第六章 chapter6-1

「それで桜夜のいる場所は特定できたの?」

「ああ、それは大丈夫だ」


 雪声は津々原の見せた、先ほど端末から手に入れた情報をタブレットで確認する。


「ここからそう遠くない場所のようね」

「ああ、そうだが……」


 津々原が珍しく歯切れの悪く返事を返す。


「どうしたの?あなたらしくないわね」

「僕だって、人間だ、心が痛むことだってある」

「心が痛む?」


 予想もしてなかった言葉を投げかけられて雪声の歩みが止まる。


「お前には言ってなかったが、今回の行動には桜夜君の救出とは別に目的があってね」


 言いにくそうに津々原は言葉を切る。


「僕の目的はそっちの方が本命なんだ、それで小夜君の救出にはお前一人で行って欲しいんだ」


 津々原のその言葉を雪声は意外とは全く思っていなかった。


「やっぱりただ人を助けるためにこんなやり方をするとは思っていなかったから、意外とは思わないわ」

「彼女を見捨てて、本命の目的に徹するというのが本当はスジなんだろうが、やはりそれだとどうにもね」


 ばつが悪そうに津々原は先ほど雪声に叩かれた頬をさする。


「さっきお前に叩かれて、僕も少し考えを改めてね」

「それに関してはかなり意外だったわ」


 今まで雪声のことを散々物扱いしてきた男の言葉とはとても思えなかった。

 そして津々原がじっと雪声の目を見て言った。


「……それでお前一人に任せて大丈夫か?」

「それは大丈夫。それよりも助けた後、合流はどうやって……」

「ああ、それに関しては問題ない、お前は僕とは合流せずに彼女を助けたらすぐここから抜け出せ」

「え?それは……」

「そういう事だ、良いな!!」


 有無を言わせない津々原の強い言葉に雪声は頷くことしかできなかった。

 そして二人はT字路にやってくる。


「ここが分岐点だな。僕はこっちだ、お前は反対側だな」


 津々原は地図を確認し、それぞれの道を指差すと雪声に背を向けて歩き出そうとするが、足を止める。


「そうだこれを渡しておかないとな」


 そう言って津々原は何かの鍵のような物を雪声に投げて渡す。

 飛んできたそれを落とさないように雪声はキャッチする。

 それは黒く鈍く光るライター程の大きさで、十字架の形の穴が掘られていた。


「これは?」

「彼女の首に取り付けた催眠ユニットの解除キーだ。それで外さないとその催眠洗脳は解けないからな」


 首輪に声を変える魔法以外にも何かを仕掛けているとは思ってはいたが、まさそこそこまでとは思っていなかった。

 そして催眠洗脳という言葉をさらりと言った津々原に雪声は嫌悪感を抱き文句の一つも言おうとしたが、今更無駄だと思ってやめる。


「何かをしたとは思っていたけど、そう言う事だったのね」

「状況が状況だったから必要悪だったと思ってくれよ」

「そう言う事にしておく、この鍵を私に預けてくれたことが証拠だと思って」


 少し前の津々原だったら、この鍵を渡してくれたか、それすらも怪しかったと考えると、この状況も少しは良い方向に進んでいると感じられるのが雪声には嬉しかった。


「それじゃ早く行った方がいいよ。魔法による催眠はわずかずつではあるが彼女に悪影響を与えると思うからね」

「……なっ」


 なんでもないことのように言いながら歩き出す津々原の背中を見送り、雪声も背中を向けて歩き出した。


「頑張れよ……」


 離れていく津々原の小さな呟きは虚空に消えていった。



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