第11話 「それまで俺は、君を導くよ」

「ミス・アマキで高校デビュー」


瞬間、時間が止まった。


「いや」


第一声を出したのは紅葉だった。


「いやいやいやいや、それは———」

「いいな、それ。それにするか」

「へ?!」


俺が率直な意見を言うと、彼女は露骨に驚いた。

いや、実際いい案だと思う。

ミス・アマキ———略してミスアマとでも言おうか———は彼女が高校デビューするに当たってはかなりいい課題だと思う。

どうせならインパクトのあるデビューがいいと思っていたが、しかしミスアマなら問題ない。彼女のことを全校に知らしめるいいイベントだし。

それに何より———


「紅葉さんなら余裕で取れるだろ」

「そうだよね。紅葉ちゃんなら余裕で取れると思う」

「へ?!へ!?」


どうやら彼女の口からは「へ」と言う言葉しか出なくなってしまったらしい。

まあ、少しハードルは高いかもしれないが———しかしミスアマグランプリともなれば嫌でも自分の特別性を、特異性を、自覚できるだろう。


「じゃあ決まりだな。当分の目標はミスアマにしよう。ちょうど俺も実行委員だし、都合いい」

「え、が、ガチに言ってますか……?」


いまだに理解できないようなので俺と儚は口裏を合わせたかのように、口を合わせて言った。


「「ガチもガチ、大ガチだぞ(よ)」」


×××


帰りの方向が違うため駅で儚とは別れて、俺と紅葉は今電車に揺られていた。

ビルの谷間に沈みかけていた太陽はもうすっかり地平線の裏に落ちて、街には夜の帳がかけられる。

千才駅から一駅過ぎた頃にはもうあたりを照らす照明は月と少しの街灯くらいになり、田舎らしい景色を映し出していた。

そんな窓の様子を、紅葉は名残惜しそうに眺めていた。

愚問だとはわかっているが、しかしそれでも、俺は彼女に聞いた。


「どうだった?今日は」


俺がそう言うと彼女は一瞬だけこちらを見て、しかしすぐに窓の先へ視線を移した。


「楽しかったです。凄く」


その声は嬉しそうで、だけど少し寂しそうな。


「私の周りにはたくさんの別の世界があるんだなって、そう思いました。家の中に閉じこもってたんじゃ絶対にわからない世界が、街にはあった」


その顔は笑っていて、だけど少し泣きそうな。


「その発見が、私は凄く嬉しいんです。何もしていないのに、それなのに少しだけ達成感を感じている、そんな自分がいる———それに」


すると彼女は何かを噛みしめるような、そんな顔をした。

大切な何かを胸の内に閉じ込めるように、胸に手を当てて。


「友達も出来ました。それが———それが一番嬉しいんです。私にも出来るものなんだって。私にもその権利があるんだって。そう思った。だけど———」


しかし途端に悲しそうな顔をした。


「そんなことを享受する権利が、私にはあるのかって。そうも思いました」


———俺は知っている。

彼女の表情の正体を。

その顔は、確かに悲しい表情である。

けれどそれは、ただ悲しいんじゃない。

その表情はきっと、受け入れてほしい。

きっと、認めて欲しい。

そう言う表情。

だから俺が言う言葉は、ただ一つ。


「権利は誰にだってあるんだ。ただ、それを享受するか、享受しないか、ただそれだけ」


誰にだって、その権利はある。

誰にだって、その資格はある。


「人ってのはきっと単純なんだ。一かゼロ。パソコンと同じ。だけどその単純な答えに意味を見出そうとする。過程を見出そうとする。証明を見出そうとする」


俺が選ばなかった選択を、俺が選べなかった選択を、君にはして欲しいから。


「だから受け入れていいんだ。君が受け入れたいなら、受け入れればいい。受け入れたくないのなら、別の方法を考えよう。俺は君に、君自身に正直になって欲しい」


俺が出来なかったことを、君なら。

君なら俺の出来なかったことを、成し遂げてくれるだろうから。


「それまで俺は、君を導くよ」




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