第9話 「友達、でしょ?」

「———っていう事なんだ…」

「………」


 今の状況をとりあえず儚に説明する。

 儚を話を聞いたのち少し考えるように首を傾げたのちに続けた。


「まあ、わたしはいいんだけど……。その、だって二人は…その……」

「……え、儚は俺と紅葉さんが付き合ってると思ってるのか?」


 俺がそう言うと彼女は虚を突かれたように後ずさって困ったような顔をした。

 どうやら俺と紅葉が付き合っていると、そう思っているらしい。


「付き合ってないよ。そう言う関係じゃない」

「じゃ、じゃあなんで一緒に古着屋になんて……それに碧唯くん前みたいに———おしゃれしてるし…」

「まあ確かにいつもとは一回りも二回りも違う格好はしてるが…」


 紅葉と出かけるために、確かに俺は割とおしゃれと言えるファッションをしている。いつもは放置している髪型もしっかり整えているし、なんなら少しだけだが切ったりもした。服もそれなりに気を遣って選んだつもりだ。


「こうしてるのはあいつの隣に立って恥ずかしくないようにするためだよ。一緒に出かけるってなってあんな美人の隣にかっこ悪い男がいたら俺も紅葉も恥ずかしいからな」

「………」

「……別に、一緒に出かけたいとか、気にかけて欲しいとか、そう言う意味で出かけてるんじゃない。ほら、この間話しただろ?あれの延長線上見たいんものだ。高校デビューするにあたって、自分に自信を持って欲しくてな」

「!」


 なんとも言えない表情をしていた儚だったが、途端に表情が変わる。

 何かに驚いているような、そんな。


「紅葉さんはなんて言うか、自己評価が偏っていると言うか、多分自分が特別って言うことを自覚してないんだ。だから街に出て、街にいる人に見られて、それで自覚できるかなって、そう思った」

「……ふふっ」

「な、なんだよ。何かおかしいこと言ったか?」

「いや、そういうんじゃないんだけど……なんて言うか碧唯くん、変わったなって」

「そ、そうか?」

「そうだよ。なんかこう、前みたいな、少し活き活きしてる感じがする」

「自覚はないんだがな……」

「自覚、か」


 ポツリと言葉を零し、彼女は。


「きっと気づいてないのは碧唯くんだけだと思うな」

「え?」

「なんでもない!行こ!紅葉さんが待ってるんでしょ?」

「あ、ああ」


 微笑みながら足早にかけて言った彼女の背を見て、俺も追いかけた。


 ×××


「これとか、どうですか?」

「うーん、悪くはないんだけど、今のトレンドはやっぱりこっちかな!こっちの方がコーディネートもしやすいし、それに涼しいからこれからの季節にピッタリだと思う!」


 紅葉と合流してからは、割とスムーズに話が進んだ。

 もちろん最初に紅葉と儚が対面した時は、十分すぎるほどに人見知りを発揮していた紅葉だったが、それも儚の持ち前のコミュ力で徐々にほぐされいき、今となっては俺と変わらない感じで紅葉は儚とも話している。


