第13話 「去年のゆずちゃんみたいなのは嫌だもんね☆」

 ゆず先輩にあの提出してから、早くも三日がたった。

 実行委員会は刻先輩の例の『望』イジリが多少目立つものの、今の所は順調に進んでいる———と思う。

 少なくとも俺たち選考部の方は何事もなく進んでいる。俺の耳には噂程度でも何か問題が起きたとは伝わっていないし、橙里も特に何も言っていないため、恐らくは順調だろう———まあけどよく考えるとあの橙里が俺に相談するはずもないか。だからあくまで俺主観の話ではある。

 そして今日は出場者を決定する書類の提出期限である。俺は出された日のうちにゆず先輩に提出してしまった。

 そのため昨日までは特に仕事もなく、委員会はただの惰眠を貪るか橙里の作業はただ傍観するだけの時間だったが、今日はそういうわけにも行かなそうだ。

 恐らく今日、選考についての連絡をされることだろう。

 自分の席を立ち、いつも通り橙里の席へと向かう。

 彼女はいつも通り、窓の外をボーッと眺めていた。


「時間だぞ。行くぞ」

「……ええ、わかってるわ」

「……どうかしたのか」

「いえ、なんでも———」


 珍しく口を濁す橙里。

 何かいいかけたようだが、それを言い直すように——いや、訂正するように橙里は口を開いた。


「あなたはあの実行委員長についてどう思う?」

「……実行委員長って、胡桃先輩のことだよな」

「実行委員長なんて彼女しかいないでしょう」

「いや、お前が言っているのは去年の実行委員長かもしれないし。もしくは来年のことを予知して未来の実行委員長のことを言っているかもしれないだろ」

「………」


 めっちゃ睨まれた。いや、こわ。橙里さん、こわ。あれがジト目ってやつか。


「ごめんごめん……。まあ、そうだな…」


 少し考えてから、口を開いた。


「正直なところ、胡桃先輩のことは別に嫌いじゃないが、かと言って好きでもない。今の所は胡桃先輩の言動で何か実害が出ているわけではないからな。良くも悪くも思ってない、って言うのが俺の意見だな」


 しかし同時に、思うところもある。

 あの人を見ていると中学時代のいじめっ子を思い出すし、わかりやすくご機嫌取り———否、後始末をさせられているゆず先輩を見ていても、あまりいい気はしない。

 けれどそれはあくまで彼女たちの問題である。俺が踏み入れる余地もないし、俺に踏み入れる余裕もない。


「———そう」

「……納得したわけじゃなさそうだな」

「当然でしょう。あんなのを見せられていい気をする人の気が知れないわ。それに———まあ、あなたは知らないでしょうけど———あの人の話し方も嫌いなのよ。語尾に記号がついてそうでイライラするのよ」

