第2話 聖女の部屋と聖水

「その……散らかっているからあんまりじろじろ見ないでくださいね……」



 俺は彼女に勧められるままに部屋に入る。そこは綺麗に整理整頓されており、木のテーブルとイスに、本棚とベッドがあるだけの非常にシンプルな部屋だった。聖女とはいえやはり、教会の一員である以上あまり贅沢は許されないようだ。

 ベッドの横にぬいぐるみがあるのが、少しばかりの個性を主張している。てか、あれ、俺が孤児院を出る時に渡したレイン君人形じゃん。あいつまだ持ていたのか?

 


「そんなことないよ、昔から綺麗好きだったもんな」

「そういうレイン兄さんの部屋はいつも散らかっていましたよね? 果実水です。良かったらどうぞ」

「ああ、昔はよく掃除をしてくれたよな。今は……綺麗だよ……」

「なんで今一瞬言いよどんだんですか?」



 ジトーとした目でそう言うと彼女は俺の前に果物の皮の入った水の入ったコップを置いてくれた。それを見て俺はここに来た理由を思い出す。

 そうだ、俺は聖水をもらいに来たのだ。さて……どう切り出すか……俺はしばし悩みながらちょっとしたジョークを交えて話を振ってみよう。



「美味しそうな果実水だな。もしかして、聖水でも入っていたり……」

「ごほっ、ごほっ、何を言っているんですか!! あんなもの飲むはずないじゃないですか、レイン兄さんの変態!!」



 ええー? 変態って……

 俺の言葉に果実水で思い切りむせながらこちらを睨むバーバラ。ちょっと待って……あんなものって聖水だぜ。聖なる水なんだよ。なんでばっちいものみたいに言うの? いや、確かに飲み物ではないかもしれないけどさ。

 おまけに変態扱いである。ひどい話しだ。



「それにしても、去年孤児院のクリスマスに集まった以来ですね。一体どういう風の吹き回しですか? いつも忙しそうにしているのに……」

「ああ、それはその……」

「やっぱりレイン兄さんも聖水目当てですか?」



 俺が言いよどんでいると不満そうに頬を膨らませながらバーバラが言った。まあ、そうだよな……普段は訪れない俺がいきなり会いに来たのだ。気づいて当たり前だろう。



「ああ、騎士団長の命令でな。最近デスリッチとかいう魔物のせいでアンデッド達の動きが活発になっているのは知っているだろう? 騎士団としても聖水があればだいぶ楽になるんだ。それと……」

「ふーん……」

「バーバラの顔と久々に会いたいってのもあったからな、お互い仕事をしていると中々会えないわけだし」

「私に会いたいですか……えへへ、レイン兄さんは甘えん坊さんですね!」



 俺の言葉に不満そうな顔をしていたバーバラだったがなぜか、満面の笑みを浮かべた。一体どうしたのだろう? 今にも鼻歌を歌いそうなくらいなんだけど!!

 しかし、これは嘘ではない。普段は騎士の仕事が忙しいし、遠征などで外出をすることも多い。休みもないわけではないが、バーバラも働いているわけで休みがかぶるタイミングはそうそうないのだ。だから、ちょうどいいなということもあり今回の事を引き受けたのもあるのだ。

 しばらく雑談をした後に本題を切り出す。



「それで……何とか聖水をもらう事はできないかな? やっぱり色々と条件があったりするのか? バーバラの身体に悪い影響が出るなら、俺の方から団長には断るぞ」

「んー……」



 聖女の力というのは特殊な力なわけで、それなりに儀式が必要だと聞いたことがある。魔術なども精神力を消費するらしいし、神の奇跡を使用するのだ。もしも、彼女の命にかかわるような事ならば、本当に断るつもりである。

 俺の言葉になにやら難しい顔をしていたバーバラだったが、意を決したように俺に問う。



「その……私が聖水を出したら、レイン兄さんは嬉しいですか?」

「そりゃあな、嬉しいし助かるよ。俺もアンデッド退治には駆り出されるだろうしな。その時に聖水があれば有利に戦闘を進めることが出来るし心強いだろうしな」

「なるほど……わかりました。レイン兄さんのためなら……その代わり二つほど条件があります」

「ああ、なんだ? 俺にできる事なら何でも聞くよ」

「うふふ、言質は取りましたからね。一つはまた、私に会いに来てください」

「ああ、もちろんだ。俺も久しぶりにいろいろと話せて楽しかったしな」

「えへへ、嬉しいです」



 俺の言葉にニコッと笑みをこぼしたバーバラだったが、少し思い詰めた顔で言った。



「二つ目は……絶対私が聖水を作るところを覗かないでくださいね」

「あ、ああ……もちろんだとも」



 彼女の真剣で、少し強い言葉に俺は少し気圧されながらも頷いた。まあ、聖女の力を使うのだ。俺の様な一般人には見せる事できない何かがあるのだろう。



「では、約束は守ってくださいね」



 そう言うと彼女はいきなり果実水をがぶ飲みし始めた。いやいや、なにしてんの? なんでいきなり暴飲してるんだ? 小さい口に一生懸命果実水を飲んでいるバーバラを見て、俺は昔を思い出す。



