第一章 chapter1-4

「お母さんおはよう」


 私はシャワーから上がり、居間のソファに座って髪を乾かしていたが、起きてきた母親に向かって声をかける。

 まさかいるとは思わなかった相手から声をかけられて母親は驚いていた。


「あら?桜夜じゃないおはよう、今日はどういう風の吹き回し?こんな時間に起きてくるなんて。雪でも降らないと良いけど……」

「ちょっとお母さんいくらなんでもそれは酷いんじゃない?桜夜だって起きるときは起きるよ」

「いつもなかなか起きてこない子の言葉とは思えないわね」

「……ぐ……」


 髪を乾かし終わって、ダイニングへと向かった私はテレビのリモコンを手に取ろうとしたが、言い返すことが出来ずに手にしかけたリモコンをテーブルに戻すと立ち上がった。


「そ、それじゃ朝食出来たら呼んでね、部屋にいるから」

「はいはい」

 先ほどの話を誤魔化そうと私は慌ててその場を離れた。



*******


「ああ、なんで起こしてくれなかったの!!」

「私は呼びに行ったわよ、遅くなかったのは桜夜が起きなかったからでしょ」


 部屋に戻ってゆっくりしている内に再び寝ててしまった私は、結局いつもと同じような時間になってしまったことを母親に文句を言いながら慌て朝食のトーストを口にくわえた。


「行ってきまーす」


 パンの残りを口にくわえたまま、玄関に立てかけてあったギターケースを肩にかけると私は走り出しながら家を出た。

 家を出てしばらく進むと私は前を歩くみかさを見つけた。その背中に向かって走りだし、触れあうくらいまで追いつくと声をかける。


「おっはようみかさ」

「あ、桜夜、おはよう」


 挨拶をして、みかさの隣に並んで私は歩く。


「それにしても今日はいつもよりも更に慌ててたけど、何かあったの?」

「あ、それは……恥ずかしいんだけど……」


 恥ずかしく思いながら私はみかさに今朝あった事を説明をすることにした。


「つまり……盛大に二度寝をやらかしたと……」

「う、うん、簡単に言うとそう言うことになる……かな」


 さすがに面と向かって言われると恥ずかしくなり赤面しながら私は俯いた。


「大丈夫大丈夫、私しか聞いてないから」


 みかさよりも少しばかり背の高い私の背中を叩いて笑った。


「痛い痛い、そんなに叩かない……ッ」


 叩かれたことに抗議しようとした私ははっとしたように後に振り向いた。

 そして振り向いた先には特に何もなく、登校中の生徒達が歩いているだけだった。


「……あれ?」

「どうしたの桜夜?」

「誰かに見られていた気がして……、でも気のせいだったみたい」

「また桜夜の自意識過剰病が始まったの?」

「自意識過剰病って……そんな事ないよ、ひどいなぁ」

「だって桜夜はよく自分は特別だって思い込んでる節があるじゃない」

「え?なんで、そんな事ないよ」

「……わかって無いのは当人だけ、か……」


 ため息をついたみかさを見て私は顔を赤くして頬を膨らませた。


「なによぉ」

「こんな所で話をしてても仕方ないし、この話はまた後でね、遅刻しちゃうよ」


 みかさがそう言って歩き始め、それに私も続いた。

 そして私達が校門へとたどり着くのとほぼ同じタイミングで車が止まると、車の後部のドアが開きそこら雪声が降りてきた。


「あれ、アイドルともなると車で通学なのかー、凄いね」

「そうだねー、それにしてもやっぱりクールでかっこいいね」


 周囲の学生達がざわめきながら雪声のことを見る。

 車から降りて歩いてきた雪声が横を通り過ぎようとしたときに私は彼女に声をかけた。

「雪声さんおはよう、」

「おはよう、桜夜」


 彼女ははっきりと私の名前を呼んで挨拶を返し、そのまま振り返ることもせずに校舎の中へと入っていった。

「え?やっぱり私の名前を……、聞き違いじゃなかった」


 歩いて行く後ろ姿を呆然と見送りながら、はっきりと名前を呼ばれて挨拶されたのを今度は聞き逃さなかった。

 そんな私の背中をみかさが軽く叩いた。


「今回は私も聞いたよ、確かに桜夜のこと名前で呼んでたね」

「やっぱり名乗った覚えはないんだけどね」


 突き放すでもない、しかし歓迎するでもなかったか雪声の言葉に私は思わずため息をついた。



*******

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