第12話 「……まあ、余計なお世話か」

 本日の授業も終了の号令とともの全て無事に終わり、俺は手早く荷物をまとめる。

 いつもだったらもう少しゆったりと用意をするのだが、しかし今日は放課後に用があるためそう言うわけにもいかない。

 現在時刻は四時十五分。本来は四時に終わる予定だったのだが、最後の授業が少し伸びてしまい今の時刻に至る。

 委員会は四時半からなので少し急がなければいけない。

 席を立ち、教室を出ようとしたが、しかしまだ窓の外を眺めている橙里の様子を見てその考えは変わった。

 急いで用意している俺に対して彼女は依然窓の外を眺めていた。余裕というか、あれが俗にいう王者の風格ってやつか。ちょっと違うような気もするがまあ細かいことはいいのだ。

 一人で行って後から橙里が遅れてきても仲が悪そうに見えてしまう———かもしれない。考え過ぎかもしれないと言うか考えすぎだろうがしかし一緒に行ってデメリットがあると言うわけでもないので、俺は彼女の席に向かった。


「…………」


 彼女の席の前に立つ。

 おそらく気づいているだろうが、彼女はこちらを見ようともしない。窓の外の鳥の数でも数えているのだろうか。


「そろそろ行かないか?後十五分くらいしかないし」

「知ってるわ。私は遅れて行くから」

「んー、どうせなら一緒に行かないか?一緒に行くのが嫌ってんならいいんだが…」

「…………」

「そ。じゃ先行くな」


 別に俺も無理して一緒にきて欲しいというわけではない。ただ他の人がどう思うか少し心配になっただけである。一緒に来たくないってんなら喜んで一人で行くとも。

 一度席に戻り、カバンを手にとる。

 もう一度中身を確認する。別に何か重要なものがあるというわけではない。しかし『念には念を』が信条の俺だ、念入りにカバンの中身を確認する。

 そういえばノートがないと思い当たり机の中を漁っていると。


「先に行ったんじゃなかったのかしら」

「……ふっ、君を待ってたんだよ」

「気持ち悪いからそういうのやめてもらってもいいかしら」

「そんな直球に言わなくたってよくないか?遠回しでも言葉って伝わるんだぞ?」

「一度そのセリフを言っていた時のあなたの顔をトイレで確認して欲しいわね。きっと胃への効き目は抜群よ」

「傷つくなあ。遠回しでも暴言って伝わるんだぞ?」

「というかあなたから誘ったのだから早くしてもらってもいいかしら。先行くわよ」

「へいへい」


 ノートは諦めて、教室を出て行ってしまった彼女を追いかける。

 そこまで先に行っているというわけでもなかったのですぐ追いついた。


「というか一緒に行きたくなかったんじゃないか?」

「そんなこと言ってないわ。あなたの早とちりよ」

「へいへい」


 気難しいと思っていたが、しかし話してみるものだなと、そう思う。

 彼女との会話は、不思議と心地がいい。

 恐らく互いのことをあまり知らないからこそ、他人と割り切っているからこそできる、この距離感。

 今は楽しんでおこうと、俺は先にゆく彼女の横に並んだ。


 ×××


 視聴覚室の席に座り、委員会が始まるのを待つ。

 開始時間までは残り二分。俺たちが教室に入った頃には他のクラスの委員は全員着席しており、なかなか重苦しい空気だった。


「———全員揃ったようなので、第二回ミスアマ実行委員会を始めたいと思いますね♪」


 笑いながらも、しっかりとこちらを見ながらそんなことをいう委員長。

 自然な言葉遣いだが、俺には何か含みがあるようにしか思えない。

 ギリギリなのは申し訳ないと思っているが、しかしまだ開始予定時刻ではない。残り二分しかないが———逆にいえば二分はあるのだ。

 胡桃くるみとき。二年生。今年のミスアマ実行委員長であり、そして昨年のミスアマである。

 俺にとっては上級生に当たる。

 ピンクに染めてある髪は短くまとまっていて、まるで生まれたときからその色かのように自然である。顔立ちもミスアマであることも頷けるほどの綺麗さ。紅葉と比べても遜色はないだろう。個人的には紅葉の方が好きだが。顔立ちもそうだが———多分人としても。