「じゃあなんとなく服も決まってきたし試着室、行く?」


 紅葉にそう提案する儚。

 それに儚は「はい!」と元気に答えた。


「じゃ、俺は店の外で待ってるから———」

「ダメ!」


 店を出ようとする俺の手を引いて、儚は俺を呼び止めた。


「碧唯くんも見るの!」

「いや、だって俺いる意味———」

「見るの!」


 そう言えば儚はちょっと強引なところもあったなと、そんなことを思って俺は身を委ねた。


 ×××


 儚プロデュースのファッションショーを延々と見せられ続けては半ば「いいんじゃないかbot」と化したのち、今俺は店の前で待っている。

 最終的にこうなるなら最初からこうすればよかったろと思ったりしたが、どうやら俺は儚に弱いらしく「文句言わないの!」と言われてしまった。

 曖昧な関係になってからは彼女はあまり俺に強く言ったりとかしていなかったが、そう言えば彼女はこういう性格だったなと思い出した。

 もちろん人当たりもいいし優しい彼女も素の彼女ではあるが、付き合っていた頃、俺に対しては割と強気だった。

 久々にそう言う彼女を見れて、驚いた反面、なぜだか少し嬉しくもあった。

 ———多分。

 多分、そう言うところが好きだったんだと思う。


「お待たせー」


 店から最初に出てきたのは儚だった。

 手には何やら荷物を持っていて、どうやら彼女も少し買い物をしてきたらしい。


「紅葉さんは?」

「紅葉ちゃんは今支払い済ませてるところだよ」

「そか」

「「……」」


 しばしの沈黙。しかしそれは不思議と居心地の悪くなるものではなかった。


「いい子だね、紅葉ちゃん」

「……そうなのか?」

「何?『そうなのか』って。紅葉ちゃんと会ったの碧唯くんの方が先でしょ?」

「いや、まあそうだけど。だが一二週間そこらで人を評価できるほど俺は人間観察に長けてるわけじゃないんでな」

「………そか」


 少しだけ間をあけて。


「わたしは———いや。わたし、いい子だと思うよ」

「………」

「それに碧唯くんだって『いい子』だと思ったから、その高校デビュー?を手伝おうとしたんじゃないかな」

「………」

「第一そうじゃなかったらそんな面倒なこと、手伝おうだなんて思わないよ」

「……そういうもんか」

「……そういうもんだよ」


 ———空はとても青く澄み、流れる雲は梅雨時だとは感じさせない。


「自分の考えなんて、多分いつだって心の中にあるんだ」


 隣にいた彼女はいつの間にか俺の前に立って。


「あとはそれを、できるかどうかなんじゃないかな」


 そう微笑んだ。

 彼女の後ろの空は雲ひとつなく、眩しかった。

 とっさに目をそらす。

 俺が見てはいけないものな気がして。

 俺が見たくないものな気がして。


「あ!来たみたいだよ!」


 儚がそう言ったので、後ろを振り返った。


「お、お待たせしました……」


 やって来た紅葉は大きな紙袋を手に足早に駆けて来た。

 しかし目立った違いはない。依然、白いワンピースのまま。


「あれ、着てこなかったの?」

「え、ええと、その……」


 困ったように目をそらす彼女。その表情を、俺は知っていた。


「着たは着たんですけど……その、なんだか周りの人の目が気になって。やっぱり似合ってないんじゃないかなって思って……」


 ———ミスった、と俺は思った。

 もしかしたら彼女を街に出すのは早かったかもしれないとも思った。

 俺は失念していた。例え周りから向けられる目は好意なものだったとしても、紅葉自身がどう感じるかはわからないのだ。

 彼女からしたら好意なものが、何か不思議なものを見るような、好奇なものに見えるのかもしれない。悪意のあるものに見えるかもしれない。それを、失念していた。

 まただ。

 また俺は自分勝手に、自分の考えることを押し付けて———


「違うよ」


 まるで全てを遮るように。

 彼女の透明感のある声は、しかししっかりと俺の鼓膜を震わせた。


「紅葉ちゃんがそう思ってるのは、身勝手な思い込みだよ。自分本位に人の考えを語るのは甘えだよ。だって誰も紅葉ちゃんに似合ってないだなんて、言ってない」

「けど似合ってるとも———」

「似合ってるよ」

「!」

「似合ってる。誰よりも似合ってる。きっと他の人も思ってる。店員さんだって、通行人だって、わたしだって、碧唯くんだって。ね?」


 急にこちらを向く儚。

 少し驚いたが、「ああ。似合ってる」と落ち着いて返した。


「もし似合ってないならわたしが、碧唯くんは———わかんないけど。少なくともわたしが言ってあげる。そして一緒に次の服を選んであげる。そして似合ってるって、そう言ってあげる。だから、紅葉ちゃん」


 儚は紅葉に近づいて、紅葉の両肩に手を置いて。

 一瞬紅葉の体がビクンと震えたが、けれどすぐに儚になだめられる。


「もっと自信を持って。あなたは可愛い。あなたは美しい。だからもっと自分のことを信じてあげて。じゃないと、紅葉ちゃん自身が可哀想だよ」

「………ごめんなさい」

「謝らないでよ。だってわたし達もう———」


 その笑顔は、まるで空みたいに。


「友達、でしょ?」

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