第4話 「その子、誰?」

 人の外見———それは初対面の第一印象の善し悪しを大きく左右する要素だ。

 そして第一印象、それはその人との付き合い方を大きく変化させる。

 特に、髪。これは重要な要素になる。

 長い髪か短い髪か、それは正直関係がなく———重要なのは、その清潔感である。

 たとえ目にかかるくらいの長い髪でも、左右に分けてしっかりと「髪型」として成立させれば、それはそれで良いのだが———手入れをせず、伸び放題にした髪、これは良くない。

 初対面で清潔感を感じられないどころか、さらに暗い印象を与えてしまう。

 この二つの悪い印象は、リア充への道として重要なことの一つ『とっつきやすさ』、そこに直に影響してくる。

 第一印象で『とっつきやすさ』を感じられない高校デビューは、最初からマイナスを負っているようなものなのだ———つまり、他の場所で『とっつきやすさ』を出す必要が出てくる。しかし他の場所で『とっつきやすさ』を出すのは容易ではないのだ。

 よって、高校デビューで重要なのは、髪型、ひいては外見ということになるのだ。


「と、いうわけで」


 みなさんこんにちは。

 始まりました、『碧唯と行く!下町さんぽ』。

 今日は、下町も下町、下々町の、とある美容室に来ておりまーす。


「ここが美容室……」


 キラキラと目を光らせている隣のこの美少女は、八神紅葉。どうやら美容室に来るのは初めてらしく、心ぴょんぴょんさせながら今か今かと入るのを待っておりまーす。


「よし、行くぞ」

「美容室…美容室…ヘアサロン」


 おっと、どうやら少しだけオシャレに変換されてしまったようです。

 ドアを開けると、あら不思議。そこには爽やかイケメンがお出迎えして———おりませーん。


「へいらっしゃい」

「……へ?」


 ここで紅葉さん、思わず間抜けな声を出してしまいました。

 それも仕方がないでしょう。だってこの美容室の美容師は一人だけなのです。

 それもめちゃくちゃガタイのいい丸刈りの大男なのですから驚くのも仕方がないというもの。

 おどおどと焦っている紅葉さんを横目に、俺はちゃっちゃとオーダーをしたいと思いまーす。


「一人で」

「あいよ。そこ座って」


 もう接客がラーメン屋っ!