 多分この女の人は———俺があまり好きじゃない人種だ。


「この委員会では、ミスアマの運営と出場者の選考を行います☆それぞれのクラスから二人ずつ委員になった人がきていると思いますが、運営部と選考部の二つの部に別れてもらって、それぞれの仕事をしてもらいます♪ちなみにアタシは運営部です☆それじゃあ各クラスに別れて話し合ってください♡」


 こういう人の話し方は、なんというか聞いてて疲れる。

 きっと彼女の言葉を文字に起こすとしたら、語尾に何かしら記号がついているだろう。♡だとか☆だとかが語尾についているのを容易に想像できる。

 そんなことを考えているうちに、周りの人たちは話し始めていた。

 俺たちも話し合うとしよう———まあ、俺はもうすでに決めているのだが。


「月見山さんはどっちがいい?」


 そう聞くと橙里は一瞬こちらを見てからすぐに目をそらして。


「どちらでもいいわ。あなたが決めた方じゃないものにするわ」

「そうか。なら俺は選考部に行こうと思ってるんだが、大丈夫か?」

「……まあ、いいわよ」

「何?不満だったら言って欲しいんだが」


 まあ不満だったとしてもなんとしても俺は選考部に行くのだが。


「いや、あなたも年頃なんだって実感したのよ」

「?どういうことだ?」

「要は選考部に言って可愛い女の子を見たいっていうことでしょう?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「別に否定する必要はないのよ。男なんてそういうものだってわかっているし」

