第42話 侯爵との再会1

 今私は、アイスメイル家の応接間で、待機中だ。

 これから父親、……アイスメイル侯爵様と面会しなければならない。

 正直、これ以上嫌な事もない。

 でも、召喚命令を出された以上、面会は避けられない。

 最悪は、実家を破壊してでも、母親を攫って王城に逃げよう。他国でもいい。

 今の私は、A級冒険者の肩書もあるのだ。

 それに、多少の資金もある。王妃様から給金は頂いたけど、使う場所がなかったので、豪遊できるくらいの預金額になっていた。

 それと、冒険者として稼げるだけの実力も付けたのだし。

 亡命は可能だと思う。

 考えていると、ドアが開かれた。

 立ち上がり頭を下げる。


 その人物が椅子に座った。


「面を上げよ」


 正面を向く。この世で一番会いたくない人物が、そこにいた。


「良い、座れ」


 無言で椅子に座る。メイドが、椅子を押してくれた。

 この屋敷での、こんな貴族令嬢としての待遇は、数年ぶりだ。

 緊張のあまり、小さく息を吐き出す。


「魔物を切ることはできても、人を傷つける度胸がなく、失望した娘とまた会う事になるとはな。

 ……霰魔法だったか。随分と努力したのだな。数年でA級冒険者とは、さすが、儂の子だ」


 今すぐにぶん殴ってやりたい。いや、剣で切りつけたい。切り刻んでやりたい!

 でも、手を固く握り衝動を抑える。


「儂も忙しい。本題に入ろう。

 侯爵家の籍を戻してやろう。今、アイスメイル家の領地には、魔物が多く跋扈している。正直、人手が足らん。まあ、国としてそういう時期が来たのだろう。お前も、この国難を乗り切る駒となれ。

 将校として、前線に出てもいいし、もしくは困っている、他家に嫁いでもいい。

 だが、王家の狗はダメだ。

 好きな方を選べ」


 もう、言葉もない。話す事もない。


「今日は、母を引き取りに来ました。私は、冒険者として生きて行きます……。それと……、王妃様の親衛隊員としてやらなければならないことがあります。仲間もできましたし」


 私は、直属部隊から昇格して、親衛隊員を名乗る事を許されていた。

 部屋の気温が下がったのが分かる。侯爵様は、怒ると、屋敷を凍らせるんだよな。

 でも、私は引かない。


「儂に従わないと?」


「一度、平民に落ちたのです。侯爵家に戻る気はありません。それと、私はヘイルミスト男爵名を頂いております。もう独立しているのです」


 ──パキ


 ここで音を拾った。氷の割れる音だ。

 この部屋のドアの外に、兵士が何人かいる。窓の外の庭にも隠れていそうだ。

 本当に、目の前の人物は脳筋だな。

 力ずくでしか、人を従える方法を知らないんだろう……。まあ、それだけの膂力があるのだけど。

 ……軽蔑に値する。


「ふぅ~……」


 アイスメイル侯爵がため息を吐いた。

 一気に緊張が走る。


「機会を与えてやる。儂と決闘をしろ。噂ではなく、実力が見たい」


 意外過ぎる提案が出た。


「失礼ながら、片手片足を失った侯爵様と決闘ですか? 次期当主のウェンディ侯爵令嬢とではなく?」


 妹の名は、ウェンディ・アイスメイルだ。

 アイスメイル侯爵様の魔力が、さらに膨れ上がる。


「不満か?」


 手足欠損をして、前線から退いたくせに……。血の気だけは多い。


「次期当主との決闘かなと、思っただけです」


「……次期当主には、変更はない。もう実戦にも出ている。そなたは、魔法の才に恵まれなかった。また、魔物は剣で切れても人は切れなかった。そうよな、儂も鎧を着よう。鎧に傷を付けたら、そなたの勝ちとして、望み通りにしてやる」


 勝敗の明確化はいいのだけど……。

 心配だ。妹の心は壊れていないと思いたい。





 屋敷内の、運動場に移動する。

 周囲は、私兵で囲まれていた。


「そなたは本当にA級冒険者になれたのか、確認するだけだ。全力で来い」


 言われるまでもない。生まれてからの恨みを晴らしてやる。

 私は、霰魔法を開放した。小さな氷が、私の周りに発生する。

 私兵達の驚きの声が、上がった。まあ、見たことないのだし、そうなるかな?

 目の前を見る。アイスメイル侯爵は、魔力を練り上げていた。

 私は風竜の剣を抜く。


 ここで、立会人の家令が、言葉を発した。


「始め!」


 運動場が、凍って行く。

 私は、風魔法で身体強化を発動して、突撃した。

 昔名乗っていた、『王国の不滅の盾』。それを正面から突破して初めて勝利と言える。

 次の瞬間に大規模な、氷の障壁が次々に私の突進を止めに来た。

 でも、私は霰魔法に、〈魔法吸収ドレイン〉を付与した。私の魔法が、氷の障壁を次々に破壊して行く。

 霰魔法が、氷を吸収する事により膨れ上がって行く。吸収した魔力を開放して、陣を形成した。

 最後の氷の障壁を破壊した後、アイスメイル侯爵が移動している事に気が付いた。


「噂に聞いていた、氷の領域フィールドでの瞬間移動? まずい、見失った!」


 アイスメイル侯爵は、地面が凍っている土地だと、体を氷に変えて地面に潜り、移動が可能になるとか聞いた。それで、敵陣の真ん中に現れて不意を衝くのだとか。

 魔力制御に気を取られた瞬間を狙われた……。でも、私には、精霊の目と耳がある。

 精神を研ぎ澄ます。


「!? 下!!」


 即座に、その場を飛び退く。

 一瞬でも遅れていたら、足を凍らされていた。

 地面に張り巡らせていた氷から、アイスメイル侯爵が姿を現して来た。氷魔法にはこんな使い方もあるのか……。私も、体を雪や雹に変えられるけど、氷と同化はできない。

 いや、私も陣を敷けば、その中だけだけど、体を雪や雹に変えたりできる。基本は同じだ。熟練度が違うだけ。


「……使い方が異なるだけだ」


 思案していると、侯爵様が笑った。


「ほう、今のを躱すか。あの才能の欠片もなかった娘が、数年でここまで成長するとはな。賞賛に値する」


「……とても良い人物と巡り会えたんです。才能を開花させて貰いました」


 アイスメイル侯爵がさらに笑う。

 ここからが、本番だ。


「才能……のう」

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