第三章 chapter3-1

「何かこうやって練習しないで帰るのって久しぶりだね」

「……そうだっけ?」


 私とみかさと学校から帰る途中に立ち寄った本屋から用事を済まし出てきた。


「……確かにここ最近は結構練習してた事が多いかもね」

「最近の桜夜はやる気満々って感じだったしね」

「そんな事……あったのかな?」


 自分では意識してなかったために改めてそう言われ、何故か照れくさくなった。

 そして自分が何故そうなっていたのかを考えていた。


「なんかね。さいきんもっと上手く歌が歌えるようにならなくちゃいけないって感じるんだよね。何故かはわからないけど……。約束みたいな?」

「約束?」

「誰かとそんな約束をしたような……あれ?誰とだったんだろ?」

「約束したのに、誰としたのか思い出せないの?」

「何か夢で……うーん、誰とだっけ?」


 私はしたと思えるその約束がまるで思い出せないことが気に掛かっていた。

 更にその内容だけではなく、約束をしたときのことも靄が掛かったように思い出せずにいる事が苛立ちを加速させていた。


「なんだろうね、こう自分でも何故かは判らないんだよね」

「大事な事ならその内思い出せるんじゃない?私はやる気に満ちてる桜夜を見れて嬉しいし」

「そうかな?」

「だって軽音部を飛び出した後の桜夜って酷かったんだよ?」

「え?」

「自分では気がついてなかったかもしれないけど、何をするにも適当でさ。歌ったり楽器を弾いたりするのだってこのままやめちゃうんじゃないかと思ったもの」

「はは……まさか……」


 私はみかさの言葉を否定したが、それがあながち間違いではなかった事もはっきりとわかっていた。


『そういえばあの時……、やめようかとも思った音楽をやめないと決めたのはなんでだっけ……。やっぱり何か約束が……?』


 私はその時の事をしっかり思い出そうとして激しい頭痛に襲われ頭を抱える。

 突然頭を抱えふらつきはじめた私をみかさが慌てて支えてくれた。


「だ、大丈夫?どうしたの急に?」

「判らない……急に頭痛が……」

「そこのベンチに座って休もう?」


 みかさが近くにあった小さな公園まで私のことを連れていき、そこのベンチに座らせてくれる。


「私ちょっと何か飲み物でも買ってくるよ」


 みかさはそう言って私をベンチに座らせると、近くの自販機まで走っていった。

 ぼんやりとみかさを待つ間公園の中にある遊具に目を動かした。

 そして視線を動かす中でブランコに目が止まる。

 小さな女の子二人がブランコで遊んでいる姿を見て思わず口元がほころんだ。

 そしてその内の一人が、ブランコから落ちたのを見て私は立ち上がり慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫?」


 泣き出しそうなその子の所に駆け寄り抱き起こしてあげた。

 私は少女が打ったところを見て、擦り傷を作っているのに気がついた。

 慌てて鞄に入れてあった絆創膏を取りだし、血の出ている傷口に貼ってあげた。


「これで良しと、痛くない?」

「ううん、ありがとう、お姉ちゃん」


 少女は立ち上がると、友達の元へと走っていった。


「あれ?こういう光景、前どこかで……?」


 私はその少女達の光景に既視感を覚える。


「桜夜ちゃん何やってるの?」


 誰もいなくなったブランコをじっと見つめている私だったが、そこへみかさが飲み

物を買って帰ってきた。


「あ、みかさお帰り。ブランコで遊んでいた子が落っこちちゃってね。ちょっと助けてあげてたんだよ」

「そうだったんだ。ところでもう頭痛は大丈夫なの?」

「ありがとう。少し休んだら大丈夫になったよ」


 みかさが買ってきてくれたオレンジジュースを受け取ると、ゆっくりと口にした。


「でも急に頭が痛いって言い出して、驚いたよ」

「自分が一番驚いてるよ。急に頭が痛くなって……、何だったんだろうね。さっき話した約束についてもっと良く思い出そうとしたら途端にね……」

「本当に大丈夫?病院とか行った方がいいんじゃ?」

「んー、もう収まったし大丈夫だと思う」


 私は不安そうにしているみかさを安心させようと微笑んだ。


「あれ?あれは雪声さんだよね?」


 安心したみかさが少し先でスマートフォンを片手にして、交差点で信号待ちをしている雪声の姿に気がついた。


「そうだね、一人みたいだし、声を掛けてみようか?」


 昼休みの事もあり、少しずつ親近感のわき始めた彼女のことが私は気に掛かりはじめていた。


「一人でいるよりは皆でいた方が楽しいかもしれないしね」


 私の提案にみかさもそう言って頷いたのだった。


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