「なんと言うか、月見山さんらしいな」

「そうかしら」

「……ああ」


 良くも悪くも月見山橙里をいう少女は一かゼロ———いや、むしろゼロか百みたいな人間である。

 彼女の思考回路に、恐らく『中立』という立場はない。あるのは『肯定』か『否定』かだけ。だとしたらそう思うのも仕方がない。

 だからこそ、今、橙里と話したその上で、俺には彼女に言わなければいけないことがある。


「月見山さんがどう考えるかは、まあ勝手だが。でも———しゃばるのはやめてくれよ」

「……どういうことかしら」

「俺には今回のミスアマを成功させなければいけない理由がある。失敗させてはいけない使命がある。だから、邪魔だけはしないでくれ」

「……善処するわ」

「そうしてくれ」


 そう言ってから「そろそろ行こうか」と橙里を急かす。

 しかし言われるまでもなく、橙里は荷物を持って席を立っていた。

 物事は全て、やってしまうのは簡単だが後始末が大変なものだ。

 橙里が何か余計なことをしなければ良いのだが。


 ×××


 視聴覚室に着き、橙里と別れてゆず先輩の方へと向かう。

 ゆず先輩は、何かを念入りに読んでいた。

 念入りどころか、もはや深刻まであるな、あの顔は。


「だ、大丈夫ですか?」


 話しかけようか迷ったが、しかしあまりにも深刻そうな顔だったので思わず話しかけてしまった。

 するとゆず先輩はこの前みたいにビクンと体を震わせてから、あの乾いた笑いを見せた。


「だ、大丈夫だよ!今日話す内容を整理してただけだから……」

「……そうですか。ならいいんですが」

「今日はちゃんと仕事あるから、寝たりしないでね?」

「わかってますよ。寝て損するときは寝ませんよ。そこまで非効率的な人間じゃないですから」

「暇なときに寝られると委員会が効率的に進まないんだけど、その辺はどうなのかな」

「何言ってるんですか。暇じゃないときのパフォーマンスの底上げのために効率的に俺は惰眠を貪ってるんですよ」

「そんなこと言って、あざみくん惰眠の意味知ってるのかな……」


 そういってクスクスと笑うゆず先輩。

 なんだ、俺を笑い者にして気が楽になったのならよかった。


「やっと俺の名前覚えられたんですね」

「さすがに三回目は間違えないよ」

「ちなみにどう言う漢字かは覚えてますか?」

「………」


 ゆるい笑いは途端に引きつった笑いに変わった。

 そんなゆず先輩に俺は笑いをこぼしてしまった。


「ご、ごめんね!読みは覚えたんだけど……」

芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの『芥』と『羅生門』の『生』で芥生あざみです」

「いいね、その覚え方」

「覚えてくれるなら、このくらい———」


 なんてことないですよ、と言おうとしたところで四時半を告げるチャイムがなる。するとゆず先輩はごめんねとでも言いたげに手を合わせる。

 律儀な人だなと思いながら、俺は首を振った。



「それじゃあ、ミスアマ実行委員会選考部の活動を始めたいと思います」


 そう言うゆず先輩の声は、心なしかいつもより力強かった。


「今日、ミスアマの各クラスの出場者の書かれた紙を提出してもらいました。まだ提出していないクラスは早めに提出の方をよろしくお願いします。それでは、選考部の主な仕事である『出場者の選考』について説明しますね」


 一息ついてから、彼女は続ける。


「えっと……ミスアマの時間は一時間と決まっています。ルールの説明の時間や投票時間等を考えると、出場者がランウェイを歩けるのはおおよそ三十分。三十分で十八人の魅力を十分に引き出すのは厳しいため、ミスアマでは選考部の方で事前に十八人から十人まで絞ります。それが、来週の月曜日の放課後に行われる『ミスアマ選考会』です。選考会では出場者の皆さんに、当日の格好、お化粧で来てもらい選考します。選考会では公平を期すために、出場者と出場者と同じクラスの委員を除いた実行委員で選考を行います。ここまでで何か質問等ありますか?」


 質問は出ない。

 ゆず先輩は続ける。


「出場者のやることは、軽い自己紹介だけで構いません。審査内容は、今から配る紙にかいてあるのでそれを読んでおいてください。質問はいつでも受け付けてますのでいつでも私のクラス———あ、えと、二年A組に、来てください」


 そう言ったのち、ゆず先輩は選考部の一人一人に紙を配り始める。

 回せばいいものを、律儀な人である。

 審査内容は、服の華やかさや綺麗さ、そして純粋な出場者の顔立ち。

 注意事項には、服についてあまりにも露出の多い場合は失格とすると書いてあった。


「それでは、質問のある人以外は解散で大丈夫です」


 一通り説明を終えたゆず先輩の一声に反応して、一斉に選考部の人間は帰って行った。これが噂の鶴の一声ならぬゆずの一声ってか。

 ちなみに俺は確認したい点があったので残った次第である。

 書類には目を通し終わったので、ゆず先輩の元に向かう。


「あの、いいですか」

「ああ、うん。いいよ。ありがとね、質問しに来てくれて」

「お礼されることじゃないですよ。俺はただ質問があるから来てるだけなので」

「それでも、ありがとうだよ」


 そう微笑むゆず先輩。


「あの、出場者に実行委員が口を出すのって大丈夫なんですか?あと出場者に審査内容を伝えても大丈夫ですか?」

「うーん、どうだろう。わかんないから刻ちゃんに聞いておくね———」

「全然大丈夫だよ☆」


 ゆず先輩のセリフを遮って、刻先輩が俺に抱きつきながらそう言った。

 えなんすか急に抱きつくとかなんなんですかやめてくださいそういうことされると勘違いしちゃうでしょ俺なんか悪いことしましたっけというか刻先輩って結構胸あるんですね押し付けられちゃうと色々困るので早く離れてくださいつか柔らけぇな幸せだわ。


「赤くなっちゃって、可愛い♡」

「ちょ、やめてください」


 刻先輩を引き剥がす。


「要は実行委員の口出しは許可されるか、ってことだよね♪全然大丈夫だよ☆むしろ全然しちゃってしちゃって♡」

「そ、そうですか」

「それにしても最近君———芥川あくたがわくんだっけ?ゆずちゃんと仲良いよね♡付き合ってるの———」

「付き合ってないよ」


 否定しようとしたら、それよりも早く———というか食い気味にゆず先輩は否定した。

 そんなすぐ否定されちゃうとちょっと傷ついちゃう男心をよそに、刻先輩は続けた。

 つか刻先輩さらっと俺の名前間違えてない?つか普通はちゃんと『ゆずちゃん』呼びなんだ。


「なーにー??めっちゃ食い気味じゃん♡本当は付き合ってんじゃないのー??」

「付き合ってないよ。芥生くんは選考会について質問があったから残ってるだけ」

「だけどいっつもみんなが解散したあと芥生くんと話してなーい??」

「それは———」

「やっぱり付き合ってんじゃーん♡お似合いだよ〜☆」


 しつこく粘着する刻先輩。流石にゆず先輩も我慢が限界なのか表情が崩れ始めていた。

 ここは多分、俺が否定するべきところな気がする。


「付き合ってませんよ。ゆず先輩には本当に俺の質問に付き合ってもらってるだけです」

「…………ふーん。つまんないの」


 一拍置いて、刻先輩ポツリと言い放った。

 表情は笑っていた。そのはずだった。

 けれど刻先輩のその言葉は俺の背筋を凍らせる。


「ま、いいや♡とにかく、口出し全然OKだからね☆去年まではダメだったんだけどね、今年からは許可してるんだ♪」

「そうなんですね」

「うん♡だって……」


 刻先輩は口角をあげて、続けた。


「去年のゆずちゃんみたいなのは嫌だもんね☆」

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