第8話 「助けてくれ!」
人と付き合う上で、最も重要なことは何か。
『コミュニケーション能力』なるほど、確かに重要だ。
『空気を読むこと』その通り、じゃないと付き合いにならない。
それらももちろん大事だけど、最も重要なこと———俺が思うに、それは『自分の自覚』だと思う。
自分の立場、自分の位置、自分の役割、自分の容姿、自分の意味、自分の価値。
それらを正しく確認して、確信すること。それができれば、きっと人付き合いはうまくいくと思う。
紅葉がもし本当に今を変えたいのなら、変わりたいのなら、正しく『自分を自覚』することが必要だ。
———彼女にはそれを失敗して欲しくない。
彼女のためにも。
それに———俺はそれを失敗したから。
×××
ガヤガヤと人の声でうるさい駅前で、俺は一人ベンチに座り人を待つ。
今いるのは
千才駅前は休日らしい賑わいを見せ、少しだけ鬱陶しい。
正直人混みはあまり好きではない。来なくていいなら絶対に来ない場所ではあるが、しかし今日は紅葉のことがある、仕方がない。
方針会議(会議と呼べるかどうか怪しいが)で俺が彼女に二つの重要なことを教えたのち、とりあえず———というか半ば俺がこじつけた形だが———今週の土曜日、すなわち今日彼女と出かけることになった。
もちろん、彼女とただ出かけたかったからというわけではない。
彼女自身に、自身の特別さを自覚して欲しかったのだ。
彼女ほどの美人が街中に赴けば、恐らく———というか確実に人目を惹く。
それを自覚して欲しかったのである。
『自身の自覚』とは、自分の良くない点の自覚もあるが、同時に自分の良い点の自覚も当てはまる。
普通の人よりかは圧倒的に特別なものを持っている彼女だ、まずはそこを自覚してほしい、そのために今日はこうやって街に繰り出しているのだ。
しばらくするとタッタと足音が聞こえてくる。
街を行き交う人たちの足音がほとんどだが、しかし彼女の足音を、俺は何故か感じ取れた。
顔を上げ、前を見た。
「お、おはようございます」
まあ、言うまでもなく、美少女がそこにいた。
先端が赤く染められた髪は一つに束ねポニーテールになっている。化粧っ気のない顔はほのかに赤くて可愛らしかった。
しかし、俺は何か違和感を感じた。
「おはよう」
挨拶だけして、彼女をまじまじと見つめる。
「な、何か変ですか?」
「あー、いや、なんか———」
上目遣いでそう俺に聞いた彼女。
そんな彼女を注意深く眺めた。
違和感、と言うよりは、そう、
「なんか、その服見たことある気がするんだよな……」
そういえば、最初に会った時の服も同じ服な気がする。
白いワンピース。もちろんめちゃくちゃ似合っているのだが。
「あー、これですか」
自分の服を見つめ、彼女は。
「私、この服しか持ってないんです」
衝撃の事実を告げた。
×××
「この服とかどうですか!」
絶妙にダサい服を嬉しそうに掲げながら、紅葉はそう俺に聞いた。
「あー、いや、どうだろう……」
こう言う時どう言うのが正解なのだろうか。
正直な意見を告げるべきなのか、ご機嫌をとるべきなのか。
女の子の気持ちっていうのは良くわからないのでどちらも正解じゃないまである。
きっと率直な意見を言った方が彼女のためになるんだろうが———しかしなあ…。
「こっちの方がいいですかね…。あ!これもいいかも!」
チョイスの一個一個が絶妙にダサくて困る。しっかりダサかったらまだ笑って言えるかもしれないが、一個一個が『着れない事もない』から困るのだ。
衝撃の事実を伝えられてから、もともと水族館とか行く予定だったのを急遽変更し、今俺たちは古着屋にいる。
どうやら彼女は茜から『お姉ちゃんは白いワンピだけ着ときな』と言われているらしく、それ以来白いワンピースしか着ていないらしい。
今となっては茜の言いたい事も少しわかる。多分彼女の言葉を意訳すると『お姉ちゃんに選ばせるとろくなことにならない』っていう事だと思う。
俺も男物だったら知識は少しだけあるが、しかし女物ともなると話は変わってくる。
「あー、俺ちょっとお手洗い行ってくる」
「はい。わかりました!それじゃあ私選んで買っちゃ———」
「ダメだ」
それはまずい。
「え、なんでです———」
「ダメだ」
「は、はあ……」
露骨にしょんぼりするなよ、なんか罪悪感で死にたくなるだろ……。
買おうとする彼女をなんとか止めて、俺はトイレに向かう。
スマホを出し、ブラウザアプリを開く。
「……女物、ねえ」
×××
結論から言おう。
なんの成果も得られませんでした。
いや、女物とか調べるもんじゃないわ。
『もーど』とか『くらしかる』とか『びびっど』とか、横文字多すぎだし何言ってるかわかんないし。もはやわかんなすぎてカタカナどころか脳内でひらがな変換されてるって。
トイレから出て、どうしようか悩んでいると。
「あれ、碧唯くん?」
「……儚?」
「ここいるなんて珍しいね。それに今日はなんだか前一緒にいた時みたいな服じゃ———」
「お、俺に天使が舞い降りた…」
「へ、へ?!」
急に焦りだした儚に俺は近づき、彼女の手を握って、俺は頼み込む。
「助けてくれ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます