第52話 討伐依頼5

「姉さま……」


 また不意に声をかけられた。会話に集中し過ぎて魔力感知が疎かになっていた。

 そして……、忘れられない声。それと、数年ぶりの言葉。

 振り返る。

 背が伸びていた。2年ぶりなんだ、当たり前か。


「ウェンディ……」


 気が付くと、私は抱きしめていた。

 私の元妹。アイスメイル侯爵家の後継。


「うあぁぁ~」


 ウェンディが、泣き出してしまった。そして、私を抱きしめて来た。

 よかった、この娘はまだ私の妹だった。


 アウレリアさんとドーラさんは、席を外してくれた。補給の応援に行ってくれたのだ。

 私達は飛空艇から降りて、二人きりになれる場所で、倒木を椅子にして座る。

 私はウェンディが泣き止むまで手を握り続けてた。

 ウェンディも同じ気持ちだったようだ。まだ私は、この娘の姉でいられたんだ。


 ウェンディの話を聞いた。

 帝国領との国境付近で特訓を行っていたらしい。それもとても厳しい……。

 今は、眼に光が少し見えるけど、本当は他人を傷つけたりできる娘じゃなかったのに。

 とにかく毎日大規模魔法を連射していたらしい。

 そして、幸運にも帝国とは良好な関係の時期でもあり、戦争には参加していなかった。

 それでも、部下達との手合わせは行われていたらしい。


「……何でも壊していいのであれば、問題ないんですけど、模擬戦とか苦手で」


 手合わせしてくれる部下に重症を負わせる事もあったのだとか。

 膨大すぎる魔力量というのも、扱い辛いんだな。

 それでも、特訓は続けられた。

 それと、魔物の討伐だ。アイスメイル侯爵領にも魔物が多発しているらしい。


「100匹程度であれば、一撃で凍らせられるので問題ないのですけど、1000匹を超えると一人では対応できなくて……。兵士に守って貰いながらとなると、怪我人も多く出て……」


「ちょっと待って、1000匹って魔物の氾濫スタンピードじゃない?」


「そうなんですか? 数ヵ月に一回はありましたよ? それと、私が倒すと素材がダメになるみたいです。凍らせたり、潰したりするのが私の魔法なので……」


 ウェンディが俯いた。

 ……周りの兵士達は、何をしてたんだろうか?

 この娘に頼っておきながら、素材が回収できない? 自分達で戦いなさいよ。


「もう、最近は語りかけてくれる人もいなくなって……。そんな時に、お父さまからリディア姉さまのお話が出ました。それは、もう嬉しそうに、壊れた義手を自慢げに掲げて……。家宝にするんだとか」


 あの、バカ親父。今度、頭カチ割ってやろうかしら……。


「それと、土竜種の応援要請が来ました。驚きました。私は、アイスメイル侯爵領から出られないと思っていたので……」


 これは、疑問に思う。

 あのアイスメイル侯爵様が、他領を気にする? 王家に頼まれた線も薄いな。

 アウレリアさんとドーラさんがいるんだし……。聖女様も来ている。

 裏がある?


「リディア姉さまを助けて来いって……。それと、魔力の流れを観察するように言われました。言われた意味が分かりましたよ。リディア姉さまの魔力はとても綺麗な流れなのですね」


「……」


 ちょっと待って、頭が付いて行かない。


「それと、王都に寄ったのですが、お兄さま達とも会う事ができました」


 う……。私は避けてたんだよね。


「後数年で卒業して、帰って来てくれるそうです。でも、リディア姉さまと比べると、剣も魔法も中途半端なのが分かります。ちょっと前線には立たせられないって言うか……」


 妹の常識が壊れていると思う。誰と比較しているの?

 学生が、すぐに前線に立てる訳ないじゃない。

 私は……、実戦を繰り返して、大怪我負ったんだし。


「それと……。リディア姉さまの右眼……。なにかありました?」


 鋭い娘だ。魔法の才能に溢れると、こうなるのかな?

 魔力感知でも負けそうな気がする。

 でも瞳の色が違うんだし、気が付きもするか。


「怪我を負って、治したの。オッドアイになっちゃったけど、前より良く見えるのよ?」


「そんな……。大怪我だったのですか?」


 久々の姉妹の会話だったけど、状況はそんな時間許してくれなかった。

 ドーラさんが来た。


「リディア! 補給が終わったよ! 休憩は終わりだ、飛空艇が出発する! そこの嬢ちゃんは連れて行くのかい?」


 私は立ちあがった。


「行こう、ウェンディ。……今日の私達なら敵なしよ!」


 ウェンディは、一瞬驚いた顔をしたけど、その後笑ってくれた。

 この娘の笑顔が、とても嬉しい。

 今日の私は、最強だ。無敵だ! 土竜種なんて目じゃない。


「はい! リディア姉さま!」


 私達は手を繋ぎ、飛空艇に乗り込んだ。





「ウェンディ! 動きを止めて!」


「はい!」


 眼下一帯が、凍る……。やっぱり、ウェンディは凄いな。アウレリアさんとドーラさんも驚いている。

 他は……、萎縮させちゃっているな。

 私は、飛空艇から飛び降りて、土竜種に突進した。

 土竜種は、石の散弾や土の槍で私の接近を拒むけど、今日の私は無敵なのだ! 姿を消しながら、全て躱した。

 今の私には、勘じゃ魔法を当てられないのだ。明後日の方向に土魔法が飛んで行く。土竜種は私を見失っている証拠だ!

 それと危ない場合は、アウレリアさんとドーラさんの援護もあるし、パーティーメンバーが信頼出来るのっていいな。

 この四人で組んで行ければ、竜種も狩り放題になりそうだ。


 私は、土竜種のくびの上に着地した。この部分の皮膚を変形させると動けなくなるから、ここは弱点になる。

 私は、領域フィールドを展開した。


吸収ドレイン!」


 頸に剣を突き立てて、魔力を強制放出させて行く。

 土竜種が、耳障りな咆哮を上げる。

 でも、そんなの気にもしてられない。

 土竜種が自爆覚悟で私に魔法攻撃をしてくるけど、飛空艇に乗った3人がそれを防いでくれる。


「うざったいわね! 速く魔力を全部寄越しなさいよ!!」


 私は、霰魔法を全開にした。




 土竜種は、魔力が枯渇すると動かなくなった。そして、そのまま命を散らしてしまったのだ。川に入ったのが、命取りだったんだろうな。

 "聖女重歩兵団"の活躍があってこその、短時間での討伐となった。

 この後、聞かれそうだし、歴史として語り継がれる内容になるかもしれない。S級冒険者と聖女以外の活躍も記録して貰おう。それと、アイスメイル家次期当主の名前もね。


「リディアさん。土竜種の魔力は何処に行きましたか?」


 飛空艇に戻った時の、アウレリアさんの開口一番の言葉だった。


「……霰魔法で保持していますけど?」


 全員が絶句している。

 あれ? 私がおかしい?


「リディア。危なくないのかい? この辺一帯を消し飛ばそうとした魔物の魔力を全部奪ったんだろう? それに、下の素材の中に魔力石はなさそうだし」


 そう言われれば、そうか。今私は爆弾を抱えているんだな……。どうしよう?


「リディア姉さま……。少し見ていてください」


 ウェンディがそう言うと、右手に魔力が集まって行く。そして、なにかが出来上った……。


「それ、魔力石?」


「はい、私の魔力の結晶になります」


 ふむ……。そんな技術もあるんだな……。試してみよう。そういえば、アウレリアさんも使っていたな。

 魔力の流れは、そんなに複雑じゃないし、私でも出来そうだ。



「……これ、凄くない?」


 私の作った巨大な魔力石が目の前にある。一瞬飛空艇が、バランスを崩したほどだ。


「はぁ~。国宝級の一品になりそうですね。王妃様に献上でいいですか?」


「……お願いします」


 とんでもない物を作ってしまったみたいだ。

 ここで、ウェンディが私の腕に抱き着いて来た。


「流石、リディア姉さまです!」


「……私から言わせて貰えれば、怪物姉妹だね」


 ウェンディは、いい笑顔だけど、他の人の顔が引きつっていたな。


 ここで気が付いた。そちらを向く。

 かなり遠くに、誰かがいる。

 精霊の目でその人物を見ると、立ち去ってしまった。

 あの距離では、追いかけても無駄かな。飛竜でも追い付けないだろうな。それ以前に、転移転送系のスキルを持っていそうだし。

 でも……。



「ノア……。見ていてくれてたんだ」

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