「いや、ただ運営とかめんどくさそうだなーって思っただけだけど……」


 まあ全然嘘だけど。


「……そ。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」

「なんだよ?選考したかったのか?」

「違うわよ。あなたと同じにしないでちょうだい」

「ふーん。ま、そういうことにしといてやるよ」

「だから本当に違うって———」

「決まりましたかー?じゃあ運営部の人はアタシのところ、選考部の人は副委員長のところに集まってくださーい」


 橙里の反論を遮るように、刻先輩が声をかけ、手を振る。


「……私は行くわね」


 反論する気も無くなったのか、腰を上げ、刻の方へ向かおうとする橙里。

 そんな彼女を俺は呼び止めた。


「ああ、ちょっと待って」

「何かしら?」

「その副委員長ってどこにいるかわかるか?」

「知らないわよ」

「だよな……」


 教室を見回すが副委員長らしき人物は見当たらない。

 というかそもそも副委員長って決まってたっけ———


「あー、副委員長っていうのは、後ろにいる、そこの倉望くらもちちゃん———いや、望ちゃんでーす☆」


 指をさした先には、一人の女性。

 肩くらいまで伸びた茶髪は右耳側だけ耳にかけられて。

 顔立ちは決して悪いわけではなく、むしろいい方だろう。

 というかなんだかんだこの学校顔面偏差値高いな。

 おそらく彼女が倉望くらもち副実行委員長なのだろう。

 そして当然委員長の言葉に教室は静まり返る。

 みんなどう反応すれば良いのかわからないのだ。

 多分誰かが笑い出せばみんな笑い出すのだろう。しかしこういうのはその誰かが出てくるまでが長いのだ。

 みんながみんなの反応を伺う中一人全く違うことを考えていそうな人物が一人。


「…………」


 そう、隣の月見山橙里である。

 きっと誰もが今の彼女をみれば「あ、これ爆発する」と思うだろう。

 そしてその爆発が、今。


「ちょっとあなた———」

「そ、そうでーす!わたしが望ゆずこと、倉望くらもちゆずでーす!選考部の皆さんはわたしの方に来てくださーい!」


 彼女の爆発は、寸前に———というか押さえつけられた形だが———倉望ゆず先輩本人によって止められた。

 ———やっぱり。

 やっぱり俺はあの胡桃刻という女性が苦手だ。

 なんってったって———彼女を見ていると、俺の中学時代を思い出すから。


 ×××


「そ、それではこの紙に各クラスから選出した一人を書いて、三日後の木曜日までにわたしのクラスに提出しにきてください。何か質問のある方はいますか?」


 先ほどはあんな感じに———言ってしまえばバカを演じていたゆず先輩だが、選考部の仕事説明は至って普通で、丁寧に教えてくれた。

 多分本来はこういう感じの人なのだろう。

 恐らくだが———刻先輩と接しているときはバカを演じていると、そう見た。

 質問を求めるゆず先輩。みんな質問は内容で、手をあげる人はいない。

 一人だけ手を挙げるのは少し恥ずかしいが、しかし誰も聞く気がないようなので仕方なしに俺は手を挙げた。


「はい、ええと———」

「あざみです」

「ご、ごめんなさい!あ、芥生くん」

「倉望先輩の教室を教えてもらってもいいですか?」

「ごめんなさい!そういえば言ってなかったよね。え、ええと、二年A組です」

「ありがとうございます」

「他にはありますか?」


 再度質問を求めるが、しかし手が挙がるはずもなく。


「それではこれで解散としたいと思います。これから一ヶ月間、よろしくお願いします」


 その終わりを告げる言葉とともに、集まっていた生徒たちは一気に解散した。

 恐らく八割がた委員などやりたくもなかった生徒が集まっているのだろう。

 帰りの速さはみんながみんな天下一品。

 そんな中俺は帰らず、一度席に戻ってから紙にとある名前を書く。

 俺たちのクラスから選出されるミスアマ出場者はすでに決まってるからな。まあ、俺の独断ではあるが誰も自らやろうとはしないだろう。そうだと願おう。

 紙にある出場者の名前を書く欄に自分の中で綺麗だと思える字で『八神紅葉』と書き、ゆず先輩の方へ向かう。


「あの」

「はぁ……」

「あの、倉望先輩?」

「…………」


 目の前で名前を呼ばれても気づかれないとは。俺の影の薄さもそこまで極まってたか。

 仕方ないので彼女の肩を叩きながら声をかける。


「倉望センパーイ」

「ひゃっ!」


 ビクンと体を震わせて飛び跳ね、後ずさるゆず先輩。

 その様子はまるで驚いた猫のようだった。


「ご、ごめん!君は、ええと……」

「あざみです。いや、読むの難しいですよね俺の苗字なんかすいませんね」

「芥生くんだ!ごめんね、わたしバカだから……」


 そう言いながらアハハと苦笑いするゆず先輩。

 うーん、なんというか。

 彼女とは話が合うかもしれないなと、そんなことを思ってしまった。


「うちのクラスはもう出場者決まってるのでこの紙、出しちゃおうと思って」

「そ、そうなんだ。わかった。じゃあ受け取るね」


 紙を受け取って、名前を確認するゆず先輩。


「『八神紅葉』ちゃんか」

「知ってるんですか?」

「ううん。そうじゃなくて、むしろ逆だよ。わたしはてっきり一のCからは月見山さんが選出されると思ってたから……」

「彼女は多分頼んだところでやりませんよ。それに彼女は実行委員会でしょう」

「?実行委員会でも出場はできるよ?」

「そ、そうなんですか?」


 てっきりできないものかと思ってた。


「うん。実際うちのクラスからは今年も刻ちゃんが出るし」

「へえ、そうなんですね」


 なるほど、それなら納得だ。

 実際少し不思議だったのだ。

 俺はまだ胡桃刻という人間と話したこともろくにないし、一緒に過ごした時間もまだ一日に満たないが、彼女ような人がミスアマ出場を蹴ってまで実行委員になるものなのかと思っていた。

 しかし実行委員でも出場できるのなら別だ。

 それなら納得できる。しかし不思議な点はまだ残る。

 それは彼女がなぜ実行委員になったのか。


「その、どうでもいいこと聞いてもいいですか?」

「?何かな」

「胡桃先輩はなんで実行委員になったんですか?」

「何?刻ちゃんのこと気になるの?」

「いや———まあ気になるといえば気になりますね。多分倉望先輩のいう『気になる』とは方向性が違いますが」

「………多分わたしがいるからじゃないかな」

「?」

「……ごめん、なんでもない!わたしにはわかんないや!ごめんね」

「……いえ」


 ゆず先輩を見て、気づいたことがある。

 彼女は多分、嘘をつくときに笑うくせがある。

 実際今も笑っていたし、それに先ほど、『根暗望ねくらもち』という仮面をかぶっていた時も。

 しかし俺はわかったのだ。

 彼女の笑いが———悲しいほどに乾いていたことを。


「じゃあ、わたしは帰るね。提出書類はしっかりと、受け取りました!」


 そう言って彼女は、そそくさと俺に背を向けた。


「———あの!」


 そう呼び止めた声は虚しくもゆず先輩には届かない。


「……まあ、余計なお世話か」












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