 けど事実この大男、昼と夜はラーメン屋をやっていたりするんです。

 こんな大男が作ってるラーメンなんて、きっと脂ギットギトなんでしょうね!まあ、めちゃくちゃあっさりした塩ラーメン作るんですけどね。

 ことごとく予想を裏切ることしかしない大男なんですよ、この男———おっと、そんなことを考えていると睨んできました。怖い怖い〜。

 ———さて、おふざけはこの辺りにして。


「紅葉さん、あそこに」

「は、はい」


 指定された席に紅葉を座らせる。

 俺は隣に椅子を持って来て座った。

 するとしばらくして先ほどの大男が美容師が使うハサミをちょきちょきとしながら寄ってきた。


「ご注文は」

「おまかせで」

「あいよ、おまかせ一丁!」


 用意を始める大男。

 訳も分からず座らされた紅葉はなんだかすごく不安そうな顔をしていた。


「この男、大壁おおかべ玄一くろひとっていうんだ。美容師らしくないガタイはしてるが腕だけは立つから安心しろ」

「そ、そうなんですね……ちなみに、結城くんはここ、凄く慣れているみたいだけど……」

「あー、大壁さんは俺の叔父なんだ」

「なるほど、それで…」

「ああ。まあ、大壁さんに任せとけって。本当に、腕は立つから」

「そこまでいうなら、信じます」

「ああ。大船に乗ったつもりで身を委ねろ」


 そして、チョキチョキと、心地の良い音がダンスを踊りだす。

 店内に流れるBGMと妙にリズムも合っていて、聞いてるだけで楽しい。

 それからどれくらいだろう、一時間から一時間半くらい立った頃だろうか。


「……いっちょあがり」


 そういって、玄一はハサミを置いた。


「ど、どうですか…?」


 少し俯きながらも、俺の反応を伺うように彼女がそう言った。

 ———これは、俺は化け物を生み出してしまったのかもしれない。

 目にかかっていた前髪はまつ毛よりも少しだけ上に程よく切られ、彼女の美しさを引き立たせている。

 心なしか後ろ髪も短くなっているのは、おそらく伸ばしっぱにされていた後ろ髪も少し手入れされたのだろう。

 もともと可憐で美麗な少女では合ったが、今までは若干の『隠れ美少女』感を否めなかったが打って変わってこれはもう誰が見ても『美少女』だろう。

 前髪が切られたことでしっかりと見えるようになったその大きな瞳は、時々泳ぎながらも俺を捉えているようだ。

 全体的に印象が明るくなったせいか、顔の他のパーツも見えるようになった気がする。

 すらっと高い鼻、ぷくっと膨らんだ唇、細く長い首、拳くらいしかなさそうな顔。

 どれも驚くほどにきれいで、それぞれをそれぞれが際立たせていた。


「とても、よく似合ってる」

「ほ、本当ですか?なんだか前髪がこんなに短くなると少し安心感がないです……」

「そんなにめちゃくちゃ短いわけでもないけどな」

「なんか赤ちゃんの頃から肌身離さず持っていたものを取り上げられたような、そんな気分です」

「あー、わかる。俺もイメチェンした時おんなじ感じだった。前髪ないとちょっとそわそわしちゃってたりしたな。髪も染めたての時は恥ずかしかった」

「そうだったんですね。結城くんにも髪を染めていなかった時期があったんだ…」

「おいおい俺は外人じゃないんだぞ。俺にも黒髪だった時代はあったさ」


「ふふっ」と紅葉は微笑んだ。そういう仕草さえも少し高貴な感じがした。

 けれど、少し思ってたのと違う感じがする。


「どうしたんですか?何か不服そうな顔をしていますが」


 少し俯きながら顎に手を当てて考えていると、紅葉が俺の顔を覗き込んできた。


「ふぁっ———」


 とっさに後ずさり、距離を取る。


「どうしたんですか?」

「い、いや、ちょっと……」

「??」


 不思議そうな顔をするな。

 きれいって言われただけで倒れるくせに、こいつはもしかして天然小悪魔なのか?


「ごほん———そのなんだ、とても似合っているのは確かなんだが」

「?はい」

「なんだろ、少し思っていたのと違ったんだ」

「というと?」

「明るくすればその『とっつきやすさ』が出ると思ったんだが———これはなんか方向性が違うんだよ。『とっつきやすさ』よりも『きれいさ』が出てしまってるせいで、どちらかというと話しかけづらいというか……」

