第7話 「もう一つはな———」
委員会も今日のところはそつなく終わり、俺は紅葉の家へと向かう。
昨日あの後連絡先を交換したのだが、それによると一応俺は夕食をあの家で食べてもいいということになったらしい。
正直俺に来て欲しくないのならそれはそれでいいのだが、しかしせっかくのご厚意だし、甘えさせてもらうことにした。
流石に俺だって毎日カップラーメンなどのインスタントな食事は体に悪いことくらいは自覚しているのだ。
無料で、健康的な食生活を送らせてもらえるのなら、俺は喜んでそれを享受する。
それに紅葉とこれからのことについても話し合いたいしな。
そして、彼女の家の前に立つ。
改めてみても彼女の家は本当に大きい。俺がいるのが場違い感あって特に家の前は居心地が悪くなってしまう。
チャイムを鳴らすと「芥生くんですね。入ってください」と紅葉の声がした。
そのままドアを開け、中に入る。
中に入ると、どうやらもう食事はできているようだった。鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが俺の食欲を無造作にかきたてた。
「こんにちは。入って来てください。もう料理はできてるみたいですから」
「……ああ。ありがとう。けど本当に良かったのか?お邪魔しちゃって」
「大丈夫です。あの子も昨日はああいう風に言ってますけど、なんやかんや食事が賑やかになるのは嬉しそうですし」
「そうか。なら、いいんだが」
出迎えた紅葉は昨日とは少し印象が違う感じがした。
昨日は髪を流していかにも優等生という感じだったが、しかし今は髪は一つにまとめて肩から流している。
それに服装もダボダボなシャツにショートパンツと、いかにもラフな感じのファッションだった。
案内され、リビングに着く。
「……早く座りなさい。あたしも暇なわけじゃないんだから」
ソファに膝を組んで座り、そんなことをいう茜。もう何回でも言おう。とても年下には思えない。
「じゃあ失礼して」と少し腰を曲げて向かいのソファに座る。紅葉は俺の方には座らず、茜の方に座った。
机に上に彩られた調理された食事たちを眺める。
木製のボウルの中には野菜が盛られており、どうやら少し小エビも入っているよう。メインディッシュはミートパスタのようだ。
———見た目は、合格だな。とか思うが何様なんだろうか俺。
そんな風に俺が注意深く茜の作った品を眺める中、しかし紅葉はすでに食事を始めていた。
頬張りながら、まるで頰がとろけて落ちてしまわぬように手で頬を抑えていた。そこまで美味しいのか。
いや、うまいんだろうが———しかしまあ、それも食べてみないことにはわからない。
ミートパスタをフォークで巻き、口に入れた。
「……!」
———認めよう。
正直家で作るミートパスタなんて所詮その程度、どれだけ上手くたってファミレスに勝つか負けるか程度だと思っていた。
しかしそれはあまりにも安直で、愚直な意見だったと今すぐに認めよう。
これは正真正銘の、ミートパスタなのだろうと確信した。
固すぎず柔らかすぎない絶妙な髪ごこちのパスタは本当に上手にミートソースの美味しさを引き立て、しかしそれでも「俺のことは忘れるなよ」よでも言わんばかりに自身の旨みを主張していた。
対してミートソースは自身の圧倒的存在感を、その味の濃さで体現しつつも、しかしパスタへの気遣いも忘れず。
それぞれが、それぞれを生かしあい、活かしあう、そんな感じである。
一つ一つの部品が出来上がっている———それも確かに美味かろう、しかし。
これはそうではなく、一つ一つの部品が合わさって、一つの作品として人の舌を包み込むのだ。
これは本当に———
「うまい…」
心からそう思った瞬間であった。
「どうですか?茜の作った料理は」
微笑みながら、紅葉はそんなことを聞いてくる。
「無論、うまい。本当に、店できるんじゃないかってくらいうまいな」
「そうですか!そうですよね!やっぱり美味しいですよね!ほらね茜!やっぱり茜の作る料理は美味しいんだよ!」
「……いや、まあ、これくらいは練習すれば誰だって…」
「できないよ!少なくとも私はできないもん。ですよね、芥生くん?」
「ああ、そうだな」
茜を褒める俺と紅葉。
しかしとうの茜は少し頬を赤らめながらも否定し続ける。
「本当に、こんなこと練習すれば誰だってできるよ。お姉ちゃんだって、芥生さんだってできる」
「……まあ、そうかも知れないが」
いつの間にか食べ終わってしまったミートパスタの皿。その上にフォークを丁寧に置いた。
「このレベルまで練習したことに意義があるんじゃないかと、俺は思うぞ」
「……」
何が気に食わなかったのか、茜は俺を恨めしそうに睨んでから勢いよくパスタを頬張った。
×××
「まずは、これからの方針を決めよう」
茜のつくった絶品をひとしきり食べ切った後、俺は紅葉の部屋の中にいた。
もう二回目になるが、しかしまだ少し緊張する。やはり女子の部屋に入るときの緊張感は回数でなんとかなるものではないと、そう心から感じた。
「紅葉さんの目標は、『高校デビューして、高校をエンジョイする』。これに尽きるよな」
「そういうことになりますね」
「それを成し遂げる上で、まず紅葉さんには課題が何点かある」
「はあ。課題、ですか」
机の上に紙を置き、ペンを持つ。
「大きく分けて二つだ。まずはコミュニケーション能力をつけること」
「……はい」
「昨日、儚———瑞城儚と鉢合わせた時。あの時紅葉さん俺の後ろに隠れていただろう?」
「そうですね」
「わかってるとは思うがあれは人と付き合っていく上であまり褒められたことじゃない。初対面で隠れられでもしたら相手側は仲良くしづらいし、なんなら嫌われてるんじゃないかとまで思う。後者は俺だが」
「後者は芥生さんの意見……ふむふむ」
あの、メモを取るのはいいことですけどいらんとこまで取らなくてもいいんですよ?
「そこをメモする理由はイマイチわからないが…まあ、いいか。とりあえず、それが一つ。けどこれは最優先事項じゃない」
「?そうなんですか?聞く感じそれが最優先事項みたいな感じしますが…」
頭の上に疑問符を浮かべ、頭を傾ける紅葉。
その仕草は自然ですごくかわいい———そう、重要なのはかわいいということである。
「コミュニケーション能力も非常に重要なことだが、しかし必要とまではいかない。しかし今からいうことの方が重要だ。なんて言ったってこれがあるかないかで人はだいぶ変わるし、何よりコミュニケーション能力にも関わってくるからな」
「?」
「もう一つはな———」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます