行く方向を確認すると、それが視界に入ってきた。
「これからどうします?兄貴」
「そうだな……」
雪声の視界に入ってきたのは私やみかさを浚った二人組の姿があった。
「あいつらは……」
先ほど男達から奪った拳銃を雪声は握りしめる。
近くにあった自動販売機の影に隠れて、彼らが近づいてくるのを息を潜めて待った。
「……んっ?」
「兄貴どうしました?」
「いや、なんでもない」
ファビオが一瞬足を止めた事にノエルがどうしたのか聞いたが、何もなかったように歩き始めたのを見て、後ろからついていった。
そして雪声は彼らが自分の脇を通り過ぎようとしたタイミングで前を歩くファビオの背後から腕を押さえ拳銃を突きつけた。
「お、お前は……」
自分達が捕まえるはずだった雪声に、逆にファビオが捕まったのを見て、ノエルは困惑する。
「な、なんでここにお前」
「桜夜のいる場所まで案内して!!でないとこいつがどうなるかわかるでしょ?」
雪声はファビオの顔の横に銃を突きつける。
その突きつけられた拳銃を見て小さく口元を動かしたファビオはノエルに言った。
「案内してやれ、今の状況はわかるな?」
「そ、それは……」
「早く、時間がないの!!」
「わ、わかったから兄貴を撃たないでくれ」
切羽詰まった雪声の声に仕方ないと諦めたノエルは、彼女を案内するように歩き出した。
「桜夜に酷いこととかしてないでしょうね?」
「ああ、あの娘は桜夜って言うのか、全く何も話もしてくれずだんまりだったから名前もわからずに困っていたんだ」
「それはあなた達が酷いやり方で聞き出そうとしたからじゃないの?」
「まさか、そんな事はしてないさ、彼女の事は君だと思っていたから丁重に扱っていたさ。変装がとけて別人だと判った時は焦ったけどな」
「本当でしょうね」
拳銃を再び見せ付けるように突きつけて雪声が聞いた。
「むしろこの状況で俺が嘘をつくメリットを聞かせて欲しいね」
「兄貴に何かしたら……」
「お前は黙ってろ、本当に何かあったらどうする」
ファビオのその一言でノエルは黙りこんだ。
「まー正確なところ、俺達にもよくわからないんだよ。彼女はまるで人形みたいな感じでな、捕まってからこっち、一言も喋らないし、逃げようとする素振りも、何かしようという素振りも見せない」
「……それは……」
雪声はそれが私達の彼女につけたチョーカーのせいだとは言えずに黙って歩く。
しばらく三人は黙ったまま廊下を歩き続け、その間は幸運か不幸だったのかわからないが他の人間とは会わずに目的の扉の前までやってきた。
「ここだよ」
ノエルは厳重に電子ロックで閉じられた扉を指差しながらそう言った。
金属で出来たその扉を見て雪声はなんで発信器の電波が途切れたのか納得した。
「シールドされた部屋の中にいたんじゃ、そりゃ通さないわよね」
「それだけじゃない、この部屋は外部からの魔法を遮断するように出来てるからな」
「……へ?魔法ですか?兄貴、何を言って……」
「お前はわからないなら黙っていろ」
「は、はい……」
ファビオにそう言われてノエルは不思議そうな表情を浮かべながらも黙りこんだ。
「それじゃああなた達にあえて私は幸運だったみたいね、この部屋のロックを開けなさい」
「……な、そんな事できるわけ……」
雪声は黙ってファビオに銃をぐいっと見せ付けるように突きつけた。
「わかりました、わかりました、開けますよ」
やけっぱち気味にノエルはそう言うと、扉の横にある端末を操作する。
そしてゆっくりと扉が開いていく。
「案内してくれてありがとう」
そう言って雪声は手にした拳銃のグリップでファビオの頭を殴りつける。
「……ぐっ……」
そのままファビオは地面に崩れ落ちる。
「何しやが……ッ」
殴りかかったノエルの拳を舞うようにかわしながら、雪声はそのまま鳩尾に肘撃ちをカウンターでたたき付ける。
ノエルはがくりと膝をつき、そのまま白目を剥いて気絶する。
二人が倒れたのを確認すると雪声は部屋の中に入る。
そして天井に設置されている監視カメラを手にした拳銃を撃とうとした。
しかし安全装置の掛かったままのそれは撃つことが出来なかった。
先ほどまで安全装置が掛かったままでいたことに雪声は違和感を覚えるが、それも今考えても仕方ないと。
改めて安全装置を外し監視カメラに狙いを定める。
--パンっ!!--
銃弾が当たり壊れた監視カメラを雪声は確認する。
「これで余り長居はできないわね。元からするつもりもないけど……」
雪声はそう言ってベッドの上に座り込む私の元へと駆け寄った。
「桜夜大丈夫?助けに来たわよ」
「…………」
しかしその雪声の言葉に虚ろな瞳で虚空を見つめ、力なくベッドに腰掛ける私は全く反応をみせなかった。
その様子に雪声はため息をつく。
「催眠状態っていうのはこういう事なのね……。全く何も反応しないとは思わなかったわ」
今更ながら津々原のしたことに雪声は苛立ったが、今はそれを考えるのを取りあえず置いておいた。
「あいつのつけたチョーカーはこれね……、これをこの鍵に嵌めればこの呪縛も解けるはず……」
雪声は私の首にかけられたチョーカーの十字架と自分の手にした鍵の穴にはめ込んだ。
「桜夜、大丈夫?立てる?あいつら大事にしてるとか言ってた癖に怪我させてるじゃない」
雪声は少しくたびれたハンカチをポケットから取り出すと私の腕に出来た小さな傷に巻いた。
小さな白く光る魔法陣が浮かび上がると『カチリ』と音を立て、鍵の開くような音と共に私の首からチョーカーが外れ地面に、落ちたのだった。
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