第五章 chapter5-1

 しばらく軽自動車を走らせると、雪声は車を止めた。

 助手席ではタブレットを使い、津々原が私の耳につけた発信器の状態を確認していた。


「よし、発信器は無事に機能しているな」


 地図と照らし合わせ、発信元の位置を特定すると津々原は後部座席を見た。


「……ん……」


 津々原が目を向けると後部座席で横になっていたみかさが目を覚ます。


「……起きた?みかさ」


 運転席から降りた雪声が起き上がろうとしたみかさの背中を支える。


「私は……雪声さんに助けて頂いたんですよね?ありがとうございました」


 はっきりしない頭を抑えながら意識をはっきりさせようと頭を横に振った。

 その手に嵌められた腕輪を見た雪声はその腕を取った。


「ちょっと待って、それ危険そうだから外すね」


 そう言ってみかさの腕に嵌められた金属製の腕輪を指差した。

 軽自動車に積まれていた工具箱からワイヤーカッターを取り出し、みかさに動かないようにと腕で制すと傷つかないように注意を払いながらしながら腕輪を切断した。

 雪声は外した腕輪をハンマーで叩き壊した。

 そしてみかさは車から降りると雪声の事をじっと見つめた。


「助けてくれたのは、雪声さん……なんですよね?」


 聞きながらもみかさはそれがどうにもあやふやで、アイドルである雪声が本当にそんな事をしたのかどうか判らずにいた。

 そのみかさの言葉を聞いて申し訳なさそうに雪声は俯いた。


「…………?そういえば桜夜ちゃんは、桜夜ちゃんは無事なんですか?怪我とかしてないですか?」


 雪声の様子を見てみかさは不安に感じ、その脳裏には先ほどの工場跡での出来事が浮かぶ。


「さっき……雪声さんの姿が桜夜ちゃんに重なって見えた……そんな事あるはずもないのにね」


 そのみかさの言葉は裏切られる形で返事が返ってくる。


「ああ、それは間違っていない。やはり親友の目というのはごまかせないものだな」


 津々原のその言葉にみかさは自分の耳を疑った。


「え?先生、それはどういう?」

「どういうも何も言葉通りの意味だ、お前そいつだと思ったのは凡河内桜夜だった、それだけのことだ」


 みかさは雪声と津々原の顔を交互に見た。

 何もおかしな所はないと、平然としている津々原と俯いて何かを言いたげな雪声の表情がとても対照的だった。


「津々原先生、どういう事ですか?」

「説明も何も君を助けるのに桜夜君に手伝って貰ったが、代わりに彼女が捕まってしまったというだけだよ」


 その内容に対して軽くされた説明にみかさはぎゅっと胸の前で拳を握りしめた。


「それってどういうことですか?桜夜ちゃんが何でそんな事を……」

「みかさ君を助けたいと言うから手伝って貰っただけだよ、結果としてこうなってしまったのは残念だったが……」


 淡々とした口調からは残念だと思っている気持ちは一切伝わってこず、みかさは懐疑の視線を津々原に向けた。

 そしてみかさを助けるために私がしたことを簡潔に津々原はみかさに話して聞かせた。

 そのみかさの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。


「桜夜ちゃんを……助けて貰えるんですよね?」


 何かを必死に堪えるようにみかさは震える体を押さえながら津々原に聞いた。


「ああ、大丈夫だ。ちゃんとそのつもりで彼女には発信器を渡してある」


 まるで私が攫われることまでが計画の内と言われたみたいで、みかさの心には怒りが満ちていった。

 雪声はみかさの震える肩にそっと手を載せるが、それをみかさは激しく振り払う。


「……あなたも一緒なんでしょ?こいつとっ!!私の友達を危険にさらして……」


 怒りに満ちたみかさの視線を雪声は受け止める。

 みかさの視線を正面から受け止めると雪声は雪声は表情を浮かべた。

 そして雪声が悲しみの表情を浮かべているのに気がついた、みかさははっとする。


「……ご、ごめんなさい……」


 雪声に当たっても何も事態は変わらないことは判っているのに、みかさは言わずにはいられなかった。


「そんなに深刻にならずとも助けますから、大丈夫ですよ」


 津々原の空気を読まないその言葉に雪声が津々原の前に立ちふさがると、『ピシャン!!』という音を立てて激しくその頬を叩いた。


「雪声さん……?」


 その雪声の行動にみかさは呆然となる。


「何を……する!!」


 津々原は雪声の腕を掴むとそのまま投げ飛ばした。

 投げ飛ばされ、雪声は地面にたたき付けられる。


「人形の癖に……」


 そう津々原は吐き捨てるように呟き、地面に倒れる雪声を見つめた。



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