第10話 「ミス・アマキで高校デビュー」

「友達、でしょ?」


 たった一言だった。

 たった一言だったが———しかし紅葉の心を揺らすには十分すぎる言葉でもあった。

 儚のその言葉を聞いて、何かを堪えるように紅葉は手で口を押さえる。

 目を見開き。そして涙は頬を伝い。

 オーバーリアクションだろと、そんなことを言う人もいるかもしれない、しかしそれがなんだって言うのだろうか。

 彼女は今、こんなにも感動して、心が満たされて、温かくなって。

 それでいいじゃないか。

 もし世界中の誰もが紅葉の行動を変だと思ったって、俺だけは———否、俺と儚だけは、彼女をそうとは思わないだろう。

 泣き出してしまった彼女に儚は駆け寄り、背中を撫でている。

 その様子を眺めながら、俺は頬を緩ませた。


 ×××


「どう、ですか?」


 流石にあの状態で一人で試着室に戻るわけにはいかず、結局儚と一緒に試着室に戻ってからおおよそ十分。

 店から出て着た紅葉はあまりにも見違えていた。

 着ている服は試着室で散々見せつけられたはずなのに、けれど組み合わせだけでここまで変わるものなのかと、そう思わずにはいられないほどに、彼女はきれいだった。

 黒くて無地でハイネックのインナーを中に着て、その上には白いダボダボのシャツ。

 シャツは下から真ん中くらいまでボタンがとめられているが、しかし上の方は止めず、着崩して肩を出していた。

 黒いズボンは短く、上めに着てシャツをズボンにしまうことでその生足の魅力と長さを強調する。

 白いワンピースを着ていた彼女は、なんと言うか少し幼さを感じさせるような感じがしたが、しかし今の彼女は大人びたきれいさである。

 今までの彼女が『美少女』だとするなら今はそう、『美女』である。

 そんな風に感嘆していると。


「感想言ってあげてよ?」


 儚がそんなことを言う。

 いや、黙り込んでしまうのは仕方ないのだ。このきれいさを言葉にするほど俺は言語豊かでも感性豊かでもないし、このきれいさをそんな拙い俺の言葉で片付けたくもない。

 だから一言。ただ一言。


「きれいだよ」


 そう微笑むと、彼女は照れ臭そうに「あ、ありがとうございます」と呟いた。

 心地よい時間が流れる。誰も喋らず、何もせず、しかし心地よい。

 人の心と心が通じ合って、互いが微笑みあって、ただ時間が流れる。

 俺たち三人が一緒に話したりするのは初めてだが、けどまるで昔からの旧友のような、そんな安心感。

 ゆっくりと流れる優しい沈黙を、俺は噛み締めて、笑って俺は続けた。


「さて、ここからが本題だぞ。これだけで終わっちゃ出かけた意味がないからな———」


 ×××


 それからの時間は、まるで先程までのゆっくりとした時間が嘘だったかのように、早く、早く、流れた。

 駅前のカフェに三人で行って飲み物を飲んだり、駅近のちょっとオシャンティなお店で昼飯を食ったり、デパートで買い物をしたり、商店街をただぶらついてみたり。

 終始俺は蚊帳の外で、紅葉と儚が楽しんでいた感じはしたものの、不思議と嫌な感じはしなかった。まあ一つだけ不満があるとするならば、荷物があまりに重いことだろうか。荷物持ちって大変なんだなと、そしてこれから女子に荷物持ちとしてお出かけを一緒にと頼まれたら断ったほうがいいんだなと、そんなことも思った。

 まあ、不満はあるものの不快ではない。だからいいのだが。

 一通り今日行く予定だった場所には行き終え今は駅前、時間は六時を回っていた。

 梅雨時の六時はめちゃくちゃ暗いと言うわけではなく、それなりに明るい。

 楽しい時間も、いつかは終わりがやって来る。

 太陽が駅の近くのビルの陰に沈む。

 今日が、終わるのだ。


「いや、楽しかったなあ。まさか今日こんなことになるとは思わなかったけど、だけど紅葉ちゃん達に会えてよかったよ」


 儚がそんなことを言うと、紅葉が食いつく。


「私も楽しかったです!街って色々あるんですね」

「うん、そうだよ。なんならまだまだあるよ。遊園地も行ってないし、カラオケも今日は行ってない。街の楽しみってこれだけじゃないんだよ」

「また、行きたいです」

「うん、行こう!誘うからさ、LIME教えてよ」

「はい、ぜひ!」


 そう連絡先を送り合う彼女達。

 その様子は実に微笑ましい。

 と言うかこちらとしては紅葉がLIMEをしていたことに驚きではあるのだが。


「いつから学校に来るの?」

「まだわかんないです…」

「ふーん。碧唯くんは?碧唯くんはいつ頃にするつもりなの?」

「うーん、まだ決めてないがどうせならこうとびっきりインパクトのあるデビューの仕方がいいと思うんだよな。そのほうが庵治たちも絡みやすいだろうし」

「ふーん。じゃあさ、こんなのはどうかな———」


 少しだけニヤついた顔で、儚は言った。


「ミス・アマキで高校デビュー」

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