第四章 chapter4-5

「それじゃあお前はここで待機だ、良いな?」


 指定された工場跡から少し離れた場所に車を止めると、津々原は雪声にそう話すと私と一緒に車から降りる。

 車から降りた津々原はポケットから銀で作られた小さな十字架のあしらわれたチョーカーを私に向かって放り投げた。

 私は慌ててそれを落とさないように受け取った。


「……これは?」

「魔法の道具だよ、君の声をしばらくの間、雪声と同じにしてくれる」

「魔法の道具……ですか」

「外見が同じでも声が違えばすぐ別人だと判ってしまうからな。」


 津々原がチョーカーをつけるように促し、私は恐る恐る首に巻いた。

「……っ!!」


 私はチョーカーを首に巻いた瞬間、自分の心が何かに縛られるような感覚に囚われていた。


「な、何……?」


 私の心はその瞬間何かに縛られ、暗い闇の穴へと落ちてい行くように感じられた。

 チョーカーを巻いた私の思考が真っ白になり次第に何も考えられなくなっていった

 隣にいるはずの津々原が私に向かって何か言っていたが、その内容を私は考えることができなかった。


「今日のお前のすべき事はわかっているな?」

「はい……、雪声のかわりとなって人質と交換され、彼らの居場所を特定することです」


 私はまるで他人事のように雪声とそっくりな声音で津々原に自分の意志とは関係なく答えていた。


「アレは連れてこなくて正解だったな、この状態を見たら何を言われるか判ったもんじゃないし、余計な行動を取られて話がややこしくなっても困るからな……」


 そして津々原が私の耳に触れてピアスをつけているのを確認していた。

 体に触れられているのにそれすら私は他人事のように感じられた。


「もし奴らがみかさを返すのを躊躇するようなら、お前も抵抗する素振りをしろ、いいな?」

「判りました」


 津々原は耳につけたヘッドセットに向かって呟くと、横に佇む私に向かって命令的に言葉を発した。

 普段の私であれば、その言葉に向かって文句の一つも言いそうであったが、そのようなことをしようとは全く考えずに彼の言葉に黙って従った。


「最初からこうしてれば楽だったというのに……、それじゃあ行くぞ」

「……はい」


 津々原の言葉に抑揚のない声で私は反射的に返事をすると、彼の後に続いて歩き始めた。



******




 津々原は周囲を見渡し時計をみた後、タブレットで時間と場所が間違いないことを確認する。

 その横では雪声と似た格好をした私が黙って佇んでいた。


「おい、言われた通りやってきたぞ」


 誰もいない工場跡の中で津々原の声だけが反響する。

 しばらくして、首位に他に人がいないのを確認してきたのだろうか、昨日の二人の内の一人が姿を見せる。


「よし、お前達二人だけだな?」


 ゆっくりと近づき、男は二人に確認をする。

 男の言葉に私は一切応えようとはせずに黙ったままで津々原だけが口を開く。


「ああ、見ての通りだ、そちらこそ人質の姿が見えないようだが。我々はそちらの要求を飲んでこうして二人でやってきたのだから約束は守って欲しいな」

「こちらとしても約束は守りたいが、用心をするに越したことはないからな」


 男は腕を上げてどこかへと向かって合図を送る。

 その合図を見たのか工場の奥から後ろ手に縛られたみかさを連れてもう一人の黒い服を着た男がやってくる。

 みかさの服装は浚われたときと同じであったが、その腕には小さなブレスレットが嵌められていた。

 しかし私はそのみかさの姿を見ても殆ど反応を示さなかった。


「良かった、桜夜のことだから、何か無茶をするんじゃないかと思ったけど、さすがに自重してくれたのかな」


 離れた場所だったために私が雪声の格好をしているとは想像もせずにみかさは安堵の息を吐いた。

 私のことを雪声だと思ったままみかさはゆっくりと私達の方へと歩き出した。

 しかし男はみかさの縛られた腕ををぐいっと引いた。


「きゃっ!!」


 後から引っ張られたみかさはそのまま引き倒されて尻餅をついた。


「人質を渡すのはそっちの人形をこっちに渡してからだ、良いな」

「そんな事できるわけないだろう、交換は同時にだ」


 津々原の言葉に男は舌打ちをうった。


「仕方ないな、それで納得してやる。一・二・三で同時にだ、同時にお互い歩いて交換する、良いな?」


「判った、それでいい」


 津々原はそう言った後、私の耳元で一言二言囁いた。

 その言葉に私は相変わらず無表情なまま無言で頷いた。


「判った、それで良い、カウントは同時で良いな?」

「ああ、それでいい」

 津々原は確認をすると腕を上げてカウントを取り始める。

 それに併せて男も同時にカウントを始めた。


「「1、2,3」」


 二人の声は重なりカウントになりそれが合図となった。

 そして二人はそれぞれの隣にいる少女達の背中を押した。

 二人の少女はゆっくり歩き出し、すれ違うところで黒い服の男が手にした小さな機械のスイッチを押した。

 スイッチが押された瞬間、みかさの腕に嵌められたブレスレットから激しい電磁音が鳴り響くとみかさの体に衝撃が走る。

 激しい衝撃が体中に走ったみかさの体が崩れ落ちるのを見て、津々原は確保に走り出した。

 走り出した津々原の姿を見た黒服の男が走り出し津々原と同じように雪声の姿をした私のことを確保しようとする。

 腕を捕まれようとした私は素早い身のこなしでそれをかいくぐり反射的に男に向かって膝を高く上げて蹴り上げる。

 その私の様子をみかさは薄れゆく意識の中でその姿を私とかぶらせたのだった。


「雪声……さん?桜夜……?」


 男は激しく鳩尾を蹴られた男は悶絶するが、もう一人の男が後ろから駆け寄ると私の首筋にスタンガンを当てるとジジジという電子音と共に私はがくりと力を失った。

 津々原がみかさを黒服の男が私をそれぞれ確保する形になり、津々原がヘッドセットに向かって叫んだ。


「状況は終了した、来い!!」


 その雪声の運転する軽自動車がトタンで作られた壁を壊し、工場跡に飛び込んできた。

 黒服の男達と津々原達を分け隔てるように軽自動車は急停止すると扉が開いた。


「早く乗ってください!!」


 雪声が珍しく大きな声を上げるが津々原はみかさを軽自動車の後部座席へ投げ入れる。

 そのまま自分も助手席に乗り込むと手早く扉を閉める。

 黒服の男達は私のことを抱くようにして建物の奥へと待避していった

 助手席に津々原が乗り込んだのを確認すると雪声は軽自動車のアクセルを踏み込み、その場を急いで離れた。


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