「大丈夫か? 昔もそんな風にはちみつ水を美味しい美味しいってがぶ飲みして、夜中にトイレに何回も言っていただろ? しかも、怖いから一緒に来てっていいながら……また、夜中にトイレにいきたくなっちゃうぞ」

「もう、何でそんな事を思い出すんですか!! でも、あの時は心強かったです。本当にありがとうございました!!」



 怒っているんだがデレているんだかわからない口調で彼女は言った。そして、瓶に入っていた果実水を飲み干した彼女はフーっと一息ついて立ち上がった。



「では聖水を作ってくるので少々お待ちください」

「え? どこ行くんだ? 護衛はいるか?」

「えーとその……お花摘みです!! だから、絶対ついてこないでくださいね。」

「ほら……そんなに水を飲むから……」

「違うんですよ、私の聖水はトイレじゃないと作れないんです!! あくまで聖水を作るだけですから!!」



 そう言うと彼女は顔を真っ赤にしながら、奥にある扉へを開けて出て行った。すごいな。個室のトイレがあるのか……貴族みたいである。俺達騎士団何て、みんな共有だから、新人の時は泣きながら掃除をしたものである。

 そう言えば……聖女は覚醒したところで奇跡を使うのが一番効果が出ると言うのを聞いたことがあるな。バーバラの場合それがトイレなのだろう。しかし、聖水ってどうやって作るんだろうか? やはり、神様が水をくれたりするんだろうか?

 俺がこっそりと足音を忍ばせて、扉に耳を当てようとした瞬間だった。ぎーーっと扉が開いて、こちらを睨んでいるバーバラと目があう。



「レイン兄さん……私が聖水を作るところを覗かないでくださいって言いましたよね?」

「いや……音を聞くのはありかなと……」

「それもだめです!! 五感の全てを封じてください!! 次変な事をしたら聖水をあげませんからね!!」



 そういって全力で扉をバタンと占められてしまった。くっそ、あげませんをされてしまった……俺はすごすごと座っていた椅子に腰かける。

 それにしても一瞬見えたがトイレが無茶苦茶豪華だったな。なぜか、大理石でできているし、本棚や、神様をかたどった像まであった。逆に落ち着かなくない? 小さい教会みたいになっていたんだけど……

 俺はそんな事を思いながら部屋を見回す。



「へぇ……結構勉強をしているんだな」



 手持ち無沙汰になった俺は本棚に目をやった。そこには神の教えなどを書かれた本が色々とある。いや、一番下だけ毛色が違うな……『年上男性を魅了する方法』『兄妹みたいに育った異性に意識してもらう方法』その他には修道女と騎士の恋愛物の小説などが並んでいた。



「あいつもそういうお年頃なのかね? 変な男に引っかからなければいいんだけどな」


 

 まあ、その時は俺が助けるとしよう。誰か想い人がいるのだなとおもうとちょっと寂しいやら嬉しいやら複雑な気持ちになりつつも俺は苦笑する。

 何気なく修道女と騎士の恋愛小説を手にすると、何やら見覚えがある文字で書かれている。



「やっべえ、これバーバラの字じゃん。あいつの自作じゃん」



 見てはいけないものを見てしまった気分になり俺が慌てて本棚に戻した瞬間だった。扉が開くとともに、なぜか顔を真っ赤にしたバーバラが顔を出してきた。



「その……レイン兄さん……できましたよ。水で薄めてありますが効果はこれで十分だと思います。中身は見たらだめですからね!!」

「おお、ありがとう。助かったよ。これでアンデッド退治も楽になるな」


 

 俺は彼女から、液体が入っている真っ黒な瓶を受け取る。やたらと厳重に蓋がしめられているのはなんでだろうな?



「何をしているんですか? レイン兄さん!!」

「いや、聖水って初めて見るからどんな匂いか嗅いでみようかなって」

「絶対やめてください!! そのまま、その瓶をアンデッドに投げてください。みるのも、さわるのも、嗅ぐのも、ダメです」



 何気なく瓶に顔をつけようとしたら、すごい剣幕で注意されてしまった。やはり、神の奇跡だから色々と秘密なのだろうか?



「ちなみに飲むのは……」

「もっとダメです!!」



 これまでで一番大きい拒否だった。まあ、確かに聖なる水なのだ。どんな効果がおきるかわからないよな。薬も飲みすぎると健康に悪いと聞くし……



「じゃあ、バーバラありがとう」

「いえいえ、レイン兄さんのお役に立ててよかったです。そのですね……」



 そういうと彼女は顔を赤らめて何やらもじもじとしている。どうしたんだろう、おしっこかな?



「今度はプライベートで遊びに来るよ。バーバラが好きなクッキーを持ってくるな」

「はい!! 楽しみにしてます」



 そういうと彼女は満面の笑みを浮かべた。ああ、やっぱり可愛いなぁと思いつつ俺は団長のもとへと帰るのだった。

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