第二章 chapter2-5

「雪声さん来るかな?」

「どうだろうね、来てくれると嬉しいけどね」

「なんだか桜夜楽しそうだよね?」

 そう言われて私はまんざらではないという感じで笑った。

「なんだか見られていたかもしれないというのは気になるけど、それとは別に雪声と一緒にいると何か懐かしい気がするんだ」

「懐かしい?」

「うん」

 私は屋上の金網に手をかけ、遠くにあるビル群を見ながら頷いた。

「昨日の事があったからって訳ではないんだけど、雪声とは前にあったようなことがある気がするんだ。そんな事あるはずないのにね」

「どこかで会っていたとか?」

「うーん、そんなはずはないんだけどな……。あんなに歌がうまい人と会っていたら絶対に印象に残ってると思うんだよね」

「会った時は歌がうまくなかったのかもよ?」

「ああ、そういう事もあるかもね……、必死に練習して今みたいになったとか?」

 思わず今の無表情な彼女が必死に練習をする図というのを想像してしまい思わず吹き出すが、それ以上に先ほどのみかさの言葉が何故か心に刺さった気がした。

「会った事があるかも気になるんだけど……、何故あんなにつまらなさそうにしてるのか気になる……」

「つまらなさそうに?」

「そう見えない?私達と話してるときだけのようにも見えるけど……」

 私達以外のクラスメイト達には距離を置くように愛想良くして、私達と接するときはつまらなさそうにしているというか、上手く心を表せない素の自分の部分が出ているような気がしていた。

 そんな話をしているとみかさが私の横に立って遠くを一緒に眺めはじめる。

 私はテレビに映っていた雪声の歌っている姿を思い出していた。

 そして知らず知らずに彼女歌を口ずさんでいた。

「それって私の歌?」

 二人で遠くの景色を眺めていると、雪声が後ろから声をかけてきた。私達は揃って声のした方に振り向いた。

「恥ずかしいところを聞かれちゃったかな、ごめんね、下手で」

 私はさすがに恥ずかしく頭を掻きながら、近くの椅子に腰掛けた。

「そんな事はないと思いますよ」

 今日も昨日と同じ小さな弁当箱を手にした雪声が私の隣に座る。

「今日も雪声はお手製のお弁当?」

「はい、桜夜はパンなのですね」

「今日はお母さんが作ってくれなくてね」

「いつもいつも人に頼ってばかりだからだと思うよ?」

「むぅ、そういうみかさはどうなのさ、いつも誰かに作って貰ってるんじゃないの?」

「残念でした私はたまに自分で作ってるよ。たまにだけどね」

「そうなの?全然知らなかった……」

「桜夜はこういう事になると本当に疎いからね」

 黙ってお弁当を口にしながら、私達のことを見ていた雪声が不思議そうに聞いてきた。

「今朝話していた普通の話題っていうのはこういう話題のこと?」

「そうね、こういうのも普通の話題だと思うけど、雪声さんは本当にわからないの?」

「私はこうやって学校に通ったりするのは余り経験ないので……」

「そうなんだ、芸能人も大変なんだね……。でも芸能人でも同じような歳の人とかもいるでしょ?そう言う人達とはどういう会話してるの?」

 この辺りのゴシップが気になってしまうのは年相応なのだろう、私はみかさの聞いた質問に思わず耳をそばだててしまう。

「……そうですね。歌番組などでたまに他の方と一緒に出演する時とかはありますが、ステージ上以外では殆ど会話しません……」

「え?そうなの?」

「はい、あまり話すなと言われていますので……」

「それって事務所とかから?何か酷い話だね……」

「酷いとは思ったことはないですが……」

 言われてることの理由がわからなず、わからないという事にすら無関心でいる様に見えた。

 しかし無関心ながらもつまらなさそうにしている雪声を見て、私は彼女が本当に判らないのだと思えた。

 それで私は彼女にいくつか質問してみようと決めた。

「今朝聞こうとしてたことなんだけど、なんで雪声は今、この時期に転校してきたの」?

「それは私も聞きたかった、他の子達も言ってたけど、この時期って珍しいよね。家族の転勤とかある訳じゃ無いし……」

「そもそも雪声は一人暮らしで、芸能活動もやってるんだから、必要がない気がするんだけど」

 矢継ぎ早に言葉を紡いだ私達だったが、それに対して雪声は落ちついた、というかいつもの事務的にも見える口調で返してくる。

「転校してきた理由は仕事のためが一番の理由です」

「仕事?ひょっとしてこの辺りで何かライブでもやるんですか?」

「何のためかは……言えません」

「そりゃまだ発表されてない情報を簡単に公開するわけにはいかないよね」

 仕事というのを芸能活動だと思ったみかさはがっかりと肩を落とす。

 私はというと、何故かその雪声の言葉のニュアンスに違和感を持った。

 しかしそれがどういう違和感なのかはどうしても形に出来ずに、口には出せなかった。

「聞きたい事というのはそれだけですか?」

「ううん、もう少し聞いてもいい?」

「私に答えられることならば……」

「じゃあ、単刀直入に聞くけどなんでそんなにつまらなさそうなの?」

「つまらなさそう?」

「ええ、つまらなそうと言うか無関心というか……。私達のことを知りたいと言った癖にそれに対して興味なさそうにしている……そんな風に見えるのよ私には」

 私が聞いたその時突然突風が私達の間を通り抜けていった

「……私にも判らないの」

「え?今なんて?」

 突風に遮られ、彼女のその小さく呟いた言葉は私のところまで届かなかった。

 彼女はそれ以上は何も言わず、黙って弁当の残りを食べ終わると立ち上がった。

 そのまま教室へ戻ろうと歩き始めたが、ふと足を止めて振り返る。

 振り返った彼女が口にしたのは私達が全く予想もしてなかった言葉が帰ってきた。

「また明日も一緒に食べてもいい?」

 小さく、だがはっきりと紡がれたその言葉に私とみかさは思わず顔を見合わせたが、声を合わせてこう言った。

「「当然」」

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