第2話 「私を君の彼女にしてください!」

「ごめんなさい、音楽を聴いていたの」


 彼女はそう言うと、俺の前の机に紅茶を置いて一礼した。

 名を八神やがみあかねと言う。八神紅葉の妹である。

 整った顔は姉とよく似ているが、きれいと感じさせる姉の顔立ちとは違い妹の茜はどちらかといえば可愛いと言う感じの顔立ちである。


「それで、お姉ちゃんには何の用でここにきたのかしら」


 澄ました顔で、そう俺に彼女は問いかけた。

 ぴっしりと切りそろえられた目にかかりそうな前髪、その内から覗かせる大きな目。まさにお人形である。

 しかしお人形のような顔から放たれるその鋭い眼光は俺の背筋を伸ばさせた。

 年下とは思えない威厳である。



「……えっと、紅葉さんに届け物で伺ったのですが」

「……えぇと」


 俺がそう言うと彼女は苦笑いした。


「……それだけなのになんでこうなってるの…」


 そう言われるのも仕方がない。

 隣を見る。


「きれい……きれい…」


 そこには、何かぼやきながら、上の空の美少女。

 八神紅葉である。日直を俺にぶん投げた不登校児であり、噂の天才少女。

 俺が心の内を漏らしたところ、ぶっ倒れた少女である。

 俺が「きれい」だとか言ったのち、彼女はその場にぶっ倒れた。なぜかは分からない。流石に急にぶっ倒れられて驚いた俺はこの家のベルを連打したのだ。

 それはもう、高橋名人もびっくりの秒間クリック数だったと思う。秒間クリック数二重入ったんじゃないだろうか。

 そして急いで駆けつけた茜に介抱され、今に至る。

 まあ、これに関しては俺に非があるとは思うが………。

 けどここまでなるものなのか。

 彼女はソファの上で体育座りというか、うずくまっていた。

 若干耳が赤くなっているような気がしないでもないが…。


「お姉ちゃんに何言ったの……」

「いや、当然のことというか、思ったことというか……」

「は、はぁ」


 すると茜は自身の姉を見て、溜息をついた。

 一方の彼女はと言うと。


「……当然のこと…思ったこと…」


 さっきとはまた違うことをぼやいているような気がしないでもないが、相変わらずよく聞こえない。

 そしてしばらくの沈黙———といっても紅葉のぼやきが聞こえるが。

 それを見兼ねた茜が口を開いた。


「当然のことを言ってこうなるものなの…?」

「いや、それに関しては俺も悪かったんですが…」

「???」

「その、彼女を見て思った事を言ってしまったというか…男としてのさがというか…」

「???」


 茜の顔には意味不明という四文字。

 まあ、そりゃそうだろ。俺もうまく説明できない。

 だってあまりにもきれいだったんだ。

 けれど彼女の美貌は、思わず口に出してしまうくらいには———美しかった。


「まあ、よくわからないけど。とりあえず悪い人でもなさそうだし。あたしは自分の部屋にいるからさっさと済ませてね」


 そう言って彼女はソファから立ち、階段を登っていった。

 よくできた妹である。年下とは思えない。初対面で、しかも年上であろう人にも動じず、あんな風に凛とした対応ができるのだから、本当に。

 ちなみにこの家はと言うと、見かけ通りの中身だった。

 中はめちゃくちゃ広い。広いったらありゃしない。琵琶湖ぐらい広かった。

 今俺と紅葉がいるのはどうやらリビングのようである。この上にどうやら二階があるらしい。今俺が座っているソファからは二階が見えて、そこには部屋が数個見える。どうやらアレが個人の部屋みたいだ。

 相変わらず紅葉は蹲っていた。このまま二人とも黙り込んでは何も始まらないので、俺は口を開くことにした。


「あの。初めまして。俺は芥生碧唯だ。君の同級生なんだけど、その、届け物をしに来たんだ」

「………まして…」

「何?」


 何を言ったのかよく聞こえず、俺はそう言って首を傾げた。

 俺の声に反応してか、彼女は顔をあげて、改めて座り直した。

 改めて見るとすごくきれいな顔立ちをしている———しかし恐らく伸ばされていた前髪は目にかかって、手入れはされていないようだ。

 しかし、それでもなお美しいと感じさせるのは、彼女のポテンシャルってやつなんだろう。


「え、ええと、よく聞こえなかったからもう一回言ってもらっても———」

「あの!」

「は、はい!」


 急に大声を上げられて俺は反射的に割と大声で返事をしてしまった。

 紅葉は机に手を置いて立ち上がって前のめりになる。

 そして、俺をまっすぐに、見据えて。


「私を君の彼女にしてください!」

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