「き、きれいさですか…」


 少し顔が赤くなっているような気がしないでもないが、暑いだけだろう。

 玄一さんめ、エアコンくらいつけたらどうだ。

 今の紅葉の状況は、イメチェンして『リア充』っぽくなったというか、どちらかというと『深窓の令嬢』感が出てしまっているのだ。


「ちなみに、芥生くんは髪を染めた時からその髪型なんですか?」

「?何かおかしいか?」

「そういうわけではないんですけど、先端だけ金髪になっているので、そういう髪型なのかなーと思って…」

「多分これは髪が伸びてこうなってるだけだな。結局生え際は黒いからな」

「染め直したりするつもりは?」

「特にないな————」


 瞬間、俺の頭の中で彼女の言葉がループした。

 壊れかけのラジオみたいに、反響しながら。


『先端だけ金髪になっているので———』

『染め直したりするつもりは—————』


 そして、点と点が線となる。


「あ!そうだ!」

「?」

「紅葉さん、髪を染めちゃいけないとかないよな?」

「特にないですが」

「よし!じゃあやろう!」


 彼女の肩を掴んで、俺は彼女の顔をしっかりと見て。


「髪を染めるんだ!」


 ×××


 髪を染める———その行為は現代社会において重要な意味を持つ。

 前述した第一印象の話にも通じるところがあるが、髪を染めただけで人々からの印象というのは一気に変わる。

 髪が染まっているだけで、人々は本能的に『この人陽キャじゃね?』とか思うのである。え、思うよね。俺だけ?じゃないはずだと思う。

 まあ、そういういい点もあるが、逆にいえば悪い点もある。

 派手な色に染めすぎてしまえば、『チャラい』だとかそういう印象もあるということである。

 しかしこれは逆に言えば染め過ぎなければ良いのだ。


「こ、これ変じゃないですか…?」

「いや、大丈夫だ。よく似合ってる」


 うんうんと頷きながら、俺はそういった。

 先ほどのままだと、彼女の『美しい』という側面を引き立たせただけであって、『とっつきやすい』とはならなかった。

 今はどうだろう。

 彼女の髪の先に赤いメッシュを入れたことで、先ほどまでの『深窓の令嬢』という印象ではなく、『美人で明るそうな人』という印象を感じられるのである。

 俺がよく似合っているといったものの、どうやら紅葉の方は違和感を感じているようだった。


「そんなに心配なら、鏡を見たらどうだ?」

「そ、そうですね…」


 そして彼女は全身の映る鏡の方へ移動し、そして———口を押さえ膝をついた。


「ど、どうした?!」


 驚いて、彼女に駆け寄った。


「嫌だったか?俺も嫌なことを強制するつもりはないからもし嫌だったら染め直しても———」

「い、いや———」


 彼女は目を見開いて。


「私、本当に変わってるんだって———思って」


 もう一度自身の変容を鏡で見つめ、紅葉は続ける。


「私、中学の時からずっと学校に行ってなくて、けど高校からは変わろうと思ってずっと高校に行こうと頑張ってたんです。けど、結局変わらなくて行けなかった」


 一度涙を拭き、彼女は。


「もちろんまずは高校に行くことには始まらないって———変わらないって、わかってるんです。私はこんなに変わった———変われた。それに感動しているんです」


 そう、笑った。


「変われるよ。紅葉さんなら」


 彼女に笑い返しながら。


「俺が保証する」


 八神紅葉と芥生碧唯は一切合切が違う。

 たかが髪を染めただけ。今は中身じゃなくて、ただ第一印象を変えただけ。

 けれど彼女はこんなにも変われたことを実感している。

 俺は———違った。

 髪を染めても、ピアスをしても、何をしたって、ただそれだけ。

 自身の変化を実感しなければ変わることなんて出来ない。

 そして俺に出来なかったことを、彼女は出来てる。

 だから、八神紅葉は絶対に変われる。

 そう俺も確信———否、実感した。


 ×××


「大丈夫か?時間」

「はい、大丈夫です。家は門限とかないので」

「珍しいな。だいたい八時までとか、決まってるものだが」

「親は二人とも海外に出ているので、妹と私の二人暮らしなんです」

「そうか。大変なんだな。一応危ないし、送って行くよ」

「ありがとうございます」


 美容室をでた頃にはあたりはもうすっかり暗くなっていた。

 俺の住んでいる市———「千才ちとせ市」はそこまで田舎というわけではないが、下町ならぬ下々町であるここは少し街灯が少なく危ない。


「芥生くんこそ大丈夫なんですか?時間」

「一人暮らしだからな。何時に帰ったって何も言われないな」

「一人暮らしかー。大変そうですね」

「いや、そんなことないぞ。一連の家事はそれなりにはこなせるし」

「凄いです!じゃあ料理とかも出来たりするんですか?」

「ま、まあ一応」

「何を作ったりするんですか?」

「え、ええと……」

「?」


 口を濁す。

 これはまずい。

 俺が少し見えを張った事がバレてしまう……。


「い、言わなきゃダメか?」

「……ああ、なるほど」


 すると紅葉は途端ににっこりと笑って。


「言わなきゃダメです」

「……」


 髪型が変わって少し明るくなったからか、その笑顔は小悪魔的だった。


「か、カップラーメン」

「やっぱりですか」


 紅葉はため息をついて、続けた。


「もう、それ料理って言いませんよ……」

「め、面目ない…」

「もしかして今日もですか?」

「ま、まあそのつもりだったな…」

「はぁ…。体に悪いですよ、カップラーメンだけはそういうの…」


 すると彼女は突然俺の前に立ち塞がった。


「じゃあ、これから私の家に食べにきてください。妹がいつも作ってくれてるので、言っておきます」

「さ、流石に…」

「来てください!強制です!」

「は、はい…」


 勢いに押され思わずそう言ってしまった。

 もしかしたら意外と紅葉は気が強いのかもしれないと、そう思った。

 その時だった。


「碧唯くん?」


 後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。


「儚———」

「その子、誰?」








 

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